令和4年(行ヒ)第317号 不当利得返還請求事件 令和5年12月12日 第三小法廷判決

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主 文 1 原判決を次のとおり変更する。 第1審判決を次のとおり変更する。 被上告人は、上告人に対し、1411万4611円及びうち1342万0943円に対する令和2年2月14日から、うち69万3668円に対する同月17日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。 理 第1 事案の概要 由 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 被上告人は、平成31年4月7日に行われた大阪市の議会の議員(以下「市会議員」という。)の選挙に当選した。 被上告人は、令和元年9月6日、上記選挙に関し、公職選挙法221条3項1号、同条1項1号の罪(公職の候補者による買収)により懲役1年、5年間執行猶予の有罪判決(以下「本件有罪判決」という。)を受け、本件有罪判決は、令和2年2月13日に確定した。 上告人は、被上告人に対し、第1審判決別紙1のとおり、令和元年5月分から令和2年2月分までの議員報酬並びに令和元年6月分及び同年12月分の期末手当の合計額から源泉徴収税額を控除した1001万0611円(以下「本件議員報酬等」という。)を支給した。 被上告人は、令和元年6月19日、被上告人のみを所属議員とする会派(以- 1 - 下「本件会派」という。)を結成した。 上告人は、本件会派に対し、第1審判決別紙2のとおり、令和元年7月分から令和2年2月分までの政務活動費合計410万4000円(以下「本件政務活動費」という。)を交付した。 2 本件は、上告人が、被上告人に対し、本件有罪判決が確定したため、被上告人の上記の当選は公職選挙法251条の規定により無効となり、被上告人は遡って市会議員の職を失ったなどとして、本件議員報酬等相当額及び本件政務活動費相当額の不当利得の返還等を求める事案である。被上告人は、上記各相当額と同額の不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして、上告人の請求を争っている。 第2 上告代理人岩本安昭、同竹村真紀子の上告受理申立て理由のうち政務活動費に関する部分について 1 原審は、前記事実関係の下において、本件有罪判決が確定したため、被上告人の前記当選は公職選挙法251条の規定により無効となり、本件政務活動費の交付は遡ってその法律上の原因を欠くこととなるから、上告人は本件会派の唯一の所属議員であった被上告人に対し本件政務活動費相当額の不当利得返還請求権を有するなどとした上で、要旨次のとおり判断し、被上告人の相殺の抗弁を一部認めて、上告人の不当利得返還請求を相殺後の残額の限度で認容すべきものとした。 上告人は、本件会派が、本件有罪判決が確定する前に、本件政務活動費の一部を大阪市会政務活動費の交付に関する条例(平成13年大阪市条例第25号)で定められた経費の範囲で使用して相応の調査研究等を行ったことによる利益を受けたものといえるから、被上告人は、上告人に対し、上記一部に相当する額の不当利得返還請求権を有する。 2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 上記条例に基づき交付される政務活動費は、市会議員の調査研究その他の活動に- 2 - 資するために必要な経費の助成として交付されるものであって、同条例5条所定の政務活動(以下、単に「政務活動」という。)の対価として交付されるものとはいえず、公職選挙法251条の規定により遡って市会議員の職を失った当選人を唯一の所属議員とする会派が政務活動を行っていたからといって、その活動により上告人が利益を受けたと評価することはできない。 そうすると、上記当選人は、上告人に対し、上記会派の行った政務活動に関し、不当利得返還請求権を有することはないというべきである。 したがって、被上告人は、上告人に対し、上記1の相殺の抗弁に係る不当利得返還請求権を有するものということはできない。 3 以上によれば、上記相殺の抗弁は全部認められないところ、これを一部認めた原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、論旨は理由がある。 そして、前記事実関係及び上記2に説示したところによれば、上告人の本件政務活動費相当額の不当利得返還請求及びこれに対する民法704条前段所定の利息の請求は全部理由がある。 