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悪魔の囁き ホスト編

ホスト編 マキ

 僕がお笑い養成所に通っていた時に、同期だった元ホスト3人から聞いた話をします。
 1つ目はマキの話です。
 その日は養成所でネタ見せをした後、ちょっとしかテレビに出れずに引退した元お笑い芸人の構成作家に酷くダメ出しでこき下ろされた後でした。「やってられねえよ。センスねえくせに。」「こんな日は飲みにいくしかない。』そう言って、
 僕と相方の猪瀬とマキの3人は養成所の近くにある居酒屋に入りました。ビールを片手に焼き鳥を食べながら相方の猪瀬が構成作家の愚痴を言いはじめ、少し経った頃です。突然マキが、説教じみたことを言ってきたんです。
 「どん底や、お前らどん底知らんやろ。どん底を知らん奴に笑いなんてできひんな。どん底とはな、絶望の淵に追い込まれたヤツのことや。お前ら知らんやろ」
その時僕は。北海道出身のマキがなんで大阪弁なんだ、と少し違和感を感じましたが、相槌をうち、「知らんわ」と適当に答えました。すると、開き直ったように、「なら教えてあげるわ。よく聞けや」と言い、話しはじめたのです。
 「俺は高校を中退してすぐに歌舞伎町に行ったんやけど、最初からホストになるつもりはなく、なんでもええから住み込みで働こうと思ってたんや。でも現実は甘ないで。情報誌頼りに片っ端から面接しても、住所もないし、身分を証明する免許証もないから結局は全部ダメで、歌舞伎町でキャッチをしていた若い兄ちゃんに言われるままホストクラブで働くことになったわ。」
 マキは一息ついて焼き鳥を食べた後、話を続けました。
「そいでな、あっさり先輩ホストのヘルプとして指名も取れるようになってな、ええ感じやったねんけど、ある日、いつも以上に度数の強いアルコールをがぶ飲みし、客の前で醜態晒してしもてん。そんで店が終わってから、先輩からボコボコにされて、意識がうすろうなるまで殴られてったんや。きいついたら誰もおらん店の床で血吐いて倒れてったわ」
 マキは苦しそうに頭を抱え、今にも泣き出しそうでした。猪瀬が「まぁまぁ落ち着けよ」と、話を止めようとしましたが、手で追い払われ、マキは話し出しました。でもその時は、大阪弁ではなく、いつものマキの言葉に戻っていました。
「翌日、俺、頭が割れそうに痛くてさ、このままじゃどうなるかわからないと思ったんだ。すぐにでも北海道に帰りたくてさ、それで辞める決意を固めて店に行くと、店内にはすでに何組かの常連さんがいて、俺を殴った先輩の客がヘルプ指名をしてきやがった。冗談じゃないと思って断ろうとしたけど、まだ給料も貰ってないし、最後だと思って席に着いた。客と先輩は、歯が抜け落ち顔面腫れ上がった俺を見て、大笑いしながらグラスに酒を注ぎ「飲め」といってきた。俺は昨夜の後遺症で頭痛と吐き気が止まらなかったんだが、目を閉じて一気に飲み干した。その時は心の底から思ったよ。俺はこのまま死ぬんだろうと。人生のどん底に突き落とされた気分だったよ。その後、俺の記憶は途絶えたんだ。」
 居酒屋だって思えないほど、辺りが急にしんとなって、見渡すと客は俺たち3人になっていました。猪瀬がマキに「そ、その後どうなったんだよ」と聞くと、マキはさっきまでとは違う少し高めの声で喋り出しました。
 「そのあとさ、あまりにも奇妙なことが次々起こったから、店が終わった後、従業員全員で店に設置してあるカメラの映像を見たんだ。そして驚愕したのさ。さっきまで具合が悪そうだった俺が、客が注文したブランデーをボトルごと飲み干し、その後に客が次から次と注文したシャンパンを浴びるるように飲んでも平然としていたんだぜ。そのうち、他のホストや客も一緒になって俺ににウィスキーやワインを飲ませてきたんだ。でも俺は馬鹿みたいに、ただただ嬉しそうに飲んでたよ。それで先輩を指名してたバカな女がドンペリ五十本の
シャンパンタワー用意させてさ、全部飲めたら俺を指名してあと百本ドンペリを注文するって言い出したんだ。みんな大笑いして俺に注目してたよ。もちろん俺は笑いながら全部飲んだ。女の悲鳴が聞こえて、先輩ホストがビビりながら震えた声で言ったんだ。完全に血中のアルコール濃度は致死量を超えてる。こいつ人間じゃない。消えろ、出ていけ、ってさ。
 でも俺は笑って先輩と客に「まだまだ飲みましょうよ」と言い、一旦外に出た。そして何事もなかったかのように、店内に戻ってきて、店長に辞める意思を告げた。それが俺がどん底に落ちた時の話だよ。
 話が終わったあと、マキは何かに乗り移られたかのように、大阪弁で店主にビールを頼みました。
「おまえらまだ飲めるやろ。ビール大ジョッキ三つや」

 その年の夏、マキは突然誰にも言わずに、芸人を辞めました。三か月後、親が心配をして捜索願いを出して、僕のところにも尋ねて来たんです。
「うちの子の行きそうな場所きいていまへんか。もう何年も連絡がないんねん。なんでもええので知っとることあったら教えたってや」
な、なんで北海道出身なのに大阪弁、と不思議に思い訊いてみました。
「あの、北海道出身ですよね。生まれた時から高校までは北海道だって聞いていました」
マキの親は驚いていました。
「なんで北海道なんでっか。生まれも育ちも大阪ですねん。北海道なんて1度も行ったことあらへんですねん」
そう言い残して、玄関を出たマキの親の後ろ姿を見送りながら、僕は思いました。
北海道出身のマキは誰なんだ、と。そしてふと思い出したんです。
北海道出身の芸人で、ホストのアルバイトをしていたけれど、ビルから飛び降りた女の子を追いかけるようにして死んだやつのことを。






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