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(第9話)ラクスル創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/08/23公開

第9話:「パンデミックの試練と新たな挑戦」

2020年1月、東京・六本木のラクスル本社。創業者の松本恭攝は、窓から雪景色を眺めながら、深い思考に沈んでいた。38歳になった松本の表情には、これまでにない緊張感が漂っていた。

世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本でも徐々にその影響が出始めていた。ラクスルの主力事業である印刷や広告は、経済活動の停滞により大きな打撃を受ける可能性があった。

「この危機を、どう乗り越えるか」

松本の頭の中では、様々なシナリオが描かれては消えていった。ラクスルは印刷、物流、広告、ダンボールと事業を拡大してきたが、このパンデミックがそれぞれの事業にどのような影響を与えるのか、予測がつかなかった。

しかし、松本の表情に焦りの色はなかった。むしろ、その目には強い決意の光が宿っていた。

「危機は、チャンスでもある」

松本は、この状況下でこそラクスルの真価を発揮できると確信していた。デジタル技術を活用したビジネスモデルは、非接触型の新しい生活様式に適合するはずだった。

松本は緊急の経営会議を招集した。オンライン会議システムを通じて、各事業部門の責任者が顔を揃えた。

「今こそ、我々の強みを活かすときだ。デジタルの力で、この危機を乗り越えよう」

松本の力強い言葉に、画面越しの社員たちも強く頷いた。

まず、印刷事業では在宅勤務の増加に伴い、オフィス用の印刷物需要が減少。しかし、松本たちは迅速に対応策を打ち出した。

「オンデマンド印刷と宅配のセットサービスを強化しよう。在宅でも必要な印刷物を簡単に手に入れられるようにするんだ」

この新サービスは、特に中小企業から好評を博した。在宅勤務中でも、必要な資料や販促物を簡単に発注・受け取れるという利便性が支持されたのだ。

物流事業「ハコベル」では、EC市場の急成長に伴い、配送需要が急増していた。松本たちは、AIを活用した配送ルート最適化システムをさらに進化させ、効率的な配送体制を構築。短期間で配送キャパシティを大幅に拡大することに成功した。

広告事業「ノバセル」では、テレビCM需要の減少という逆風に直面。しかし、松本たちはここでも新たな機会を見出した。

「オンライン広告とテレビCMを組み合わせたクロスメディア戦略を提案しよう。在宅時間が増えた今こそ、効果的なメディアミックスが求められているはずだ」

この提案は、多くの広告主から高い評価を得た。特に、これまでテレビCMを利用したことがなかった中小企業からの注目度が高かった。

ダンボール事業「ダンボールワン」では、EC需要の増加に伴い受注が急増。しかし、生産現場では感染対策との両立に苦心していた。

松本は、AIを活用した生産管理システムの導入を決断。これにより、人員の密集を避けながらも生産効率を向上させることに成功した。

「デジタル化で、安全性と生産性の両立を図る。それこそが、我々の目指す姿だ」

松本のリーダーシップの下、ラクスルは着実にパンデミックの荒波を乗り越えていった。2021年3月期の決算では、売上高が前年比35.9%増の304億円、営業利益は同2.2倍の13億円を記録。多くの企業が苦戦する中、大幅な増収増益を達成したのだ。

この結果に、市場からの評価も高まった。ラクスルの株価は上昇を続け、時価総額は1,000億円を突破。松本は日本を代表する起業家の一人として、メディアからの注目も集めるようになった。

