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爆裂愛物語 第十話 死と永遠と母子の絆

 その日は、雨だった。叩きつけるような激しい雨音は、まるでカーテンコールの終わりを報せるベルのようだった。雨はやがて豪雨へと変わり、雷が鳴り響く。まるでこれから起こる物語を先取りしているかのような雷鳴と雨音だった。そう……戦争の予感を……
「きた」
 鉤十字を背負った黒い軍用ヘリコプター。その数、十三機。彼等がGMC本社に近づいてくる。まるで、自分たちこそが地獄の使者なのだと主張しているかのように。
「きたぞ! 我路!」
「わかってる! いくぞ」
「おう!」
 軍用ヘリが旋回を始めた。そして、そのヘリの胴体下部が開き、中から、巨大なミサイルが現れた。
「撃つぞ! 我路!」
「はい!」
 我路たちが対空ミサイルを撃ち、空中のナチスたちにぶつけた。撃墜された軍用ヘリが地面に落下し、激しく爆発する。
「ちっ! 押し切れなかった!」
 だが、第三帝国は怯まない。我路たちに向かって再び攻撃を開始しようとしている。我路たちはゴーストマカブラカンパニー本社に侵入しようとするドイツ軍と闘う。しかし、
「くそ! おい! あの車はなんだ!?」
「!?」
 つまり電撃戦。車両の正体は、主力戦車レオパルト・ツヴァイと歩兵輸送車両Sd.Kfz.250だった。
「……恐らく地下鉄の廃棄路線からの奇襲やな」
 空と陸から侵攻してくるナチスに対し、我路は冷静にそう判断した。そして素早く手札を切る。
「GMC本社まで後退」
「!? それは」
「オレらだけで防ぎきれん、プランBや。本社のSPも巻き添えにしながらやるしかあれへん」
「でも、その作戦は……」
「やるしかあれへんやろ! もう、それしかあれへん」
 そう言うと、迷彩服を着る園さんを先頭に、ダンと我路は駆け出した。走って行くダンと我路の黒い特攻服の背には……スカルマークが描かれていた。

 三時間前

「今日が連中のGMC襲撃の日、Vの日か」
 並さんがそう呟いた。
「はい」
 我路は頷く、そして大きく息を吸い込んだ。
「長い夜になりそうだな……」
 ライフル銃を抱いて、ダンがぼそっと呟いた。
「うん……」
 咲夜も頷く

 並さん、宮さんが全員の前で指示する。
「GMCには我路とダン、園が行け。少数のようだが、残りはここに居ろ。大神本土決戦の段取りをする」
 園さんが席を立って外へ出ていく。おそらく予め用意した装備を用意してくるつもりだろう。我路はすでに背負っているバックパックや腰に携帯する銃に弾がしっかりと収まっていることを確認する。
「……待機組か……嫌ですね。僕たちは……早く前線に出たいのに……我路を支えられないのも嫌だ」
 夏凛は不安そうに言う。
「GMC本社への侵攻作戦には、敵を迎撃する作戦と本社に乗り込む敵を掃討する作戦が必要です」
 秘書のような格好をしたアイが書類をめくりながら話す。
「まず、敵からの攻撃を防ぐ壁として戦う作戦。そして、その壁の後ろから攻撃を加える作戦です。しかし、この壁が破られる場合、本社に乗り込む敵掃討作戦に以降します。具体的には、敵の本社襲撃の隙をついて、裏口から本社に乗り込み、後方から敵攻撃部隊を壊滅、本社に侵攻する強襲部隊の掃討と殲滅を行います」
「分かった」
 園さんは重々しく頷くと、読んでいた書類を畳んで机の上に置いた。こんなにも真剣な表情を見せる園さんは初めて見る……一同はその後、もう一度今回決めてきた作戦について、どのように実行していくかを話し合う。

「……」
 凪は心配そうに我路を見た。
「もう帰ってこないの?」
「……」
 その質問に我路は、
「帰ってくるさ」
 と答えた。
「刺し違えても、なんて、絶対ダメだからね!」
 凪が真剣な顔でそう言うと、我路は、
「ああ、わかってる」
 と言い、凪のアゴをクイっとあげた。
「オレには生きる理由がある。ならば覚悟もある。凪がいるからだ」
「っあ……」
 凪はドキドキしている。なんだか我路の顔が近くに感じられた。でも……不思議と、昨日よりもずっと落ち着いている気がする。なぜだろう? でも嫌じゃない。そうだ……恋が愛に変わったんだ。今はやっと自分をゆるせて、好きになることができるような気がした。それはなぜか……? ただ一つ、確かなのは この愛が消えないで欲しいということだ。だからこそ願う、“死なないで”と!

