たまに思い出してみる。

8月29日。旅立って一年が過ぎました。
あの頃は、9月から東京での研修が始まろうとしていて準備などに追われていた。
両親が福島に移住したのでそれとともに福島に行って彼女も慣れない生活をしていたのだろうか。ボケ始めていたのでそれすらもわかっていなっかたかもしれないが。父はちょうどその頃にコロナに感染して病院での隔離生活をしており、母一人で見守っていた。医療職でないから痙攣している彼女をみるのは怖かっただろうし心細かっただろう。姉は富山から飛び出して福島に1日だけ様子を見に行った。自分は研修の準備に追われいていた、何もできなかった、病院から準備のための休みをもらっていたので行こうと思えば、姉のように福島にいけただろう。最期を迎えた後の母からの泣きながらの電話をとって一緒に泣くことしかできなかった。

新しい写真が増えないので、だんだんとフォルダを遡らないと登場しなくなった。遡る手間も増えるようになった。そうして遡る作業をすることも少なくなった。

やっと1年が経った。最期についてを話すにはまだ母は思い出すと涙が止まらなくなるようなので、母しか知らないでいるがいつか聞ける日が来るだろうか。話せる日が来るということはそれなりに当時の感情が薄まっていることでもあるからそれはそれで少し悲しいのかもしれないが。

ここ何年かで自分の周囲での死がいくつかあったので自分の中でたまに死について考えることがあったが、こうしてたまに誰かに思い出してもらえる人達が羨ましいと思った。そして生きているものが思い出して忍ぶのが彼ら彼女らに対する気持ちになるのではないだろうか。

自分がそうなった時誰かに思い出してもらえるのだろうか。

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