第3 上告代理人岩本安昭、同竹村真紀子の上告受理申立て理由のうち議員報酬等に関する部分について 1 原審は、前記事実関係の下において、本件議員報酬等の支給は遡って法律上の原因を欠くこととなるから、上告人は被上告人に対し本件議員報酬等相当額の不当利得返還請求権を有するなどとした上で、要旨次のとおり判断し、被上告人の相殺の抗弁を一部認めて、上告人の不当利得返還請求を相殺後の残額の限度で認容すべきものとした。 上告人は、被上告人が、本件有罪判決が確定する前に、逮捕、勾留されていた期間を除き、市会議員として相応の活動を行ったことによる利益を受けたものといえるから、被上告人は、上告人に対し、上記期間を除く期間について支給された議員報酬及び期末手当の額に相当する額の不当利得返還請求権を有する。 - 3 - 2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 議員の選挙における当選人がその選挙に関し公職選挙法251条所定の罪を犯して刑に処せられた場合には、当該当選人は、自ら民主主義の根幹を成す公職選挙の公明、適正を著しく害したものというべきであり、同条は、このような点に鑑み、上記の場合における当選の効力を遡って失わせることとしているものと解される。このことからすれば、同条の規定により遡って市会議員の職を失った当選人が市会議員として活動を行っていたとしても、それは上告人との関係で価値を有しないものと評価せざるを得ない。 そうすると、上記当選人は、上告人に対し、市会議員として行った活動に関し、不当利得返還請求権を有することはないというべきである。 したがって、被上告人は、上告人に対し、上記1の相殺の抗弁に係る不当利得返還請求権を有するものということはできない。 3 以上によれば、上記相殺の抗弁は全部認められないところ、これを一部認めた原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、論旨は理由がある。 そして、前記事実関係及び上記2に説示したところによれば、上告人の本件議員報酬等相当額の不当利得返還請求及びこれに対する民法704条前段所定の利息の請求は全部理由がある。 第4 結論 以上の次第で、原判決を主文第1項のとおり変更することとする。 よって、判示第3につき裁判官今崎幸彦の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、判示第3につき裁判官林道晴の補足意見がある。 裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。 私は、多数意見に賛同するものであるが、判示第3につき、今崎裁判官の反対意- 4 - 見があることを踏まえ、補足して意見を述べておきたい。 判示第3では、公職選挙法251条の規定により遡って市会議員の職を失った当選人が市会議員として行った活動をどのように評価するかが問題となっている。 同条の規定により当選の効力は遡って失われるものと解されるところ、多数意見が説示するとおり、同条が当選の遡及的無効を規定した趣旨に照らせば、上記当選人が失職するまでに行った活動は正当に選挙された市会議員による活動ではないというほかなく、上告人との関係で価値を有しないものと評価せざるを得ない。今崎裁判官は、被上告人が外形上市会議員として活動したことは事実として残るから、その活動についても相応の評価をすべきであるが、その性質上、裁判所が議員の活動の内容に立ち入ってその活動の客観的価値を評価することが困難であることなどを理由として、被上告人の保持すべき利益は、議員として職務を遂行する立場にあった期間に見合う正規の議員報酬等の額と同額とみなさざるを得ないとする。しかしながら、裁判所が議員の活動の内容に立ち入ってその活動の客観的価値を評価するのが困難であり、かつ、相当でないことは、そのとおりであるが、上記当選人が失職するまでに行った活動には法的に瑕疵があることが明らかであるにもかかわらず正規の議員報酬等の額と完全に同等の価値を有するものと評価するというのは、現行法の解釈としては無理があるというべきである。 もっとも、被上告人が外形上市会議員として活動したことが事実として残ることは、今崎裁判官の指摘するとおりであり、公職選挙法251条の規定により遡って市会議員の職を失った当選人に一定の利益の保持を認めるのが相当といえる場合もあり得ようが、そのためにはそれを根拠付ける措置が必要である。この点は、例えば、議会において上記当選人の活動の評価について審議をし、それに基づく議決をすることにより上記当選人に対する不当利得返還請求権を一定程度限定することにするなど、どのような場合にどのような手続の下でどの程度の利益の保持を認めるか等について一定のルールを定めておくことも考えられよう。