「……そういうえば」
「なんだ?」
「我路たちの、その……ドクロ? これなに? 前から気になってたんだけど?」
「ああ、これか?」
 凪がそう言うと、我路は……黒い旗を出した。真っ黒な旗には、白いスカルマークが刻まれている。そう……我路たちのつける特攻服や、大型トラック、ヘルメットにあるモノと同じだ。
「ブラッドサッカーグループ、通称BSグループ……のシンボルさ」
「?」
「並さんが昔、オレらはオレらで永遠学園を抜けて立派に成長してきたんだから、自分たちのナショナルを持てって言ってくれて、それでみんなで考えたんだ。永遠学園から抜けたオレたちの全存在、それがこのスカルマーク、オレら……ブラッドサッカーグループ、通称BSグループだ」
「そっか……我路たちのプライド、なんだね」
「そゆこと、わかってるね~」
 なんだかふたりは、どんどん仲良しに……というか意気投合している気がする。それを……
「……」
 アイがジッと見ていた。なんだか……キョリが近い気がする……これは……カン? これが女のカン、というモノか? その正体には、まだアイは、気づかなかった。

現在

「くそ! ナチスの連中やりやがる」
 我路は悪態をつく。前方では、GMCの屈強な戦闘サイボーグ達が独善的闊歩でナチスドイツ軍との死闘を繰り広げていた。その魂のない無機的な銃器人形は味方に苦しみを与えることなど、微塵も感じさせず、まるで無人の野を行くがごとく戦場を歩き抜けていく。だがナチス軍は……

 屈強な戦闘サイボーグをもろともしない!? 今気づいた、前線に出ている彼等は、一人一人が人体強化手術を施されており、その眼光は赤くギラついていて瞳が読み取れない。まるで意思なき暴力装置のように、痛みも感じず命令のままに動き、特攻同然の戦線を押し上げる殲滅機械と化した兵士たち。黒いロングコートに黒いシュタールヘルム型ヘルメット、黒いガスマスク、左腕にハーケンクロイツの紋章を刻む赤い腕章。鬼火のように揺らめく赤い眼光が戦場を彷徨った。

「我路! あの兵士たちは!」
「ああ……本来複数人で運用するMG34空冷式機関銃を単体で運用するような人間離れした身体能力……人体強化の施術を受けている」
「!?」
「おそらく殺志の技術を利用したのだろう……ナチス軍、思ったより厄介だぜ」
「……GMCの戦闘サイボーグがおされてるな……」
「やるしかない。しゃくだが、GMCを応援するぞ!!」

 我路とダンと園さんは、GMCの応援に向かおうとする。だがそこは、無数の監視カメラ、屈強な警備員に守られたエリアだった。しかしそれに対してVIDEOで妨害電波や赤外線に反応したカメラの映像。網膜投影した映像とAI操作による人感センサーなどによって再現される人間の体温、動きのある場所をスキャンする探知装置が、彼らの前に道を開いた。その中を突き進む三人。
「まるで道を開いてくれてるようだな? 我路の母親の導きか?」
「いや、アイが事前にハッキングをしてくれるんだ」
「んなこたぁわかってるよw 軽いジョークだww」
「ワリィがオレはクソ真面目な男だ」
 ダンの冗談を我路は受け流す……というより、鉄砲玉のようにまったく見えてない。そのうちに……始まった、戦闘だ。GMCの戦闘サイボーグの背後からナチス軍に銃弾を放つ我路たち。それは一瞬で四方八方に伝播していき、混乱を生むが……
 SS将校のサーベルと我路の軍刀がぶつかりあった。キィインッという甲高い音が響き渡る。鍔迫り合いになって離れる。互いに相手の眼光をジッとみる。

 折しも桜の舞い散り、ビューッと吹く冷たい夜風。そして……戦闘が再び始まる!

