見出し画像

(第4話)「人を動かす言葉 〜新米刑事の真相解明〜」【創作大賞2025ミステリー小説部門応募作】2024/08/20公開

第4話 「心の扉を開く鍵」

翌朝、佐藤美咲は早くから署に出勤した。昨日の携帯電話解析の結果を受けて、新たな調査に向けた準備をするためだ。田中警部も既に到着しており、二人で今日の方針を話し合った。

田中警部:「おはよう、佐藤君。今日は山田さんの同僚、吉田さんから話を聞くことになるが、どう接するべきだと思う?」

佐藤:「はい…まず、吉田さんの立場に立って考えることが大切だと思います。同僚を亡くした悲しみや、警察の取り調べへの不安があるかもしれません」

田中警部:「そうだな。そして、もう一つ大切なことがある。それは、相手の話を批判せずに聞くことだ」

佐藤:「批判せずに聞く…ですか?」

田中警部:「そうだ。人は往々にして、自分の意見や行動を正当化したがるものだ。だから、相手の話を聞くときは、まず理解しようと努めることが大切なんだ」

佐藤:「なるほど…でも、どうやって批判せずに聞けばいいんでしょうか?」

田中警部:「例えば、相手の立場だったらどう感じるかを想像してみるんだ。『そう感じるのも無理はありませんね』とか『その立場なら、私もそう考えたかもしれません』といった具合にな。そうすることで、相手は自分の気持ちが受け入れられていると感じ、より率直に話してくれるようになる」

佐藤:「わかりました。気をつけます」

二人は山田太郎が勤めていた会社を再び訪れた。今回の目的は、吉田という女性社員から話を聞くことだ。

受付:「お待たせいたしました。吉田がまいりましたので、こちらの会議室へどうぞ」

佐藤:「ありがとうございます」

吉田が入室してきた。20代後半くらいの、知的な印象の女性だった。

吉田:「吉田です。どういったご用件でしょうか」

佐藤:「こんにちは、警視庁の佐藤です。こちらは田中警部です。山田太郎さんのことでお話を伺いたいのですが」

吉田:「はい…何を話せばいいでしょうか」

田中警部:「吉田さん、山田さんとはどのような関係だったのですか?」

吉田:「同じ部署の同僚です。特に親しいわけではありませんでしたが…」

佐藤:「そうですか。山田さんの携帯電話の通話履歴を調べたところ、最近頻繁に連絡を取り合っていたようですが…」

吉田の表情が一瞬こわばった。

吉田:「あ、はい…それは…仕事の件で相談することが多かったので…」

田中警部:「仕事の件ですか。具体的にはどのような内容だったのでしょうか」

吉田:「それは…お客様との新しいプロジェクトの件です。守秘義務があるので詳しくは話せませんが…」

佐藤:「吉田さん、お立場はよくわかります。会社の機密情報を外部に漏らすことへの不安もおありでしょう。でも、私たちは真実を明らかにするために、できる限りの情報が必要なんです」

吉田:「わかっています。でも…」

田中警部:「吉田さん、あなたの気持ちはよくわかります。会社への忠誠心と、警察への協力との間で板挟みになっているのですね」

吉田:「はい…そうなんです」

佐藤:「吉田さん、あなたのその誠実さは素晴らしいと思います。正直に気持ちを話してくださって、ありがとうございます」

吉田の表情が少し和らいだ。

吉田:「ありがとうございます…実は、山田さんと私は新しい広告キャンペーンの企画を一緒に進めていたんです。それで、頻繁に連絡を取り合っていました」

田中警部:「なるほど。その企画について、もう少し詳しく教えていただけますか?」

吉田:「はい…これは極秘情報なのですが、大手製薬会社の新薬発売に合わせた全国規模のキャンペーンです。莫大な予算が動く案件で、山田さんと私が中心となって進めていました」

