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D18

子供の頃、富山の山中にFCというイタリアンレストランがあった。

オーナーシェフと奥さんだけでやっていたから、オペレーションにかなり時間がかかるのか、長い間待った。底冷えのする12月はかなり寒い。

しかも変なお面に囲まれて待つ羽目になる。

子供にとっての20分は長い。本当に長い。
パスタが来てもお面は変わらずじっとこちらを見つめていて、それにビビりながら食事をした覚えがある。

母はそこのティラミスゥ(ティラミスではない)が好きだっただけに、毎度そのような目に遭うのには参った。

ヴェニスの仮装面は空想性を大袈裟にし、現実から切り離すことで、文字通り誰でも来てその祭りの場で祝う意味があるだけに、かなり仰々しい。本場はほぼ全員格好が貴族だし。

まぁ、オーナーにとっては誰でも来てくださいという意味だったんだろうけど、私にはナマハゲと同義であった。

そんなふうにチビリながら食事したあとでも唯一楽しかったのが、狸の餌やりである。

夜7時はとうに過ぎ、林の向こうは真っ暗。
その向こうに向かって、若かりしオーナーが、

「タヌーキー!タヌーキー!」

油揚げをぶんぶん振り回して狸を呼ぶのである。
マンマミーア。

専ら我々は見ているだけだったが、Mr.タヌーキーが本当に出てきたのは一回だけで、それも警戒してこちらには近付かなかった。その時の餌は油揚げではなくキャベツの端っこであった。

タヌキはキャベツの方に興味を示したらしい。
投げられた端っこをサッと回収して暗闇へ去っていった。

タヌキは来なくても、オーナーが明るかったので、訪れるたびシェフの後ろをついて行った。ド派手仮面は相変わらず苦手だったけれども。

念の為記しておくが、人間からの餌やりは法律上禁止はされていない。が、努力義務のようなところもあり、生態系を壊すきっかけになるので接触は避けた方がいい。

ちゅうか、やるな。

野生動物は人間とは住む世界が違う。
最悪なんとか菌をもらって病院行きである。
エコノキックスくらいしか知らんが。

油揚げはキツネというデフォルトも乗り越えて、ナッパを食う狸。奴ら雑食だしな。しかし食わず嫌いしない逞しさは見習いたいと思う。

タヌーキー倶楽部もといレストランは繁盛して引越しをし、目下営業継続中である。あのオーナーの直接の裁量による裏山マジックはなくなったが、味は変わっていない。

美味しいので、胃腸が元気であれば一度訪れたし。油が苦手じゃなければ。
なお、ティラミスはティラミスゥと発音するとよい。

ほんじゃこの辺で。Arrivederci! chiao-chiao!