0円だが、1日で回るには時間が足らん展示(公害訴訟は何十年かかるの/博物館の中に図書館の本1万冊⁈)




四日市市博物館の常設展は、無料(2024.3月現在)

百聞は一見にしかずという言葉がありますが、
内容によってはネット閲覧も出来るようだ。ありがたい時代だ。


良いことで、有名になって欲しいのだけれど
負の歴史を踏まえて環境への取り組みについて
無料で提供できることで(現時点)
「公害」「四日市ぜんそく」が風化されないようにするための方法の一つがとられているようだ。

世界中の人に見てもらいたいんだなと思われる。

今やっているエネルギー事業については
10年か?20年したら答えがわかるのだろうか。



ちなみに建物の中がどうなっているのかは、
↓観光三重の記事がわかりやすく書いている。


↓展示ガイド📱と呼ばれるインターネット上の解説サービスは便利だなと思った。
四日市公害と環境未来館にある展示物の解説に使うようなのだが、そういえば現地へ赴くこと無くスマホがあれば展示内容の概要がわかる。

さらに、音声ガイダンス👂
展示内容を音声で説明してくれるので、文字を読まなくてもわかる。再生▶️ボタンを押すページに辿り着いて、再生ボタンを押すことができれば便利だと思う。毎回戻ることにいらっとしない人は使いやすいだろうと思われる。


四日市公害と環境未来館

Googleマップ


交通アクセス・利用案内

四日市公害と環境未来館公式サイト


「四日市公害と環境未来館」も
 無料で各種資料が閲覧できる。(現時点)


四日市市博物館の中の施設
エレベーター🛗で3階へ上がる。

3階から入場して、時空街道を抜けて2階へ降りると「四日市公害と環境未来館」が始まる。
(2階から入れないので注意 #一方通行)

四日市の歴史の流れで、何十年にわたる公害訴訟の経過を見ることができる。


かつて、塩浜地区に存在した第二海軍燃料廠と、四日市市街地が、米軍のB29による空襲時の焼夷弾で街と人が焼き尽くされている。これは1945年の話だが8月15日のもっと前。6月18日から、8回か9回あった空襲の話である。終戦間際にエネルギー資源と人と街がたくさん燃やされてる。

四日市空襲後、大日本帝国海軍の第二海軍燃料廠の跡地には、石油化学コンビナートなどの工業地帯群が出来上がったようだ。

実際に博物館を見学するのが早いとは思われる。
ただ、積極的に見たい話であるかというとどうなんでしょうか。重い話で全部話を聞こうと思うと時間がかかりそうだ。

まだまだ全然聞いてない。
聞くにも時間がかかるのだ。
それもそのはずインタビュー記事が
とっても大量なのだ。

当人の立場で話せる人のインタビューが、
とにかくたくさんありまして

公に出てもよいとなった人達のインタビューが。

●公害健康被害者またはその家族

●市民

●医療関係者

●支援者

●司法関係者

●学識関係者

●マスコミ関係者

●企業担当者

●行政担当者



字幕付きで何回も繰り返し聴けるのは、

相当保存状態が良いのではと個人的には思います。



インタビューは本当にたくさんあるけれど、

博物館に置いても良いとなった、

ごく僅かの内容なのかなとも思った。

当時のことを知っている人には、100人居たら100通りの歴史があると思うので。




検索コーナーにあった各種インタビューの中に、
司法関係者の欄に、熊本県水俣病の裁判弁護団の第一次訴訟から携わっている人(馬奈木昭雄まなきあきお氏)のインタビュー(2015年当時)があった。