佐藤:「そういった大きなプロジェクトを任されるくらい、山田さんは有能な方だったんですね」

吉田:「はい、本当に優秀な方でした。だからこそ…」

佐藤:「だからこそ?」

吉田:「いえ、何でもありません」

田中警部:「吉田さん、何か気になることがあれば、どんなことでも教えていただけると助かります」

吉田:「…実は、最近の山田さんの様子が少し変だったんです」

佐藤:「変だった?どういった点が?」

吉田:「はい…突然、企画の方向性を大きく変えようと言い出したんです。しかも、その内容が…」

田中警部:「その内容が?」

吉田:「倫理的に問題があるように思えたんです。効果を誇張しすぎていたり、副作用についての説明が不十分だったり…」

佐藤:「なるほど。そのことで山田さんと議論になったりしましたか?」

吉田:「はい…私が懸念を伝えると、山田さんは『これくらいは業界の常識だ』と言って聞く耳を持ちませんでした」

田中警部:「吉田さん、そういった状況で葛藤を感じるのは当然です。正直に話してくださって、ありがとうございます」

吉田:「いえ…私こそ、聞いていただいてありがとうございます。実は、このことを誰かに話せて少し楽になりました」

佐藤:「吉田さん、このプロジェクトについて、山田さん以外に詳しく知っている人はいますか?」

吉田:「はい、部長の高橋さんです。最終的な決裁権は高橋さんにありました」

田中警部:「わかりました。高橋さんからも話を聞く必要がありそうですね」

吉田:「はい…ただ、高橋さんは…」

佐藤:「高橋さんは?」

吉田:「最近、山田さんとよく言い争いをしていたんです。高橋さんは、山田さんの提案した方向性に難色を示していました」

田中警部:「なるほど。貴重な情報をありがとうございます」

佐藤:「吉田さん、今日は本当にありがとうございました。とても参考になりました」

吉田:「いえ…私こそ、話を聞いていただいてありがとうございます。少し気が楽になりました」

佐藤と田中警部は会社を後にした。車の中で、二人は今日の聞き取り調査について話し合った。

田中警部:「佐藤君、今日の対応は素晴らしかったぞ。吉田さんの気持ちに寄り添いながら、必要な情報を引き出せていた」

佐藤:「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強不足です」

田中警部:「いや、十分だ。特に、『お立場はよくわかります』とか『あなたの誠実さは素晴らしい』といった言葉で、相手の気持ちを認めていたのが良かった。そうすることで、相手は自分が理解されていると感じ、より率直に話してくれるようになるんだ」

佐藤:「なるほど…確かに、そう言った後は吉田さんの表情が和らいだ気がします」

田中警部:「そうだ。人は自分の気持ちを理解してくれる人に心を開くものだ。そして、相手の立場に立って考え、共感することで、信頼関係が築けるんだ」

佐藤:「警部…私、もっと学びたいです。人の心を開かせる方法について」

田中警部:「その姿勢が大切だ。これからも様々な人と接する中で、経験を積んでいけばいい。そして、常に相手の気持ちを想像し、理解しようと努めることを忘れずにな」

佐藤:「はい!頑張ります!」

署に戻った二人は、今日の調査結果をまとめ始めた。山田太郎の殺害事件に、新たな視点が加わった。企業の不正や内部対立…事件の背景には、複雑な人間関係が絡んでいるようだ。

田中警部:「佐藤君、今回の件で新たに浮かび上がってきたのは、高橋部長の存在だな」

佐藤:「はい。山田さんと対立していたというのは気になります」

田中警部:「そうだ。明日は高橋部長から話を聞く必要がありそうだ」

佐藤:「はい、わかりました」

新たな情報を得た二人は、明日の調査に向けて準備を始めた。山田太郎殺害事件の真相に、また一歩近づいたように感じる。しかし、その真相は彼らの想像を遥かに超えるものだった…。

登場人物:
・佐藤美咲:18歳の新米女性刑事。主人公。
・田中警部:佐藤の上司。中堅刑事。
・吉田:被害者の会社の同僚。被害者と密接に仕事をしていた。
・高橋:被害者の上司。部長職。

#創作大賞2025   #ミステリー小説部門

第4話 終わり
次は 第5話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?