いずれにせよ、従前は、上記当選人に支払われた議員報酬等の取扱いについて十分な議論がされること- 5 - なく、上記当選人に対する不当利得返還請求をしないとの運用が行われてきたようにうかがわれるが、他の地方公共団体も含め、本判決を機にこうした問題についての議論が尽くされることを期待したいところである。 裁判官今崎幸彦の反対意見は、次のとおりである。 私は、多数意見の第3、すなわち原判断のうち議員報酬及び期末手当(以下「議員報酬等」という。)に関する部分については、多数意見と異なり、原判断はこれを是認すべきであると考える。 被上告人は、市会議員選挙に当選したものの、公職選挙法221条3項1号、同条1項1号の罪により有罪の確定判決を受けたものであり、同法251条は、当選人がその選挙に関し所定の罪を犯し刑に処せられたときはその当選人の当選は無効とすると規定し、同条による無効の効果が当選時に遡って生じると解されるため、被上告人は当初からその職に就いていなかったことになる。そして、被上告人に支給されていた議員報酬等は、同条により請求権が遡って消滅するに至った。 問題は、以上を前提とした上で、有罪判決の確定前に被上告人が市会議員として行った行為をどう評価するかである。すなわち、たとえ資格を欠いていたとしても、被上告人が外形上市会議員として活動したことは事実として残るのであり、上告人は、被上告人による法律上の原因を欠いた労務の提供により利益を受けた(ここでいう利益の評価については後に述べる。)ことになるのであるから、被上告人が上告人に対し不当利得返還請求権を取得することは否定できないように思われる。議員として活動したことに基づく議員報酬等の請求権と、議員としての資格を失ったことを前提とする議員報酬等相当額の不当利得返還請求権とは、両立しない発生原因事実を前提とする別個の権利である。多数意見は、この不当利得返還請求権は発生しないという趣旨と思われるが、その論証が尽くされているかについては疑問がある。 前述のとおり、議員報酬等の請求権が失われるのは公職選挙法251条によるが、同法はあくまでも地方公共団体の議会の議員等の選挙について定めた法律であ- 6 - り、その性質上同条の効果が及ぶのも議員報酬等の請求権の遡及的な消滅までであって、その結果として発生する民事上の法律関係にまでその規律が及ぶと解するのは困難である。また、議員報酬等について定める地方自治法203条が議員資格を失った者の権利に触れるものでないことは文面上明らかである。さらに、当選無効となった議員の加わった議会の議決については、直ちには効力に影響せず、同法176条4項による再議の原因になると解するのが一般である。これなどは、当該議決に瑕疵があることを認める一方で、議員による活動についても何がしかの価値を認めていることの証左といえるが、そうであれば、その活動についても相応の評価をするのが筋であろう。以上要するに、現行法の限りでは、議員資格を失った者について、議員として活動したことに基づく不当利得返還請求権の存在を否定する根拠はないというほかなく、本件においても上告人が被上告人に対し不当利得の返還義務を負うことは認めざるを得ないというべきである。 選挙犯罪を行い議員資格を失った者に不当利得返還請求権として労務提供の反対給付に係る利益の保持を許すとしても、あくまでも当該労務の客観的評価に基づくべきであって、正規の議員報酬等の額と同額としなければならない必然性があるわけではない。しかし、議員の活動はその性質上広範かつ多種多様であり、職務(役務)と議員報酬等との間には対価関係があるとはいえ、それは抽象的なものであって、裁判所がその内容に立ち入って客観的価値を評価することは困難であるし、相当でもない。そのような理由から、結論として、本件においては、被上告人の保持すべき利益は、議員として職務を遂行する立場にあった期間に見合う正規の議員報酬等の額と同額とみなさざるを得ないと考える。もとより、然るべき実体要件と適正な手続の下、適切な立場にある者の判断により正規の額から減ずる(多数意見のようにゼロと評価する)ことは政策として十分にあり得ることである。そうした制度を設けていれば、選挙の公正を害した人物に利益を得させることによる不条理を感じることもないであろう。しかしながら、本件でそうした手当てはされていない。 以上の理由から、私は、被上告人の相殺の抗弁を一部認めた原審の判断は、これ- 7 - を是認すべきであると考えるものである。 (裁判長裁判官 林 道晴 裁判官 宇賀克也 裁判官 長嶺安政 裁判官 渡惠理子 裁判官 今崎幸彦) - 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