ペティナイフを使い倒している

社会人になってしばらくしてから飛び出すように一人暮らしを始めたとき、私はホームセンターで見つけたペティナイフを買った。一人暮らしの自炊用に何本も揃える必要はないのと、金属ひと塊で握りやすそうなデザインに惹かれたのと……選んだ理由はもう少しあった気がするけど定かではない。
後に自分一人のためだけではなく交際を始めた当時の夫のためにも使うようになったが、相変わらず1本で事足りた。手入れ用品をナイフと一緒に買っておけば良かったかもしれないとは思うようになった。

本格的に二人暮らしを始めても、南瓜や薩摩芋に苦労するぐらいで、まあなんとかまだ1本で事足りたている。ただ、もう手入れせずに使い始めて四年かいくらか経っていて……何ヶ月か前に刃先を欠けさせてしまった。
夫とはそのうち研石を買わないとね、なんて話しながらいつも後回しにしてしまう。毎日のように使っていて、私の手のサイズにちょうど良くて、でも大きい食材には少し不便な万能ナイフ。いい加減、刃はぼろぼろで切れ味も悪くなっている。

それでもまだ買い直そうとは思わないが、年に1回ほど困るので大きな包丁を買おうかは悩ましいところだ。
実家では祖父が趣味で何十年も漁をしていて、毎年11月頃は鮭を漁っている。何本何十本と毎年のように捌く祖母は、この時期は恨み言をよく零すようになる。
まあ、そういうわけで、生の鮭ではない加工品が半身単位で差し入れされるようになった。実家に住んでいたときはもちろん、一人暮らしのときも実家に近かったので半身をもらって困るようになったのは去年からだ。
なにしろ持っているのはペティナイフ1本。無理やり使い倒し、なんとか1回分ずつに切り分け、冷凍庫にしまい込む。下手くそだし切れ味を悪いままにしているのでそれなりの力仕事になる。

書いててまだ買い足さなくても手入れさえすれば良いじゃないかと思えてくる。でもこれからは食材に長々と向き合う余裕がなさそうなのだ。
サッと切って処理して包丁の類は素早くしまう。そうしなければきっと危ないだろうな。今は腹の中ですくすくと育ってくれている子が、歩き回ってヒヤリとする前になんとかしないとな。
そう思うのに、夫が寝転んでいると私も微睡んでしまう。今目の前にある半身を切り分けるのはちょっと辛い。

ペティナイフ自体はポキッと折れない限り、早めに手入れ用品を買ってまだまだ使い倒すつもりだ。もしかしたら切れ味さえ維持できるなら大きな包丁は買わないかもしれない。とても気に入っているのと、手に馴染んでいるのと、包丁の使い分けなんてたぶんしないから。
とりあえずこの半身は、夫に任せよう。