トイレの花子さん 5

「はーなこさん、あーそーぼ」
 春美が楽しそうに言っている。
優花は、「やめてよ、実千花が怖がるよ」と諌めている。

個室から出ようと慌てふためいている実千花は、鍵を開ける手が震えて、急げば急ぐほど上手くいかないでいた。
花子さんが、来てしまう。
早くここから出ないと、
殺されてしまう、花子さんに血まみれにされてしまう。
あんなに押さえ込んでいたはずの恐怖心が今や身体中に広がってしまい、ガクガクブルブルと立っているのもやっとだった。
このドア1枚隔てた場所に安心出来る日常があって、そこには学校の友人達や先生や、学校を出れば大好きな家族が居る。
ここからでなければ。
今すぐ、今すぐに!

身体中に溢れ出した実千花の恐怖心に、ジッと潜んで居た空間の歪みが反応した。
昨夜の内に仕掛けた罠に、ようやく獲物が掛かる時だ。
幸い、恐怖に囚われたこの子はこれっぽっちも歪みには気付いていない。
昨日よりも大胆により大きく空間が歪み始めた。
そして、昨夜吐き出されていた空気のようなゲル状の塊達も見えない触手を何本も出しながら、その時を待っていた。

ガチャガチャ
ようやくドアをバタンと開けると
昨日の夕方と同じように実千花の目には涙が溢れていた。
優花が何か声をかけようとしたが、2番目のトイレからも誰かが出てきてしまい、時間に急かされるようにして優花は個室へ吸い込まれて行った。

晴美は。
実千花が、恨めしそうに涙目で睨みつけているのを、少し気まずそうにしながら、「ちょっと待っててね」と言って3番目の個室に入って行った。


3番目のトイレから出て来た実千花は、まだ震えが止まらない足で洗面所まで行きまだ震えている手を洗った。
冷たい水に少し落ち着いてきたらしく、ゆっくりと顔を上げた。
鏡が歪んで見えるのは、涙のせいかな。。
ヒックと小さくしゃくりあげた。
隣で手を洗っている子に「大丈夫?お腹痛いの?」と言われたが、無言で首を振った。
涙は滲んだままだった。

優花が出て来た。
実千花は、優花の顔を見て安心したのか、ハラハラと泣き出してしまった。
トイレの列はもう後数人だった。
交代しながら出入りしているのに
 春美だけがまだ出てこない。
優花は実千花を慰めては居たが、春美が遅いのが気になった。
他の子達も遅いと思ったのだろう。
トントン。
とノックをしている。
だが、春美は何も返事をしなかった。
そうしているうちに他の個室が空き待っている子は空いた方へ入って行った。

 「春美、遅いね。」
他の子達も変だと思い始めていた。
 メソメソしていた実千花は、一瞬泣くのを忘れていた。
その時、洗面所の鏡の歪みは一層酷くなり、今この鏡に写っている実千花の顔を見たら誰しもが絶叫したであろう。
そこには、人の顔では無い歪んた顔面が写されていたから。

実千花は、自分の目の端に蠢く何かを見付けていた。優花は、何度も何度も3番目のトイレをノックしながら、中の女の子の名前、春美、を呼んでいる。

誰もまだ気が付いていない。
ノックをされている個室からじわじわとゆっくり流れ出している真っ赤な液体に。
実千花は、またもや恐怖に支配されていった。
もう、絶えられなかった。

「ギャーっ!」
実千花が、叫び声をあげた。

鏡の中の歪んだ顔面がニタリと大きく口を開けて笑ったようだった。

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