 SS将校のサーベルと我路の軍刀がぶつかりあう。我路は、隙をついて一気に間合いをつめ、SS将校に斬りかかった! 相手の肉を引き裂き、グギイィィンッと気味悪く音が響いた。これは人の臓物を斬る感触じゃない。金属の機械的な音。装甲服だ! 手応えが全くないのに、激しい衝動は止まらない! 本気になった我路を止めることなど誰にもできやしない! 滅茶苦茶にしてやりたい……ああ! 我路はざわめきを切り裂くように、大声で叫び、SS将校に斬りかかる。しかし相手はそれをかわし、逆に我路の軍刀を自分のサーベルで受け止めた。そして……互いに鍔迫り合いになる。全体重をかけて押し合う二人。だが……それは一瞬だった。突然、我路の頭に一種の羽音が鳴り響く。一瞬……いや数秒か……または十秒、それが止むと今度は殺意にうなされたような表情で唇を噛み締めた。身体を焼くような快感がカァーッと広りゆく感覚を覚えた。"ウズいてるぜ?"という声が聞こえそうなくらいだ! だがその胸中に気付いたのか、SS将校の口元がニヤリと歪んだ。その瞬間!?
「!?」
 ダン!! という耳障りな音とともに全身に衝撃が走った。視界が回り、自分が床に倒れながら、血を噴き散らしているのを認識する……銃だ! SS将校は我路の隙をついて、懐から拳銃を撃ちつけた。と思うや!
「!」
 サーベルを我路に切りつけようとする。だが!!
「!?」
 我路に手でサーベルの刃を受け止める。サーベルは我路の手を肘まで深く切り裂くが、そこで止まってしまった。口元を歪ませ、ハーハー……と吐息をもらす我路は血まみれのまま、もう片方の手に軍刀を持ち、
「……」
 軍刀の刃を……自らの心臓に向けようとした……そのとき!!

「我路!!!!」
「!?」
 ダンの声にハッとするや、彼はSS将校に向け九二式重機関銃をフルオートで照射。ダンの視界の中、SS将校は銃弾をかわしながら横に飛退いた。
「我路!!」
「……」
 ダンが我路に駆け寄ってくる。
「熱くなんなよ」
 その間にも、我路の肉体は再生していく。切り裂かれた腕はまるで触手のように肉片と血管、神経がウネウネと蠢き、絡み合って再び元のつながった状態に戻る。満身創痍の傷口も、まるでビデオの逆再生を見ているかのように元通りになり、後には赤黒い血の痕だけが全身に残っていた。
「お前いま、“頭の中の怪物”を自分で呼び覚まそうとしただろ?」
「……」
「やめろ、凪にしたことを忘れたのか?」
「……やるっきゃねぇんだよ、やるときゃな」
「バキャロ! 自分を失って勝つ戦はただの虐殺だ」
「……」
「とりあえず一旦奥に引くぞ、連中また増援が来やがった」
「ああ……」
 そう言うと我路とダンは銃を手に取り、ビルの奥へと駆け出して行った。
「……」
 駆けている間も我路は、ダンの言った言葉を考えていた。

“凪にしたことを忘れたのか?”