一部抜粋

四大公害裁判が始まったのが、なぜ四大公害裁判なのか、つまり他ではないのかと言う問題。
答えは色々あると思います。
いろいろあると思いますけれど、やっぱり被害がひどかったよねということだと思うんですよね。人身被害のそれも水俣病は激烈な人身被害ですよね。それから、イタイイタイ病だって体中の骨がボキボキと折れるという、身動き、ようするに
寝返りを打っただけで、骨が折れるというしかも、イタイイタイと泣き叫ぶという大きな被害。
でもちろん四日市、大変な被害ですから
被害が1番激烈であったというふうに言えるんじゃないかと思いますね。それと、やっぱり裁判が起きるというのは、それなりの伝統といいますか
私たちの言葉で言い直すと、戦いの歴史がそれぞれの地域にあるのではないかと思います。やっぱり裁判を支えていくだけの戦いに取り組む力が、それぞれの地域にあったのではないかなというふうに思います。水俣が1番最後に遅れたのは、もちろん(企業)城下町が弱かった。ただよそからの助けを受けて立ち上がる力が、安賃闘争(昭和37年安定賃金闘争)以来作られていたという事だと思うんです。それで四大公害裁判が始まりまして、私ども、はっきり言って勝つと思ってない。みんなですね。私は裁判の提訴の日に、一年生の弁護士で参加したんですが、最後にマイクを向けられたときに
私は、これは勝つ裁判ではないけど、勝たなければならない裁判だという挨拶をしたんです。
勝つと思わないんだけれども勝たねばならない裁判だと。これはみんなの信念だったと思うんですよね。
それで全国公害弁護団連絡会議、全国弁連、公害弁連と言うふうに言ってますけども、結成しましてですね、月一回意見交換会、それぞれの裁判の進捗状況、加害企業側がなんと言ってくるか、それに対してどう我々は取り組めばいいのかという議論をずっとしてですね、だからある意味では四大公害裁判というのは、それぞれの裁判が単独で闘ったのではなく4裁判の弁護団、支援団体、もちろん原告達、結集した力で勝ち抜いたと思ってます。(中略)


インタビューが気になる方は、
現場で確認してください。とにかく資料が多い。
#四大公害裁判





話は変わるが、一月一日の石川県能登半島の地震で、倒れた家屋や街を空から撮影した様子(エヌエチケーか、どの映像なのかが不明だが)を見た80代の方が、四日市空襲のときの市街地の風景にそっくりやと言うていた。(博物館の方ではない)

四日市空襲では、1945年6月18日から何日かに分けて、市内へ11000発は爆弾が落とされたようだ。  #模擬原爆 #原爆

衣服を着用すると、焼夷弾(?)の油で全身が燃えるのでふんどしでないと、やってられなかったらしい。リアル葉っぱ隊(笑う犬の冒険より)のような状態を生き抜いてきた方のセリフは重すぎる。だからこそ、今の若い人は、なんでも出来るね!とおっしゃっていた。

焼け野原で何もない状態を知っている人は强い。
最初から豊かさが溢れていると、何かがなくなった時に不足感を感じてしまいやすいためである。
耳が痛い。
しかし、おそらく当時とは違うカタチで、何かしらの生きづらさを感じる部分があるので、意気消沈する場面が時々あるよって。 

#あるよっ
#我ひねくれ者也
#今あるものを探すあるある探検隊
#空気あるよ

自分には全く分からないが、戦争経験者からするとそんなふうに見えてんのかい。ということと、原因は震災によるものだとしても、空襲跡に似ているとなると、戦争孤児じゃないが、震災孤児も出てしまう可能性が高くて嫌だなと思った。治安が安定しづらい。なんなら、フェイク動画であってほしい映像と話であった。


何故か(笑)リンク貼れない。
ほ た る の は か

https://amzn.asia/d/iIbj6kK





さて2024.3月現在、電車の赤いピン📍がある付近は中心街の再開発により(バスタ四日市等)道路工事がそこかしこで行われている。
近鉄四日市駅前周辺の道路は、とにかく車移動に時間がかかる。工事はまたまだかかりそうだ。

三重県の四日市市自治会連合会が3月13日、市の中心市街地再開発プロジェクトの早期実現を求め、森智広市長に要望書を提出した。近鉄四日市駅東の新図書館が入る新ビルや円形デッキ、バスタのほか、JR四日市駅前に設置する新大学、同駅から港地区への自由通路など、幾つかの核となる計画が進んでおり、自治会役員らは「にぎわいのある四日市にしてほしい」と注文していた。

