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読切「ドブノナカ」



病室で目を覚ますと眼帯の男が座っていた。

千歳「あんたを撃ったの、警官かもしれないな」
桜「ゴホゴホ…」
水を渡される。
「弾がさ、8.1mm弾なんだよ。最近の警察官が使う特製のやつな。犯人は見た?」
「俺…撃たれたのか」
「脊髄やっちゃったみたいだな。もう歩けないって医者が言ってたよ」
「え?なん…嘘だろ?俺…まだ27だぞ…うそだろ?!」

「どうする?俺に犯人探し頼む?」
「てか…何なんだよお前」
「哨戒士。公務員だから金は取らないよ」
「しょうかいしぃ?公務員がなんでヤクザのためにサツ売るようなことすんだよ?ふざけてんのか?」

「…警察が起こした事件は起訴出来ないと思った方がいい。そもそも、被害者がヤクザじゃ警察は動かない。俺ら哨戒士は町役場の揉め事相談員みたいなもん。相手が誰であれ、住民から頼まれた事象のみ調べることが出来る。俺はここの医者に頼まれて、一応話聞きに来たんだけど。あんた自身が無用ってことなら帰る。どっちにしろ、俺の給料変わんないし」

「そっ…!不貞腐れた態度取って悪かったよ!た、頼む…犯人が誰か知りたい」
「あ〜じゃ、これ、事象のとこと、サインだけちょうだい。ま、あんま期待せず〜」

千歳はさっさと出てゆく。
机の上に名刺が置いてある。

「哨戒省東京都哨戒士事務所?淀橋区支所…所長、千歳嶺二…」





区役所内の哨戒事務所。

千歳「被害者が島田会の組員。桜義明27歳男。こいつが取り壊し予定のアパートで撃たれ、脊髄損傷。弾は8.1mm弾。これは日本製で警察のみが使うことを許されたもんだ。外に流れてる可能性はほぼない。蓬は銃の出処を頼む。俺と雪路は現場見てくる。八嶋は窓口業務」

蓬「うん」
雪路「らじゃー!」
八嶋「はーい…」




事件現場。
雪路「今にも倒壊しそうだね」
千歳「誰も住んでないからな。取り壊す金がないから放置してんだと」

アパートの一室に入る。
雪路「…5月2日、午前0時頃。桜は薬の受け渡しのためここへ。背後から誰かに撃たれ意識を失う。犯人は見てない。その後、取引相手が到着し発見」

千歳「んじゃ、その取引相手に話聞いてみようか。俺ら警察じゃないし話してくれるってさ」
「らじゃ!」



禿げたオッサン。
七村「哨戒士って本当に信用していいの?」

雪路「発言は公的記録になりませんので、虚偽が紛れてても罪に問われることはありません。私達には守秘義務もあります。当該事件以外の犯罪全てに目を瞑るとお約束します。皆さんの善意で成り立っている、お気軽相談所だと思ってお話聞かせて下さい」

千歳「七村和一さん。51歳。薬の売人?」
七村「そう。おじさん、この道40年のベテランだよ~」
雪路「さっそく、事件の夜のことを教えて下さい」

「ん〜…0時待ち合わせだったから、丁度くらいに着いたんだよね。そしたら中で倒れててさ、すぐ組に電話して何人かに来てもらったんだよ。で、病院連れてったんじゃないかな?俺はそこまでしか知らないよ」

雪路「誰か人影とか見ませんでした?」
「こういう仕事柄注意してるけど、見なかったね。ここ、雑草だらけだから草むらに潜んでたとかっていうなら分からないけど」



アパートの2階から草むらを見渡す。
雪路「う~ん」
千歳「コの字になってんだから入るとしたら道路側の一面だけか?」
「誰かが踏み入れたら、このボーボーに伸びた草の跡で分かるね。一面どころか、誰かが入った形跡すら見当たらない」
「ベランダ側から見ても同じだな」
「じゃ、草むらに隠れていたっていう説はなし」


雪路「アパートの他の部屋は確認しました?」
七村「組の人が全部確認してたよ。誰もいなかったって」
千歳「ま、このオンボロじゃ誰かが息しただけで分かっちゃうな」

雪路「この汚いキャビネットは?」
千歳「お前が複雑骨折したら隠れられそうだな」
雪路「そーじゃなくて!凶器隠したり…あ」
七村「やっぱ、俺、疑われてる?」

ポカッと千歳は雪路の頭を小突く。
千歳「すみません」
七村「うーん、俺はやってないよ。ま、それしか言えないね」


床にタバコが落ちている。
千歳「かなり吸ってるな…」




車の中。
雪路「犯人、七村で決定でしょ」
千歳「あ〜次のヤクザの話聞いてから考えよう」
「お〜ヤクザって初めて見る!あれだよね!任侠ロマン!兄貴!親分!ってやつ!」
「さぁね。ヤクザって言っても今やただのお薬の商社マンだよ」