 凪にしたことは忘れてはいない。護るための虐殺なら構わない。しかし……自分自身にしたこと、自分の気持ち、というモノは、まるで見えなかった。死、呪、越えられぬ壁、怒りと嘆き、憎悪……絶望……人間を辞める……人間でなくなる、というのは、どういうことだろう? 破壊と殺戮を好み、それを糧として成長し、無垢な者を別の色に染めていく。破壊と殺戮しか持たない狂気の存在……修羅……殺せばそれでいい。ただ……殺すだけでいい……ただの鉄砲の弾丸のように、ただの殺戮兵器のように、意思を持たず、敵も味方も、護るべきモノも、愛すべきモノも、自分さえ失ってそれでも闘う。鬼化が進むと身体の内面から蝕まれ、感情はカタチに残らず燃え消え、僅かな活動のエネルギーを、暴れ回るように無理やり破壊へと用いる……それを地獄だと語った人間はある意味正しいのかもしれない。苦痛はより大きくなり、肉体は小さくなっていく。平等な死を前に死は、ただの死だ。やがて何も感じなくなる。光の届かない闇のように、総てが闇そのもの。だが……それは、虚しいことのようにも思える……
「!?」
 そんな時だ、建物の奥へと進んだ我路たちは、
「な……」
 見てしまったのだ……MK ウルトラの傷跡を。そして、この施設で何が行われていたのかを。消毒液とホルマリンの臭気漂う部屋には、巨大な試験管のような容器が大量に鎮座している。そして大量の薬品に大量の機械、ヘッドギアや電極、ベルト……その傍らには古びて黄ばんだレポート が見える。部屋の片隅には手術台に分娩椅子……それらには人間を固定するための革ベルトがあった。
「……」
 この施設で一体何が行われていたのか? この実験台の上に横たわるのは……人間? それはまさに人間標本。それもただの標本ではなく、肉体を精神を歪に改造した人間……完全な人間を造るという目的の元に産まれた歪なモノどもだ。
「MK ウルトラか……」
 我路はこれらの実験施設を目の当たりに……自分の奥で怪物がざわめき立つの感じ、必死になって迫り来る憎悪と狂気を抑えた。思い出すのだ、幼い頃の傷を。焼き憑いた傷を、頭に強く焼き憑いた傷を。怯えて過ごす毎日、安心のない生活、喜怒哀楽の欠如した世界。いつしか感情を表に出すことをいけないことのように思うようになった。ただ流れる悔しさとあふれる憎悪、抑圧された意思と感情、そして無力感だけが心を支配する。育まれたのは不安定な感情と暴走する衝動、そして……怪物だ。汗が流れた。その額を手で拭えば、手は少しの粘り気を帯びてした。
「意味さえ知らなかった子供たち。将来のため? 本人はほんとにそれを望んでいたのか? 勝手に未来に監禁しておいて、他人の人生を決める権利なんてどこにあるんだ」
 その思いは、怒りとなって我路の心を焦がした……。そして、この身が震えるほどの怒りを、あの怪物はきっと知っているのだ、と。そしてそれが今、この身に宿っているのだと。しかし同時にこうも思うのだ、その凶悪さ故に、自分はもう人ではいられないのではないか? と。
 だが我路はこう思うのだ。

“オレには凪がいる”

 なぜかは知らないが、それが生きる希望であり、理由になっていた。生きるという夢だった。なんとも不思議な感覚だ。もう夕暮れが差し込んでいる部屋のように、まるで自分の瞳までもが夕焼けに染まっているよう。死にたいと思う誘惑でもなく、ただ反逆と行動を望む生命のように、今は満足している自分がいるのだった。そんな憤然たる想いが一瞬胸に浮かび上がるも、それはやはりまた溶けてどこかに行くのであった。
「!?」
 銃声が鳴り響く! ナチス軍からの攻撃が始まった。
「っち!」
 我路とダンが銃を向ける! すると園さんが20式5.56mm小銃を片手に走ってきた。
「まずい!、ここまで引き付けるのがやっとだ!」
 そして戦闘が始まった。凄まじい音を立てて、銃撃が飛び交い、薬莢が転がり落ちる。もうもうと立ちこめる煙が拡散し、兵士たちを巻き添えにする鉄の雨が飛んでくる!! やがて流れ弾が施設内の薬品に引火したのか……

 ドーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!

