(第2話)ラクスル創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/08/23公開
第2話 「拡大への挑戦 - ラクスル成長記」
2011年10月、東京・渋谷。ラクスル株式会社のオフィスは、かつての小さなシェアオフィスから、より広いスペースへと移転していた。社員数は30人を超え、毎日のように新しい仲間が加わっていた。
創業者の松本恭攝は、30歳になっていた。彼の目には、2年前には想像もできなかった光景が広がっていた。売上は月間1億円を突破し、提携印刷会社は300社を超えていた。しかし、その表情には安堵の色はなく、むしろ焦りの色が見えた。
「もっと、もっと速く成長しなければ」
松本の頭の中には、常に次の一手が描かれていた。印刷業界の革新は始まったばかり。まだまだ変えられることがある。そして、印刷以外の産業にも、同じようなチャンスがあるはずだ。
その日、松本は新たな挑戦を決意していた。印刷に続く、第二の柱となる事業の立ち上げだ。
「物流だ」
松本は、印刷業界で培ったプラットフォームのノウハウを、物流業界に応用することを考えていた。トラックの稼働率は平均40%程度。印刷機と同じように、この余剰能力を活用できるはずだった。
しかし、新規事業の立ち上げは容易ではなかった。印刷事業で忙しい中、新たな挑戦に踏み出すことへの社内の反対も大きかった。
「松本さん、今は印刷に集中すべきじゃないですか?」
「物流なんて、全然違う業界ですよ。うまくいくわけがない」
社内会議では、反対意見が相次いだ。しかし、松本の決意は固かった。
「確かに難しいかもしれない。でも、俺たちにしかできないことがある。印刷で培ったノウハウを活かせば、必ず物流も変えられる」
松本の熱意は、少しずつ社員たちの心を動かしていった。そして、2013年1月、ついに物流プラットフォーム「ハコベル」の開発がスタートした。
開発は難航した。印刷と物流では、業界の構造が大きく異なる。印刷では成功した方法が、物流ではまったく通用しないこともあった。
特に苦労したのは、配送ルートの最適化だった。印刷では工場の場所が固定されているのに対し、物流では配送先が日々変わる。その都度、最適なルートを見つけ出す必要があった。
「このままじゃダメだ。AIを使おう」
松本は、人工知能(AI)の導入を決断した。当時はまだAIの実用化が進んでいない時期だったが、松本は先を見据えていた。
「今は使いこなせなくても、必ず技術は進化する。その時に、先行者利益を得られるはずだ」
AIの導入は、予想以上に効果を発揮した。配送ルートの最適化が飛躍的に向上し、「ハコベル」の実用化に向けて大きく前進した。
しかし、新たな壁が立ちはだかった。それは、既存の物流会社からの反発だった。
「お前らみたいな素人に、物流なんてできるわけがない」
「うちの仕事を奪うつもりか?」
松本たちは、説明会を開いては罵声を浴びせられ、時には物理的な威嚇も受けた。しかし、松本は諦めなかった。
「俺たちは誰かの仕事を奪うためにやっているんじゃない。業界全体をよくするためにやっているんだ」
松本は、物流会社を一軒一軒回り、丁寧に説明を続けた。その真摯な姿勢に、少しずつ理解を示す会社が現れ始めた。
2014年4月、ついに「ハコベル」のサービスが開始された。開始直後は苦戦したものの、その革新的なシステムは次第に業界の注目を集めていった。
特に注目されたのは、空きトラックの有効活用だった。
従来は往路のみの配送で帰り荷がない「片荷」が多かったが、「ハコベル」のAIがリアルタイムで最適なマッチングを行うことで、往復とも荷物を積むことが可能になった。これにより、トラックの稼働率は大幅に向上し、運送会社の収益改善にも貢献した。
サービス開始から半年後、「ハコベル」の登録運送会社数は100社を突破。1日あたりの配送依頼数も1,000件を超えるようになった。
しかし、成長の裏で新たな問題も浮上していた。急激な拡大に伴い、システムの不具合や顧客対応の遅れが目立つようになったのだ。
ある日、大手ECサイトからの大量の配送依頼でシステムがダウンするトラブルが発生した。数千件の荷物が配送できず、SNS上でも批判の声が相次いだ。
松本は緊急の記者会見を開き、深々と頭を下げた。
「お客様、そして運送会社の皆様に多大なご迷惑をおかけし、心からお詫び申し上げます。私の経営判断の甘さが原因です」
会見後、松本は3日3晩、寝食を忘れてシステムの改善に取り組んだ。彼の姿に触発され、社員たちも必死で働いた。その結果、わずか1週間でシステムは大幅に強化され、以前の10倍の処理能力を持つようになった。
この危機を乗り越えたことで、「ハコベル」の信頼性は逆に高まった。多くの顧客や運送会社が、松本たちの真摯な姿勢と迅速な対応を評価したのだ。
2015年末、「ハコベル」の年間取扱高は100億円を突破。物流業界に新たな風を吹き込んだラクスルの挑戦は、着実に実を結びつつあった。
しかし、松本の野心はさらに大きくなっていた。
「印刷、物流と来たら、次は広告だ」
彼は、テレビCMの取引をオンライン化する新サービスの構想を練り始めていた。広告業界の非効率性にメスを入れ、中小企業でも手軽にテレビCMを出稿できるプラットフォームを作る。それが、松本の次なる目標だった。
「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」
松本のビジョンは、着実に現実のものとなりつつあった。しかし、彼の挑戦はまだ始まったばかりだった。広告業界という、さらに巨大で複雑な市場が、松本たちを待ち受けていた。
ラクスルの歴史に、新たな1ページが加わろうとしていた。