綺麗なオフィス。
千歳「いつも、売人のところへ行く時は一人なんですか?」
島田「営業担当決まってるような常連はね。量も金額も大したことないし」
見た目はただのビジネスマンに見える。
「怪しい人は見ませんでした?」
「一応、アパートの中は見たけど誰もいなかったよ。なぁ?」
後ろにいた若いサラリーマン風の男に聞く。
「ひとっこひとり」
「七村は銃持ってなかった?」
「それも確認した。持ってなかった。アパートにも車にもなかった」
「ですか」
「何か、わかりそう?」
「まだ何とも」
「そお」



住民に聞く。
「音?いや…わかんないなぁ…何日って言われても…」
「何の音?何かあったの?」
「わからないです」


事務所。
「桜が到着したのが、ナビの履歴から23時51分。アパートの二階へ行き一服。七村が島田組に電話したのが0時4分。七村が来る前に、誰かが撃って逃げる…ギリ可能?」

八嶋「七村が撃って銃をどこかに隠して後で回収ってとこでしょ。電話して組員が来るまで20分もあった訳ですし」
「そーだなぁ」

蓬が入ってくる。
蓬「銃が見つかった。スラム近くの河川敷でホームレスが見つけたらしい」
千歳「お」
「元の持ち主も判明してる」
「そりゃ、1丁消えてんだもんな。警察は誰のだか分かってんだろうよ」

蓬「雨野秀次巡査。58歳。事件のアパート近くの交番勤務だった警官。事件前に辞職してる。銃はなくしたって言ってるみたい」
「へぇ、もうすぐ定年なのに」



蓬の部屋。
蓬「雨野以外の指紋が引き金から出てきた」
「発砲音はどう思う?七村が聞いてないっていうの」
「この銃の発砲音は通常よりわざと大きく設計してる。サイレンサーを後着けするのも不可能。見つかった銃にもそういう痕跡はない」
「事件の時刻に撃たれた人間も撃った銃もあるのに音を聞いた人間だけがいない…か。七村と雨野は何か関係があったりする?」
「表立った関係性はない。もう少し調べてみる」





事務所。
八嶋「七村が犯人」
雪路「あとは動機だね」

千歳「まてまて。まだ指紋が一致してない。殺すにしても殺せてないんだよな。20分あったらトドメさすだろ」
八嶋「殺すより、生きて苦しみを味わってほしかったとか?」
千歳「万が一にも桜に見られた可能性あるだろ。そんな不安要素残すか」
雪路「うーん…」




パァァァン!!
警察内の銃の訓練所。千歳が銃を撃つ。
千歳「やっぱ、とんでもねぇ音するなぁ」
蓬「銃の指紋は七村のじゃなかったみたいだ」
「ふーむ…」


病院。
桜「俺…子供いるんだよ」
千歳「へぇ」
「いくつだったかな。中庭のガキ見てたら思い出したんだ。本当…こんな…これから色々したいこと沢山あったのに…」
桜は奥歯を噛み締めて泣いていた。




病院の小児科病棟。
ギャーギャーとそれは元気な子供が走り回る。
ガシャン!と看護師が物を落とす。
が、周りはうるさい子供に気を取られ気付く人はまばらだ。



蓬の部屋。
千歳「音を隠すにはそれ以上の音か。不自然じゃないでかい音…蓬、事件の日時に救急車かパトカーか消防車…何か現場の近くに行ってない?」
「……うん、行ってない」
「ないか…」


住民
「サイレン?…それなら、その日かどうかはわからないけど夜中に救急車かな…来てたよ。やたらうるさかったから覚えてる」
「あぁあったわね。あれどこのおうちだったのかしら」
「うるさかったね。すぐ行っちゃったから文句も言えなかったよ。ほんと一瞬でさぁ」


車の中。
千歳「ダメ元で聞いたら当たったな」
蓬「…でも公益のも民間のも行ってない」
「音を消すためにわざわざフェイクの車を用意した?随分手が込んできたな。七村の単独犯はなくなったぞ」