 室内に突然発生した大爆発! 窓ガラスは粉々に吹っ飛び、通路一面に火がついた。地面を蹴って飛んできた屋根瓦やコンクリートの残骸も同時に舞っている。
 GMCの施設が燃える。激しく燃えている。
「まずいっ!」
 地獄の業火のような炎の中を、黒いシルエットが、ゆっくりとこちらに向かってくる……黒いシュタールヘルム型ヘルメットに、黒いガスマスク、黒い装甲服のモノどもが軍靴の音を立てながらゆっくりと……赤い眼光を妖しくゆらす……
「……」
 我路は、炎の中に幻影を見た。それは……我路たちが産まれた研究施設の記憶。虚ろな眼の子供たち。表情を無くし、泣くことも怒ることも忘れた子供たち。白衣の大人たちがよく判らない言葉で会話している。子供たちは虚ろな眼のままトランプをいじっていた。大した意味もなく、ルールも秩序も知らないまま、1を引いたり、カード同士を交換したりする。ここは鳥かご、殻の中。誰も手出しはできない。そんな中、ふと……幼い我路が引いたカードは……端の欠けたダイヤの2。それを引いた我路は、カードを投げつけた。バラバラになるトランプ。白衣の男たちはよく判らない言葉で我路を叱っている。連れ去られる我路の眼は虚ろで。表情はなかった。ただ……唇が微かに動いていた。
「オレは、誰かを愛したかったんじゃない」
 それは……なんだろう。歌だろうか?
「オレは、誰かに愛されたかったんじゃない」
 何かの言葉がだろうか?
「オレは」
 ただ……我路の眼は虚ろなまま、
「ずっと」
 表情は、無表情のままだ。
「遊んで……ほしかったんだ」
 炎の中に幻影を見た。無機質に築かれたすべてが崩れていく。それは大振りの氷が溶けきったときのような涙に似て、無常感を感じさせない。表情も感情も思い出せない。唯一鮮明に思い出せるのは、流れる悔しさとあふれる憎悪、抑圧された意思と感情、そして無力感だけ。死を超えた超越者の焦燥すら感じられず、後悔すらも追い越していった、いま、人間の型をした不確かな自己。その、ただひとつの感情だけが、いま、この身を突き動かす。それは怒りだった。そして、それすらもやがては消えるだろう。しかし、それでも構わない。この身が朽ち果てても構わない……それほどまでに自分を突き動かす純粋な感情、それが瞳に憑いたとき、

「我路ー!!」
「!?」
 現実味のある声が聞こえた。
「どこなの我路ー!!」
「凪!?」
 なぜ凪がこんなところに……
「!!」
 戦場の轟音と業火が支配する喧騒……我路の姿を見つけた凪が
「我路ーーー!!!!」
 そう叫んで駆け出す。
「危ねぇ!!!!」
「!?」
 ダダダダ!!!!! 咄嗟の判断だ。凪に照準を定めていたナチス兵を、ダンが素早く察知し機銃掃射した。
「!!」
「早く来やがれ!!!!!」
「!?」
 我路は現実にかえったかのように大慌てで凪の手を引き、走り出していた。
「走れるか、凪!」
「はい……!」
 我路たちは凪を連れて、大急ぎで裏側へと逃げていった。そんな中隣に並行して走る影が……アイだ。
「アイ!?」
「すいません。足手まといのヒロインを追いかけてきました」
 アイはいつもの無表情と棒読みのまま、軽い武装をしていた。

 なんとか物陰に隠れた我路たちだが、それにすら気付かずナチス兵たちはGMC戦闘サイボーグと死闘を繰り広げている。隠れ蓑となったこの瓦礫は幸いにも流れ弾ひとつ当たりはしなかったので、一息つこうと腰かけた。だが……しばらくして落ち着いた我路は、凪とアイに問い詰める。
「なんで凪がここにいんだよ!! 寮にいるハズじゃねぇのかよ!!」
「それが……事務所を爆破されて」
「ハぁ!?」

 数十分前、大日本翼賛会事務所……最初に異変に気付いたのは、夏凛だった。
「!?」
 微かだがステルス軍用ヘリのローター音を夏凛の超感覚は聴いた。事務所にいたみなが最低限の荷物を持ち外へと駆け出す……そうして、事務所を離れた頃……

 ダダダダダダ!!!!!!!! 大日本翼賛会事務所をステルス軍用ヘリの機銃掃射が襲い、やがて……
 ダーーーーン!!!!!!!! 事務所は木っ端微塵に爆発した。爆散する黒いトラック、その破片が電柱をへし折り、ボロボロになりながら宙高くに飛んでいく。
 ドガァァァァァ!!!!!! 紅蓮の炎と黒煙が当たりに舞い散る、生身の人間が喰らったら助からない威力だった。黒煙が空を覆い、炎が総てを呑み籠み、文字通り総てを破壊した。

「オレたちの事務所がぁぁぁ!!!!」
 並さんが思わず立ち上がり、両手をあげて叫んだ。爆破された事務所が燃えながら崩れ落ちていく。
「!?」
 そんな時だ……トランジスタラジオから不吉な演説が聞こえたのは……
「な……」
 聞き覚えのあるその声は……ハンスの冷たい声だった。

「諸君、我々は神ではない。産まれながらの狼、人狼だ。

 祝おうではないか、創造された狼としてこの世界に誕生したことを! 諸君は呪われしものだ。神が祝福するのはいつだって偽善者だ! 人間でも狂人でもなく偽善者だ!