しかし、松本の表情に慢心の色はなかった。

「これは通過点に過ぎない。本当の勝負はこれからだ」

松本の頭の中では、すでに次の構想が描かれ始めていた。それは、ラクスルのデジタル技術とノウハウを他社に提供するという、新たなビジネスモデルだった。

「多くの企業が、デジタル化の必要性を感じていながらも、具体的な方法が分からず苦心している。我々の経験を活かせば、彼らの力になれるはずだ」

2021年6月、松本は新事業「テクノロジーソリューション事業」の構想を発表した。この発表は、ビジネス界に大きな反響を呼んだ。

「ラクスルが、今度はITソリューション業界に参入か」
「デジタルネイティブ企業の知見は、従来の企業にとって大きな武器になるかもしれない」

多くの企業から問い合わせが殺到し、松本たちは嬉しい悲鳴に追われた。

しかし、この新事業にも大きな壁が立ちはだかった。それは、従来のIT企業との競争だった。

「貴社に、システム開発の十分な経験があるのか?」
「デジタル技術だけでは、企業の本質的な課題は解決できない」

松本たちは、これらの批判に真摯に向き合った。自社のデジタル化成功事例を丁寧に説明し、従来のITソリューションとは異なる、実践的なアプローチの有効性を訴えた。

そして、ついに最初の大型案件を獲得。老舗の製造業企業から、全社的なデジタル化支援を任されたのだ。

松本は、この案件に全力で取り組んだ。彼自身が現場に足を運び、クライアントの課題を深く理解し、最適なソリューションを提案していった。

その姿勢と実績が評価され、徐々に案件数が増えていった。2022年3月期には、テクノロジーソリューション事業の売上高が50億円を突破。ラクスルの新たな収益の柱として成長を遂げていった。

パンデミックという未曾有の危機を乗り越え、さらなる成長を遂げたラクスル。しかし、松本の挑戦はまだ終わらなかった。

彼の頭の中には、すでに次の構想が描かれていた。それは、ラクスルのサービスを世界に広げることだった。特に、急速な経済成長を遂げているアジア市場に大きな可能性を感じていた。

「日本だけじゃない。アジア全体の産業のデジタル化を支援したい」

松本は、幼少期を思い出していた。父親の仕事の関係で、小学生の頃に2年間シンガポールで過ごした経験があった。その時に目にした東南アジアの活気溢れる街並みと、同時に存在した様々な社会課題。その記憶が、今の彼の原動力となっていた。

「あの頃から、いつか自分の力でアジアの発展に貢献したいと思っていたんだ」

2022年4月、松本は海外展開プロジェクトチームを立ち上げた。まずはシンガポールを足がかりに、東南アジア市場への進出を目指す。

しかし、海外展開の道のりは平坦ではなかった。言語の壁、文化の違い、現地の法規制。そのどれもが、大きな障壁となった。

ある日、シンガポールでの商談中、地元の企業の経営者から厳しい言葉を投げかけられた。

「日本のやり方を押し付けるな。我々には我々のやり方がある」

その言葉に、松本は深く考え込んだ。確かに、日本で成功したモデルをそのまま持ち込むだけでは通用しない。現地のニーズや文化に合わせたアプローチが必要だった。

松本は、自身の幼少期の経験を思い出しながら、プロジェクトチームに新たな指示を出した。

「まず、現地の産業の実態を徹底的に調査しよう。彼らの本当の課題は何なのか、我々に何ができるのか、ゼロから考え直そう」

チームは、シンガポール全土の企業を回り、丹念にヒアリングを重ねた。その過程で、日本とは異なる課題が浮かび上がってきた。

シンガポールでは、政府主導でデジタル化が進められており、多くの企業が急速なデジタルシフトを求められていた。しかし、人材不足や技術的な課題から、思うように進まないケースも多かった。

この発見を基に、松本は新たな戦略を立案した。

「デジタルトランスフォーメーション支援プログラムだ。政府のイニシアチブと連携しながら、企業のデジタル化を包括的に支援しよう」

2023年、ラクスルは創業から14年目を迎えた。国内事業の売上高は400億円を突破し、海外展開の準備も着々と進んでいた。

松本恭攝、42歳。彼の挑戦は、新たなステージに入ろうとしていた。

「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」

このビジョンを胸に、松本とラクスルの物語は、さらなる高みを目指して続いていく。パンデミックという危機を乗り越え、新たな成長の礎を築いたラクスル。その挑戦は、まだ始まったばかりだった。

#創作大賞2025  #ビジネス部門

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