教育の大切さ

今日、ネット記事を読んでて驚きがあったので、それを書いていきたいと思う。

その記事の内容は主に2 つ。
1 つ目は受験秀才が社会で失敗しがちであること。
2 つ目は教育こそが日本再生唯一の手段であること。

私は特に2 つ目の内容に感動した。
そこには、『人間だけが教育で人生を変えられる』と書いてあった。

例えば、真社会性の動物(アリやミツバチなど)は、女王は一生女王で、労働階級は一生労働階級だ。
そこに、下克上なるものは存在しない。

しかし、人間だけは教育を受けることで、貧困層から脱出することができる。

私は非常に納得がいった。

私が小学生の時は、非常に勉強が苦手であった。
特に英語は最悪で、小文字ならまだしも、大文字のDを逆向きに書くこともあった。
しかし、中学1 年の夏、私は恩師とも呼べる先生と出会えた。
それは、夏期講習でお世話になった塾の先生である。

その先生の教育力は凄まじかった。
酷かった学力もみるみる向上し、高校受験のときには、県内最難関の学校を受験できるレベルにまで到達した(ちゃんと落ちたが… 受験したことに後悔はしていない)。

学力だけではなく、考え方も大きく変わった。
努力すること、俯瞰することなど、様々なことを学んだ。

今現在、大学生であるが、恩師に出会えていなければ、今頃何していたか分からない。
私は教育に救われた。

話を戻すと、教育こそが人を成長させる唯一の手段だ。
そして、そのネット記事をセリフを借用すると、『日本が勉強社会になることが、日本を再生させるための最も重要な手段』である。

しかし、教育機会を得るのことのできない人がいるのも事実。
例えば、経済的に大学進学が厳しいという状況などである。
また、女性だから遠くに行かせたくないといった、ジェンダー的な問題もあるだろう。

そこで、私は思った。
「ネットを活用すればいいじゃん!」

現在、YouTubeを活用して、無料で質の高い教育を受けることは可能だ。
従って、ネット環境を充実させることも、日本再生につながるのではないだろうか。

ただし、『日本が勉強社会になる』ためには、まず初めに、教育を受ける側が、教育の大切さを知る必要がある。

いくらネット環境が充実し、経済的な問題が解決しても、学習者が教育を受ける気がなければ意味がない。

そのためには、学習者が心の底から今の地位を脱却したいと思うか、教育者が思わせるかが大事になるはずだ。
要は、学校の先生たちの腕に、日本再生が託されている。

社会や国は、学校の先生たちに対して、批評しつつも、自由に教育をさせるべきでないだろうか。
教育者の能力不足も問題だが、保護者からの過度なプレッシャーは、自由で優良な教育の喪失につながるかもしれない。

良い教育のためにも、社会や国は教育者に寛容に、そして批評的に見守るべきだろう。

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最後まで読んで頂きありがとうございます。
読みづらい文章かと思いますが、今後も感想を書いていくつもりなので、お手隙の際に読んでもらえると励みになります。
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