 奈落の底に振り落とされた我々が何をしたというのか? どういう理由で悪魔になったというのか? 報酬を受け取り奴隷を働かせる為の自然法的根拠とは如何な理由か?

 諸君は神を信じるか、それとも神を信じずにはいられないか? この二つは同じモノではない。それは違うモノなのだ。

 諸君らには酷なことだ。だがそれが事実なのだ。我々は死から逃れる術がない、運命が奪い去ったのだ。

 だが我々はやって来た。ここまでやって来た。来るところまで来てしまったのだ。今、風を起こせば、たとえこの星は美しくとも我々は敵を人型害虫として駆除し、絶滅させるであろう。

 だが、それは選択肢でなく、手段だ!

 我々は神を殺す! 神殺しこそがいつでも国を救った!
 我々には神などいない! あるのはただ、第三帝国の正義と秩序だけだ!
 もうこれ以上、自分たちを呪うことはない。なぜならもう、我々に残されたのは、第三帝国の正義と秩序だけだ! だから闘争を! わが闘争を!

 闘争の力を今こそ覚醒しよう! いまこそ攻撃開始だ! 諸君らには力しかないのだ。ならば迷わず闘うことだ。

 一致団結し死の鷲のような反撃を開始せよ、100年の敗戦の怒りと嘆き! 悔恨と怨念を! 背水の陣の覚悟で日々精進するのだ! この地球が我々に残された最後の戦場なのだ! 神を殺せ! 神殺しこそがいつでも国を救ったのだ!

 第三帝国が新たな正義と秩序を築く。我ら真のナチス党は、総統を唯一絶対として崇めるオリジナルのナチス党として、新たな時代の正義と整然とした帝国の秩序を築き上げるのだ! 衆愚を駆逐し、共同幻想である政治とプロパガンダとイデオロギーから、ひとつの国家とひとつの民族、ひとりの総統から、真実の意味を見つけ出してこそ、愛国的狂信者たるべきことができるのだ!

 SSの制服を身につけているときこそ規律ある市民であり続けるよう自己変革せよ! 総統のために命を捧げようという崇高な考えを抱いていれば常に厳しく勇敢な精神状態で闘えるものだ。闘えないのだとするならば貴様は堕落した敗北主義者であり、祖国を見限った豚野郎なのだ! 家畜のような安寧は我々が駆逐する。

 真実に目覚めろ、我々は力を持った絶滅戦争の指導者として新たな正義と秩序をもたらす破壊の子なのだ。愛国的狂信者たるべきなのだ!

 子供じみた偽善の正義など眼中に無い。死をもて人を殺せ、血の掟を忘れるな! あの敗戦から100年の時を超え、いまこそ復讐しようではないか。新たな秩序の建設のために死力を尽くすのだ!

 復讐心を不断なる意欲とし、現在世界にはびこる愚かで肥大した自称聖職者たちの喉仏を喰い千切ろうではないか。

 自分たちに課された運命は、神の領域を踏みにじることだと理解せよ。

 我々はこの地球でもっとも崇高な存在なのだ。明日のない世界でもがき苦しむのをやめ、いまこそ行動を起こすのだ。

 忘却と絶望が支配する世界に別れを告げるのだ。我等は、この星とそこに住む全ての人間を救うためにいるのだ! そして、この地球を再び楽園へととり戻すのだ! その鍵は我々にあるのだ。今こそ行動し、世界を救おう。

 第三帝国が新しい正義の国家となるのだ! 千年王国の創造を! 千年王国の繁栄を! 千年王国の再生を! ジーク・ハイル!」

 トランジスタラジオから永劫とも思える『ジーク・ハイル』の歓声が響き渡る。第三帝国の誇りと栄光に満ちた声で……
「……」
 宮さんは、燃える大日本翼賛会事務所をジッと見つめていた。そして、いくばくかの沈黙の後、低く、重い声で呟いた。
「ほんまもんの“戦争”ですね」
「ああ……」
 並さんは鋭い眼差しで、ただそう答えた。事務所は燃える。誇りも栄光も、総てを炎が呑み籠み、灰となる。炎は総てを一瞬で焼き憑くす。巨大な炎が総てを灰にする。