雪路「全員グルとか?」
千歳「それこそ、何で殺さない?…何で…蓬、ちょっとコイツの指紋取って来てくれ」





留置所。
八嶋「哨戒省東京都哨戒士事務所淀橋区支所の八嶋です。警察庁とは別に調べています。もう1度、銃紛失の経緯をお願いします」

雨野「…銃をなくしたから、バレる前に辞めたんだ。で、バレたからこうして拘留されてる」

「七村和一という男はご存知ですか?」
「知ってるよ。何回か見逃した。薬の売人だろ。金を少しくれたからな」
「なるほど。では桜義明は?」
「聞いたことないな」
「そうですか。では、横溝夢は?」
雨野の表情が微かに変わる。
「…さぁ?」

「認知はしてませんが桜義明の娘です。7才の」

「それっぽい車でサイレンを鳴らして桜の注意を外に向けさせ、発砲音を紛れさせた。注意を払っていれば、発砲音は聞こえる。それで、あなたは、さっさと車で立ち去った」

「撃ったのは、桜の娘、夢ちゃんですね。夢ちゃんは、桜が撃たれた部屋にずっといた。キャビネットの中にでも隠れていたのか。島田組が桜を連れて去った後に、現場から立ち去った。夢ちゃんに桜の生死を確認する時間はなかった。だから桜は死ななかった」

「何のことだか」

「銃の指紋が一致しました。夢ちゃんのと」
「そういうえば、自慢したくてスラムの子供に銃を触らせてやったことがあったかもな」
「引き金もですか?」
「ロックはしていたから」

「七村は貴方に免じて、島田組は夢ちゃんに免じて見なかったことにした」


キャビネットを開けて確認するヤクザの手下。小さな女の子が息を殺し涙を浮かべ睨んで銃を持っている。
何もなかったかのように閉める。
「何もないッスね」
「そうか」



雨野「何を言ってるか、わかんねぇな」





事務所。
千歳「七村が色々と見てみぬふりをしたのは、子供の頃、薬の現行犯を何度も見逃してくれた恩のある雨野を目撃したから。そんで、島田組が見てみぬふりをしたのは、犯人が小さな女の子だったからだ。反対じゃ成り立たない。そもそも、9歳の子供に車の運転は不可能だしな」

八嶋「ここまでするなら、雨野が殺してやればよかったのに」
雪路「そうじゃないんじゃないかな。だって、横溝夢は、父親を殺したかったんでしょ」
八嶋「自分の手で殺したかったって?」
雪路「わかんないけど」



病院。

千歳「というのが大まかな話」
桜「…俺のガキが?何で?」

「さぁ?…で、これは哨戒議会ってところに申し込み…簡単に言えば今回の事象に名前がつく。つまり、問題にすることができる。本来なら刑事事件だけど、今回は警察が動いてない。ま、あんたが黙れば子供は…」
「冗談じゃねぇ。そのガキ死刑にしてくれ。俺の仇討ってくれ!」
「うん。じゃあ、そういった手続きをしますんで」
「頼んだぞ。色々、ありがとうな!兄ちゃん!あんた、めっちゃ仕事できんだな!見直したぜ!」


廊下を出て、エレベーターへ乗り込む。
ヤクザの島田がいた。
島田「よお。優秀な哨戒士さん」
千歳「そういえばなんですが、ウチの若いのがね、ヤクザに任侠ってのは、まだあるのか?って聞いて来まして、どうです?最近は」
「…さぁな。俺らは金儲けのことしか考えてねぇよ。だがまぁ、ヤクザである前に人間なんでね。絞りカスみてぇな何かはあるのかもな」



事務所。
八嶋「どうでした?」
千歳「申込みだって」
「チッ…。じゃ、手続き行ってきますよ」
「いや、明日でいいだろ。そんな、急ぐもんでもないしな」
「…わかりました」



翌日。
八嶋「死にましたよ。桜義明」
千歳「そっか。申込み遅らせといて、正解だったな」
「…ですね」
複雑そうな顔をする八嶋。





千歳「よっ」

違法風俗店の店内でベッドに寝転がる女の子。
夢「…何?逮捕?」

「お前の父親。ヤクザに殺されちゃったぞ。残念だったな。トドメ刺せなくて」
「そう…死んだの…じゃあ、これから、私の稼いだお金はどこ行くのかな。私のお母さんは12才で私を産んで、死ぬまでアイツのために働いて死んじゃった」
「俺は、この違法風俗店取り締まる権限もないし、どっかに報告することすら出来ないんだよな〜。だから、すんなり入れてもらえんだけど」
「そう」
「でさ、事務所のカンパでアンタの1日を買った。これから、父親の死体蹴りにでも行こうぜ」

女の子は目を見開く。
「これから稼ぐ金は、全部あんたのもんだよ」
「…行く」

「決まりだ。早くしねぇと燃やされちゃうからな」


千歳は夢の手を取り店の外へ出てゆく。



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