岡田将生研究⑮羽生晴樹から那須田歩への系譜

 現在放送中のドラマ「ザ・トラベルナース」の主人公那須田歩は、アメリカ帰りの意識高い系看護師で、思ったことをズバズバ言う一見いけ好かない人物だが、「歩ちゃん」と看護師仲間にからかわれる愛されキャラでもある。いけ好かなさと愛されキャラという相反する性質が役の中に同居する、岡田将生の真骨頂。岡田のいけ好かないエリートキャラといえば、2013年の大ヒットドラマ「リーガルハイ」の羽生晴樹を思い起こす人も多いだろう。羽生から那須田へ、必然とも言える役柄の変化の系譜をたどる。

 羽生と那須田の共通点と言えば、外国帰りのエリート。厳密には羽生は帰国子女(外国で子供時代を過ごした)で、那須田はアメリカで働いていた(NPの資格保持者であるからおそらく留学していた)。羽生はことあるごとに「サウジアラビアのことわざ」を持ち出し、那須田は何かというとすぐ「アメリカでは~」と日本のダメ出しが始まる。どちらも誰もが認めるイケメンだが、空気を読まずに正論をぶちまかす、いわゆるウザい役どころ。どちらもウィンウィン王子!バカナース!などと作中で罵倒される。しかしこの2役には決定的な違いがある。

 羽生は、容姿端麗、頭脳明晰、博愛主義で誰にでも優しい人たらしの弁護士。岡田もインタビューで言ってるように羽生の言ってることはおおむね「正しい」。正しいことを言っているのに、それが独善的で薄っぺらいと感じさせ、好人物要素満載のはずなのに視聴者にまで本気で嫌われたというのはある意味見事。言ってることは無茶苦茶だが、ここぞという時に真理を突いて視聴者の心を鷲掴みにする主人公古美門(堺雅人)の適役として完璧だった。最後の最後に古美門にけちょんけちょんにされた挙句、「実は古美門に好意を抱いていた」というオチが唯一の愛されポイントで、最終回放送後にようやく好感度が上がったという稀有なキャラクターだ。古美門が最後に放つ痛烈な「バカなだけなんじゃないのか?」という一言を演技で体現できていたことに驚愕する。

 一方那須田は、優秀な看護師ではあるが、短気で正義感が強く、場所も相手もわきまえずに自分が正しいと思った事は口に出す「面倒くさい」奴。しかし同時に「歩ちゃん」と気軽にいじれる隙がある。強さと優しさ、カッコよさと可愛さ、頑固さと素直さ、相反するものを役柄に同居させることによって、薄っぺらい羽生とは真逆の多面的な人間としての厚みを感じさせ、感じの悪い側面を残しつつ愛されるキャラ造形に成功している。一見いけ好かない人物に見えて、人の温かみが感じられるのだ。那須田のぶちまける正論は自分のためではない場合が多いのもその一因であろう。例えば3話のセクハラに関する苦言は、女性看護師を守るためのものだったし、看護師の待遇や働き方に関する発言も自分のためというよりは組織全体に対するものだ。ウザいだけでないその真っすぐさが、人間的な未熟さにつながり「歩ちゃん」と呼びたくなるし、静(中井貴一)に反抗しているように見えて、その受け売りをすぐさま踏襲する辺り、捻くれてるけど素直で「可愛い」となるのだ。これを1ミリの矛盾もなく演じるのは実は大変難しいのではないかと思う。ころころ変わる豊かな表情で、歩の心の内を巧みに表現する。

 2013年に演じた羽生から、2022年の那須田までの間に、もう一つ忘れてはならない人物を岡田は演じている。2017年のドラマ「小さな巨人」の山田晴彦。「岡田は嫌な役が似合う」と世間に言わしめた役柄だ。偶然にも前述の2人の名前から一文字ずつ名前に入ってるこの山田もまた、いけ好かないエリート警部補であった。東大出身のエリートでありながら敢えてノンキャリアの道を選んだという捻くれ者で、前半は、主人公香坂(長谷川博己)の邪魔をする単なる嫌な奴に徹するも、後半になって父親との関係が取りざたされるにつれ、愛すべき一面が見え隠れした。仲間だと思わせて裏切ったり、裏切ったと思わせて結託したり、2転3転するストーリーの中で、嫌な奴の内側にほんの少しの愛嬌を仕込み、憎めない人物に仕立て上げた。

 ここで興味深いのは、視聴率との相関関係である。全話平均視聴率は「リーガルハイ」18.4%、「小さな巨人」13.5%と岡田がメインキャストで出演したドラマの中でも1位と2位に当たる。当然視聴率は作品の力に大きく左右されるが、岡田の嫌な奴キャラは確実に作品にプラスに働き、視聴者に受け入れられている証明でもある。「リーガルハイ」は3番手、「小さな巨人」は2番手での出演。満を持しての主演作「ザ・トラベルナース」は5話終了時点、平均視聴率11.8%とテレビ離れが加速する中で絶好調。歩と静(中井)の時にコミカルで時にシリアスなやり取りは好評を博し、早くもシリーズ化希望の呼び声が高い。

 岡田将生は、積み重ねの俳優である。常に変化と進化を望み、多くの現場で学び続けたいと言う岡田が「皆さんに愛されるように演じたい」と言い出したのは「小さな巨人」後のこと。また、那須田歩を演じるに当たって脚本家にお願いしたことは「どこか欠落した人物にして欲しい」という一点。那須田歩という人物は、脚本、演出、演技、衣装や髪型に至るまで、岡田の魅力を最大限に生かしたキャラクターとして生き生きと輝いている。「ザ・トラベルナース」は、岡田が初めて企画段階からプロデューサーや脚本家と会って話し合った作品であり、ドラマ主演俳優として勝負をかけた作品と見て良いであろう。情熱的で真っすぐで、どこか欠落している愛されキャラの歩は、そのまま俳優としての岡田に重なる部分が多く、トラベルナース那須田歩と俳優岡田将生の今後に、ますます目が離せない。


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