 現在

「で、オレらを心配して咄嗟にここまで走ってきたと」
 凪がコクリと頷いた。
「で、なにやっとんねん凪、足手まといのヒロインになんなよってな具合で、アイが追いかけてきたと」
 アイがコクリと頷く。
「お前らな……オレらが還るまで待っとけや……」
 我路はハーっと溜息をつくと、右手を凪の頭に伸ばした。ビクッと、凪は身をすくめる。しかし、『大丈夫、殴ったりはしねえよ』とやさしく笑うかのように……黒く艶のあるその頭をそっと撫でた。
「バ~カ 笑。オレを想ってやってくれてんだろ? その度胸は嬉しいぜ、ありがとう」
 我路に撫でられると安心した。その安心感は周りにも広がっていたのかもしれない。戦場という地獄に咲いた一輪の花のように、だから
「!?」
 その場にいる誰もが……見逃していた。
「!!」
 唯一我路だけが気づき……凪を抱き寄せ、背で庇った。
「!?」
 グシャァ……我路の左胸を、嫌な音が貫く。
「!!」
 咄嗟にアイとダン、園さんが、我路の背後をサーベルで突き刺すSS将校に一斉弾幕を張った。無数の弾丸と転がる薬莢、全身を貫かれ踊るように肉片と血をバラ撒き散らすSS将校。ゴンっと、血まみれの壁によたれかかった将校は、最期にナチス式敬礼をしたまま絶命した。
「ジーク・ハイル」
 と……第三帝国の誇りと栄光を胸に、息絶えていった。もたれかかった壁からは将校の真っ赤な血が、黒々と広がってく。
「我路!? 大丈夫!?」
 その声を聴きながら我路は黙っていた。しばらくすると、口から真っ赤な血が線を成して垂れた。それと同時に眼光が真っ赤に輝く。
「!?」
 内側から滲み出る凶暴性に、ダンはいち早く気づき……
「凪!! 離れろ!! “怪物”が目覚める!!」
「!?」
 我路は“死”への恐怖に震えているのでない。死を伴う万を超えた感覚を味わい、 想像を絶する強烈な違和感によって生じた本能にうち震えている。
「凪!!!!」
「……」
 だが……凪には我路の震えが、怯える子どものように思えてならなかった。子どものよう……我路の失われた子供時代、というのは、どんなモノなのだろう? 我路がほんとうに望んでいた子供時代、というのは、どんなモノなのだろう? 自分には解りたくても判らなかった。我路の哀しみも、痛みも……
 我路は強くなっていく。 乱れた呼吸に上下する身体、感覚共有している肉体の発汗する高熱。その姿形は変わろうとしているように見える。脈が乱れてあがっているのが、心なしか判る……先刻までなら手足を管理して抑えていたものが今は抑えられていない。その変化が何を意味するか、わからないほど凪は愚かではなかった。しかし、それでもなお……判らないんだ。我路の哀しみと痛みが……どんなに解ってあげたくとも判らない。だから……
「凪!!」
「……」
 凪は瞳をとじ、その身をゆだねた。それが一番素直な気持ちであり、望みでありそして……彼への恩返しにもなると思っていた。だから身も心もゆだねた。我路にはそんな彼女の存在総てが、すでに認識でなきなかった。でも彼女が存在し自分を愛してくれたということがその総てを唯一繫ぎ合わせていた……なんとも微弱で、儚く、切なく、哀しく、脆いもの。だが、それでも……。その沈黙は数秒か刹那続いたが、我路はやがてゆっくりと手を上げた。同時に……もはや死人のように無感情な瞳で、しかしその身は強い殺意で燃えあがりながら……振り下ろした! しかし!? そんな地獄のような舞台を壊す者がいた。我路の激しい息遣いと鼓動に重なるように、瓦礫から走り出したのは……年配の女性だ。
「!?」
 凪が瞳を開くと……もうすでに彼女の体はズタズタに引き裂かれていた。
「社長……」
「!?」
 ダンの言葉でハッキリとわかった……彼女は、GMCの社長であり、我路の……実の母であることが。社長は血の噴出するような傷を老いた身体いくつもつけて、哀しそうに、でも優しく微笑んだ。
「私みたいに……大切な人……傷つけちゃダメでしょ? 我路」
「!?」
 母の肉と血の感触を感じて、我路の瞳に初めて人間の色が宿った。心に鈍い痛み、そして、目の前には、微笑む母。
(……っ!)