YOUよっかいち(2024年3月13日)


JR四日市駅も駅舎にカバーがかけられていたので(2024.3月現在)
そのうち工事が始まるのかもしれない。(既に始まってるかもしれない)


JR四日市駅前に大学を設置する計画に専門家が意見を交わした四日市市大学構想策定委員会が3月8日、最後の会議を開き、「四日市市大学設置に係る基本構想」を大筋で了承した。文言など一部の調整をし、年度内に市のホームページなどで市民に公開するという。

YOUよっかいち(2024年3月8日)↓


三重県四日市市の森智広市長は2月20日の定例記者会見で、JR四日市駅前への大学設置について、国立大学法人三重大学が新拠点づくりの検討を始める連携協定を市と結んだことについて、あらためて議論の進展に期待を表明した。大学の設置主体などを具体的に決める基本計画づくりをする2024年度は、大学の建物をどうするかの議論も平行して進めるとした。

YOUよっかいち(2024年2月20日)↓


三重県四日市市と国立大学法人三重大学は2月16日、三重大学がJR四日市駅前に新しい教育研究拠点を設置する検討に着手し、検討作業や協議に互いに協力する目的で連携協定を結んだ。市は、駅前に大学院を備えた理工学部系の新大学を設置しようとしており、今回の三重大の検討着手は新大学の計画づくりに大きく影響しそうだ。

YOUよっかいち(2024年2月16日)↓




少子化だが、新しい大学が出来るんだ?

しかも多くの自治体が、要望書?

大学誘致希望者がめちゃ多いの?





なんでかは分からんのやけど

四●市ぜんそくのページを
上から下まで見ると

何かが誘致されそうな地域の人は、
目を通しても良いのではとおもってしまいました。
ただ一次ソース無いからお勧めするものではない


風化させそうになって
鎮魂が薄いと、怨みがウィキに残るんちゃうか思ってなんとも言えませんね。

#あのウィキ仕置き人

#脆弱性しかないところ


#おそらく公式見解ではないところ



あと、理工学部のある大学が
必要かもしれないという気分になる。
なんでだろうね。
コントロールされてんのか
歴史に学んでるのか。どっちやねん。



ハムの文章に出来ないものが

うぇきぺであに、あがってるとしか思えないが

それをどうやって確認できるのかは分からない。


誰でも書き込めるはずの

みんなのウキペディア




今のところ、
環境未来館の内容が
何故か改變されない限りは
国民の知る権利が保障されているようだ。

#知る権利






四日市公害と環境未来館の入り口(2F)には

●開設の目的
●誓いの言葉
二つのプレートが掛けられている。

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「四日市公害と環境未来館」開設の目的

教訓を未来へ

一、四日市公害の歴史と教訓を
  後世に伝承すること

一、産業の発展と環境の改善を両立させ、
  公害を乗り越えてきた取り組みを国内外に
  発信し、本市のイメージを刷新すること

一、蓄積した環境技術や管理ノウハウを生かし
  開発途上国へ国際貢献を果たすこと


_____________________


誓いのことば

かつて四日市市は、深刻な公害を経験しました。

その後の市民・企業・行政が一体となった取り組みにより、環境は大きく改善されましたが四日市公害の歴史を忘れてはなりません。

環境改善の歩みから得た教訓を生かし、より良い環境を次代に引き継いでいくため、

ここに「四日市公害と環境未来館」を開設し
未来に向けて、都市と環境を調和するまちづくりを進めることを誓います。

平成二十七年三月二十一日

四日市市長 田中俊行

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いまのところ 
#0円活動 #ゼロカツ #無料施設 #コスパ
#無料学習  #無料塾 #知って未然に防ぐ
#公害に関する知の巨人を増やす
#お金に左右されずに学習が出来る場所

#今は快適な室内 
#ノーモア〇〇 #息ができない場所
#自殺するほど息ができない公害と大気汚染
#公害訴訟 #大気汚染 #集団訴訟

ご覧いただきありがとうございます。


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