(第10話)ラクスル創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/08/23公開
第10話:「未来への展望 - ラクスルの新たな挑戦」
2023年4月、東京・六本木のラクスル本社。創業者の松本恭攝は、42歳の誕生日を迎えていた。14年前、小さなシェアオフィスから始まったラクスルは、今や東証プライム市場に上場し、年間売上高400億円を超える企業へと成長していた。
松本は、窓から東京の街並みを見下ろしながら、これまでの道のりを振り返っていた。印刷、物流、広告、ダンボールと、次々に新しい分野に挑戦し、デジタル技術で産業の非効率さを解消してきた。そして、パンデミックという未曾有の危機を乗り越え、さらなる成長を遂げた。しかし、彼の表情には新たな決意の色が見えた。
「まだ足りない。もっと大きな価値を創造しなければ」
松本の頭の中では、次の構想が描かれ始めていた。それは、ラクスルがこれまで培ってきたデジタル技術とノウハウを、より広範な社会課題の解決に活用するという新たな挑戦だった。
「テクノロジーの力で、社会をより良くできるはずだ」
松本は、自身の原点を思い出していた。大学時代に訪れたシリコンバレーでの経験。そこで見た、テクノロジーの力で世界を変えようとする起業家たちの姿。そして、アクセンチュア時代に携わった様々なプロジェクトで目にした、日本社会の課題。これらの経験が、今の彼の原動力となっていた。
「社会課題の解決こそ、真の価値創造なんだ」
松本は、新事業開発チームを立ち上げた。リーダーには、ラクスルの創業期からともに歩んできた永見世央を抜擢した。
「永見、君と一緒に新しい価値を創造していこう」
「はい、必ず成功させます」
二人の目には、新たな挑戦への期待と決意が交錯していた。
チームは、まず徹底的な市場分析と社会課題の調査を行った。その結果、ラクスルのテクノロジーとノウハウを活かせる新たな領域として、中小企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援に大きな可能性があることが分かった。
多くの中小企業がDXの必要性を感じながらも、具体的な方法が分からず苦心している現状があった。ラクスルが自社で実践してきたデジタル化のノウハウを、これらの企業に提供できるのではないか。
松本は、この発見に大きな可能性を感じた。
「我々の経験を活かせば、日本の中小企業の力になれるはずだ」
2023年6月、松本は新事業「テクノロジーソリューション事業」の構想を発表した。この発表は、ビジネス界に大きな反響を呼んだ。
「ラクスルが、今度はITソリューション業界に参入か」
「デジタルネイティブ企業の知見は、従来の企業にとって大きな武器になるかもしれない」
多くの企業から問い合わせが殺到し、松本たちは嬉しい悲鳴に追われた。
しかし、この新事業にも大きな壁が立ちはだかった。それは、従来のIT企業との競争だった。
「貴社に、システム開発の十分な経験があるのか?」
「デジタル技術だけでは、企業の本質的な課題は解決できない」
松本たちは、これらの批判に真摯に向き合った。自社のデジタル化成功事例を丁寧に説明し、従来のITソリューションとは異なる、実践的なアプローチの有効性を訴えた。
そして、ついに最初の大型案件を獲得。老舗の製造業企業から、全社的なデジタル化支援を任されたのだ。
松本は、この案件に全力で取り組んだ。彼自身が現場に足を運び、クライアントの課題を深く理解し、最適なソリューションを提案していった。
その姿勢と実績が評価され、徐々に案件数が増えていった。2024年3月期には、テクノロジーソリューション事業の売上高が50億円を突破。ラクスルの新たな収益の柱として成長を遂げていった。
しかし、松本の野心はさらに大きくなっていた。彼の頭の中では、次の構想が描かれ始めていた。
「日本だけじゃない。アジア全体の産業のデジタル化を支援したい」
松本は、幼少期を思い出していた。父親の仕事の関係で、小学生の頃に2年間シンガポールで過ごした経験があった。その時に目にした東南アジアの活気溢れる街並みと、同時に存在した様々な社会課題。その記憶が、今の彼の原動力となっていた。
「あの頃から、いつか自分の力でアジアの発展に貢献したいと思っていたんだ」
2024年4月、松本は海外展開プロジェクトチームを立ち上げた。まずはシンガポールを足がかりに、東南アジア市場への進出を目指す。
しかし、海外展開の道のりは平坦ではなかった。言語の壁、文化の違い、現地の法規制。そのどれもが、大きな障壁となった。
ある日、シンガポールでの商談中、地元の企業の経営者から厳しい言葉を投げかけられた。
「日本のやり方を押し付けるな。我々には我々のやり方がある」
その言葉に、松本は深く考え込んだ。確かに、日本で成功したモデルをそのまま持ち込むだけでは通用しない。現地のニーズや文化に合わせたアプローチが必要だった。
松本は、自身の幼少期の経験を思い出しながら、プロジェクトチームに新たな指示を出した。
「まず、現地の産業の実態を徹底的に調査しよう。彼らの本当の課題は何なのか、我々に何ができるのか、ゼロから考え直そう」
チームは、シンガポール全土の企業を回り、丹念にヒアリングを重ねた。その過程で、日本とは異なる課題が浮かび上がってきた。
シンガポールでは、政府主導でデジタル化が進められており、多くの企業が急速なデジタルシフトを求められていた。しかし、人材不足や技術的な課題から、思うように進まないケースも多かった。
この発見を基に、松本は新たな戦略を立案した。
「デジタルトランスフォーメーション支援プログラムだ。政府のイニシアチブと連携しながら、企業のデジタル化を包括的に支援しよう」
2025年、ラクスルは創業から16年目を迎えた。国内事業の売上高は500億円を突破し、海外展開も着実に進展していた。
松本恭攝、44歳。彼の挑戦は、新たなステージに入ろうとしていた。
「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」
このビジョンを胸に、松本とラクスルの物語は、さらなる高みを目指して続いていく。
創業から16年。ラクスルは、印刷業界の革新から始まり、物流、広告、ダンボール、そしてテクノロジーソリューションへと事業を拡大してきた。そして今、アジア市場への進出という新たな挑戦に向かっている。
松本は、東京タワーを見下ろすオフィスの窓際に立ち、遠くを見つめながら静かに語った。
「我々の挑戦は、まだ始まったばかりだ。テクノロジーの力で、もっと多くの産業の非効率さを解消し、社会に貢献していこう。そして、その価値をアジア全体、さらには世界中に広げていくんだ」
その言葉には、創業当時と変わらぬ情熱と、16年間の経験に裏打ちされた自信が込められていた。
ラクスルの挑戦は、これからも続く。彼らが描く未来。それは、テクノロジーの力であらゆる産業の非効率さを解消し、より良い社会を作り出す世界だ。
その壮大な夢の実現に向けて、松本恭攝とラクスルの歩みは、今日も、そしてこれからも続いていく。
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