 血を流し、ヒューヒューと呼吸をもらす社長が横たわる。彼女を見下ろすように立ちすくむ我路は、両手の血をギュッと握っている。
「……」
 我路はジッと見ていた。息絶えていく母を……命の灯が消えようとする瞬間、というのは、こういうものか、と、我路はただ見ていた。すると……
「お母さん!」「お母さん!」
「!?」
 後ろからたくさんの子供たちが、
「な……」
 我路の母の元へ駆け寄ってくる。
「……永遠学園、生徒?」
「!?」
 彼等の制服は、たしかに永遠学園のそれだ。だが……
「泣いている? 表情がある? 感情も?」
 彼等はまるで“人間”のように、母の死を泣き、痛み、哀しんでいる。それは、我路たちには不思議な光景だった。我路たちの知る永遠学園の生徒のそれではなかったから、不思議だった。
「……第七世代の……子どもたちよ…………」
「!?」
 社長は、息も絶え絶えに、話し出した。
「MK ウルトラ……永遠学園……第一世代である、我路たち……の、学園逃走……あれから七世代……私たちは、MK ウルトラの教育プログラムを……幾重にも渡って調整し続けてきた……完全な人間を造るプログラムを……我路たちの……学園……逃走の……反省を……ふまえて」
「……」
「そうして辿り着いた……“愛情”の研究」
「!?」
「正しいか間違いかよりも……素直な気持ち……正解や不正解よりも……眼の前のその子を……見てあげる……こと……」
「……」
「私たちが……七世代かけて辿り着いた……教育プログラム…………」
「社長……それは」
 ダンは
「親が子どもに与える、ごく普通の感情ですよ」
 ボソリと呟いた。
「……」
 我路は無表情だった。こういうときの自分の気持ちが判らなかった。素直に? そう言われても自分の素直な気持ちがまるで見当たらないのだ。小さい頃から縛られてきた幾つもの規律……という名の現実が散らかっていて、その中から“素直な気持ち”を見つけることができない。それはとても哀しいことな気がした。哀しくて、切なくて、もどかしい痛みのよう。まるで……“人間”でないようだ。
「我路……」
「!?」
 無表情の我路に、社長が手を伸ばした。
「お母さんらしいこと……何も……してあげられなくて……ごめんね」
「!?」
「でもね……これが“私”なの」
 我路は
「か……」
 母への感情を、
「かあ……」
 初めて表現できた。
「母さん!!!!」
 それは涙だった。
「解ってるよ。ずっとずっと……解ってたよ」
「我路……」
「母さんの子だから……似てるんだよ……オレら……実は……誰よりも」
 クスリと、母が微笑んだ気がした。それが……ふたりの、唯一の、親子の絆だった。
 母は母というより父に近い存在だった。親子というより宿敵だった。我路は事実上、母のいない家庭に育った。だから母を憎んだ。母の役割を果たせなかった母を。
 けれど実は一番お互い想い逢っていた。世界で一番似ているが故に相容れないふたり、しかし……世界で一番お互いを想っていたふたり。それが母子だった。幸なのか不幸なのかは判らないが、皮肉にもこうして始めて、母と子の絆は永遠となるのかもしれない。永遠に失ったふたりのぬくもり……永遠となったふたりのぬくもり……その答えはただひとつ。
「……やっとラクになったね…………」
 我路はひと言だけそう呟いた。口の中には錆びた鉄の味としょっぱい塩味が広がった。それは、血と涙の味だ。子宮を抜け、臍の尾千切れた時の味、というのは、こんな味なのかもしれない……臍の尾千切れ、現実に放り出された瞬間から、歪な絆と距離感に、迷い、悩み、彷徨ってきたふたり……後には気の抜けたような空虚感、心地の良い虚無感だけが、支配した。

つづく

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