企業法務部員として必要最低限のスキルと、最も重要なスキル

1.企業法務の役割

(1)会社の目的
 会社のうち、株式会社とは、営利を目的とする社団法人である(cf.会社法§3,105,453,504 etc.)。営利とは、対外的な事業活動によって利益を上げ、それを構成員に分配することをいう。特に、
 会社は、営利を実現し続けるするために、一定の資本(人、モノ、情報、金)のうち一つ若しくは複数を投資し、もって会社の持続的成長及びリターンの最大化を目指すこととなる。
 企業(*)が投資に対する高いリターンを継続的に得るためには、当該事業を、法令その他社会的規範の下で、適法かつ適切に、また安定的かつ持続的に行う必要がある。
(2)企業法務の役割
 リスクを、損失発生の可能性とおくと、企業は、営利を実現するために、リスクマネジメントを行う必要がある。
 企業法務の役割は、このリスクマネジメントのうち、特に法的リスク(及びコンプライアンスリスク)のマネジメントを通じ、もって企業における意思決定をサポートすることによって、事業活動の持続的・安定的な高いリターンを実現することである。

2.リーガルリスクマネジメント

 リスクマネジメントは、①リスク抽出、②リスク測定、③リスク処理手段の決定及び④リスク処理の実行を行う。企業の意思決定は、企業の事業活動に損失を与える可能性(=リスク)があるから、意思決定に含まれるリスクの審査が必要である。そこで、法務部は、当該意思決定について、上記リスクマネジメントのためのリードタイムを確保できる段階で、企業の意思決定に対するリーガルリスクマネジメントを実施する必要がある。
 なお、どの意思決定について、どの段階でリスクマネジメントをするか、もしくは法務部によるリスクマネジメントを省略するかは各企業によってまちまちである。ただ、どの意思決定に、どの段階で、どのようなリスクマネジメントをすべきかを決定する軸としては、どのようなリスクマネジメントをすれば企業が持続的・安定的で高い成長を実現できるかという観点からなされる必要がある。

3.リーガルリスクマネジメントに必要なスキルセット

 上記のとおり、法務部が審査するものは企業のそれぞれの意思決定であるため、リーガルリスクマネジメントに必要なスキルセットについも、それぞれの意思決定の内容によって異なる。
 とはいえ、あえて備えるべきスキルを抽象的に示すと下記となる。

(1)それぞれの意思決定に関係ある国及び機関のリーガルシステム(司法判断の仕組み、執行の仕組みなど)の知識
(2)当該国及び機関におけるリーガルシステムを前提とした法律文書作成スキル(法律用語や要件事実の知識等を含む)
(3)それぞれの意思決定に適用される、または適用される可能性のある法律の知識
(4)意思決定の内容を十分に理解するために必要な知識(ビジネスの前提知識、税務、ファイナンス、IT等)
(5)当該意思決定を、適示に、適法かつ適切にリーガルリスクマネジメントするために必要なコミュニケーションを取ることのできるコミュニケーションスキル

4.リーガルリスクマネジメントを行うに足りる必要最低限のレベル

 とはいえ、上記(1)~(5)のどれかに欠ける場合でも、リーガルリスクマネジメントの担当をすることは可能である。
 企業法務部員のスキルが不足する場合でも、予算さえあれば法律事務所に仕事を外注することが可能である。ただし、社外弁護士は、一次情報である意思決定とそれに関連する事情の全てを知ることはできないから、当該法務部員が、
①リスク抽出、
②リスク測定、
③リスク処理手段の決定、
④リスク処理の実行
というリスクマネジメントのプロセスにおいて、①に必要な情報を不足なく加工して社外弁護士に情報提供できるスキルさえあれば、社内的には当該法務部員単独で仕事を進めることが可能である。
 この①に前置されるプロセスを⓪一次情報の収集と置き、このスキルを「一次情報収集スキル」とラベリングすると、この一次情報収集スキルが、社外弁護士を使う企業法務の主担当として備えるべき最低限のスキルだといえる。
 では、この一次情報収集スキルとは何か
 法律は相争う当事者間の利益を、国家の強制力をもって調整しなければならない場面でその機能を果たす。そこで、当該意思決定の内容に、利益調整が必要な局面が含まれていることさえ担当者が理解さえできれば、必ずしも全ての法律を知らなくても、⓪の一次情報として収集し、①のリスク抽出作業の対象として必要になるかもしれない事実を抽出できる。
 当該意思決定(事業)に必要な準備、意思決定に基づく事業立ち上げから運営、終了という一連の流れを十分に理解することができていれば、そこで生じうる不平等、利益の偏り等、強制力を持った調整が必要となりそうな場面は、おおまかには抽出できるものである。もしできない場合は、その事業を十分に理解していないともいえる。
 そして、ここで必要なスキル(=一次情報収集スキル)は、必ずしも法律上のスキルではなく、(4)と(5)のスキル、すなわち、(4)意思決定(事業)内容をよく理解して、(5)当該意思決定(事業)に関わるメンバーと十分にコミュニケーションを取ることで、リスク抽出をするにあたり必要不可欠な事実を集めることのできるスキルである。この「一次情報収集スキル」があれば法務部員として必要最低限の仕事はできる。企業の新卒配属先として法務部に配属されるような人材も、法学部などで事前に法律を学習していなくとも、(4)と(5)のスキルを備えていれば、法学の勉強を待たずとも実戦で活躍することが可能である。
 もっとも、そのような素晴らしい人材は、自らの業務とそれに必要なスキルを認識した時点で、積極的・自主的に法学の勉強を始めるとは思うが。

5.法務部員として最も大事なスキル

 最低限法務部員として必要なスキルは、法律スキルではないとしたが、法務部員として最も大事なスキルもまた法律知識ではない。法務部員として最も大事なものは、人間力である。
 人間力とは、事業の本質を捉える力、リスクとなり得る箇所を適示し事業担当に(法律だから、だけではない)合理的な説明をして時には事業スキームの変更をすることに納得・腹落ちさせる力、許容できるリスクのうち最大のリターンを生む意思決定(事業スキーム)は何かについて事業に対する十分な理解を前提として柔軟な発想で再構築できる力、法務部員だから相談されるのではなく、人として、各々が抱えているプロジェクトや事業の構想を、いち早く相談したくなるような、人格的厚みや優れたバランス感覚など、不確実な物事を前提に適切な意思決定をするにあたって必要な総合力をいう。
 法務部に持ち込まれなければならないのに持ち込まれていない案件は、法務部員にそういった人間力があれば、いち早く法務部に持ち込まれるであろうし、逆に、人間力のない者に対しては、リスクの高い重要な相談をしたり、意見を聞いたりしたくないだろう。事業部の対応は法務部の対応の鏡であり、事業部のことを悪く言う法務部にいい法務部はない。

 法務部員としては、こういった人間力に加えて、法律知識(海外を含む)や社内外の人的ネットワークを積み重ねることにより、会社意思決定のうちサポートできるカバレッジを広げていき、最終的には会社の意思決定を行う側として求められるようになれば、企業法務としての役割を十分に果たしたと言えるかと思う。

(*)「企業」は「継続的・組織的に事業活動を行う経済主体」と定義できるが、株式会社とあまり変わらない意味で考えていただければよい。

参考文献




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