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原監督、クレディスイスで大損しちゃったって ② (愚痴日記 第9日)

 青学大の駅伝部の監督、原晋さんがクレディスイスのAT1債を買って大損したお話の続き。

 先輩経済キャスターMの説明で、AT1債というのがハイリスク・ハイリターンの金融商品で、発行していたクレディスイスの経営破綻危機に伴って、紙くずになったことは分かった。

 でも、AT1債の正式な英語名称を聞いたら、逃げちゃった。
 永久劣後債っていったけど、何が違う気がする。
 当てはまりそうな英単語が、全く思い浮かばない。
 M.きっと知らないんだ・・・。
 いつも、偉そうにしているけど。

 すると、2人の話を聞いていたプロデューサーSが、
「Mだって知らないことはあるよ。そもそも、この話は極めて専門的で、このニュースを伝えているメディアも、よく分からずに伝えているのが実情なんだ。」といってきた。

「ややこしいから、覚悟してね。まず、『AT1』は、永久劣後債の略じゃない。永久劣後債の略は『PSD』、Perpetual(永久) Subordinated(下位の) Dept(債務/債券)だ。返済期限がない、つまり、返さなくていいわけだから、発行体にとっては安定した資金源となる。もちろん、利息は払うよ。企業などが集めたお金で、返さなくていいものといえば株式だよね。永久劣後債はそれに匹敵するもので、株式と債券の中間に位置するものといえるんだ。」

完全に頭がフリーズした。
もうだめだ。
でも、Mも知らなかったんだよね。
頑張ってみる。

「で、紙くずになったのは、クレディスイスのAT1債だったよね。AT1は「Additional Tier 1」の略だ。」

やっぱり、ダメだ・・・。
難しい・・・・。

「難しく思うかもしれないけど、意味は単純だ。銀行経営には、返す必要の無い資金、つまり自己資本を十分に保有しておくことが重要になる。その自己資本にもいろいろな分類(Tier)があって、もっとも中核的なものが「Tier 1」で、普通株式などがこれに相当する。」
「しかし、株式に加えて、債券であっても、ここに組み入れることができるものが登場した。それが追加的(Additional)なTier1、つまりAT1債なんだ。」
「では、AT1債は、永久劣後債の一種という理解でいいんですね?」
「そういうことになる。だから、AT1=永久劣後債といっても間違いではない。ただ、厳密には永久劣後債にももいろいろなものがあり、その中で、銀行がTier1に組み入れるために発行したものを、AT1債と呼んでいるんだ。ゴチャゴチャ言ったけど、まあ、AT1債という債券があって、株式に次いで弁済順位が低い、つまりリスクの高い金融商品であることを覚えておけばいい。」

「それで、クレディスイスの場合、経営が悪化したので、AT1債が紙くずになってしまった。原監督は、こんな仕組みを知らなかったでしょうね。」

「そうだな。でも、いま、おかしな事が起こっているんだ。クレディスイスの救済が始まった際、スイスの金融当局はそのAT1債の全額、170億ドル(約2兆2600億円)を無価値にすると発表した。」

「仕方ないですよね。潰れちゃんだから・・・。」

「ところがだ。株式の方は、紙くずになっていないんだよ。」

あれっ?
ここまで必死で聞いてきた説明では、
株式はAT1債より弁済順位が低いはずだった。
なのに、株式は紙くずにならず、AT1が先に紙くずになったっていうの?

「順番が違うんじゃないですか?」

「そうだ。だから、大問題になっているんだ。実はクレディスイスのAT1債には、経営危機に陥って、金融当局の支援を受けた場合などでは、自動的に無価値になるという特別な条項が組み込まれていたんだ。」
「なんか、自爆装置みたいですね。」
「上手い表現だな。ミッションインポッシブルの、『このテープは、自動的に消滅する・・』みないな感じだね。こうした特殊な条項を持っている債券が『CoCo債』だ。」

ん?
coco?
ニワトリ?カレー屋さん?

「CoCo債は「Contingent Convertible Bonds」(偶発転換社債)のことだ。 事前に設定されていた条件、例えば「金融当局の支援を受けた」、「自己資本比率が設定されていた水準を下回った」といった事態になると、紙くずになるといった措置が、強制的に発動される。これは「トリガー(引き金)条項」と呼ばれているけど、今回はこの『引き金』が引かれちゃったんだ。」

「ところが、順番が先のはずの株式は、紙くずにならなかった。実は、クレディスイスは破綻していなかったんだよ。破綻寸前に同じスイスのUBS銀行に吸収合併されたことで、クレディスイスは救済されたんだ。潰れたら、株式は紙くずになるけど、今回の場合は吸収されるクレディスイスの株が、UBSの株に交換されることで救済された。もちろん、交換比率は極めて低いけどね。それでも、クレディスイスの株は紙くずにならず、総額約30億ドルの資産が株の保有者に残されたんだ。」

「AT1債の保有者は、怒りますよね。」

「めちゃくちゃ怒ってる。株式保有者に回すお金があるなら、こちらに回すべきだとして、財産権侵害で訴訟も起こされている。日本でも法律事務所がAT1債の保有者に対して、返金の可能性があるとして、相談窓口を開設しているね。」

「原さんのお金、戻ってくる可能性はありますか?」

「なんとも言えないなあ。でも、可能性はゼロじゃないと思うよ。AT1債に投資していたのは、プロの投資家集団も多い。彼らは凄腕の弁護士をたくさん抱えているから、総力を結集してお金を取り戻そうとするだろうね。」

「銭の戦争ですか?」

「世界規模、2.4兆円を巡る銭の戦争の勃発だ。番組でも随時、とりあげてゆくからね。しっかり勉強しておくように。」

なんか、面白いことになってきた。
銭の戦争、嫌いじゃない。
どちらかというと好きだ。

そこにMが戻ってきた。
オンエアの時、
「大きな混乱を引き起こしているAT1債ですけど、視聴者の中には何の略か分からない人もいるかと思います。Mさん、説明をお願いします。」って、いきなり聞いてやろう。きっと困るに違いない。

ふふふふ・・・。


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