井の中の蛙11

『知性があればあるほど、人は相手の中に独創性を発見する。
凡人には、誰もみな同じに見える。』ブレーズ・パスカル(哲学者)


<時計じかけのオレンジ>

「携帯電話電源オフ車両」に乗ると必ず携帯の電源を切る。
電源をオフにする必要性が無い事が分かっているにも関わらず。
消音にしてポケットやカバンに入れているから、
電源が入っていると気付かれる事もないにも関わらず。
「携帯電話電源オフ車両」に乗ると必ず携帯の電源を切る。

原因は親の躾だけではないと思う。


<SM>

攻撃し、その反応で相手を測る“S”
攻撃を誘い、好き勝手に攻撃してもらう事で相手を探る“M”


<他者は思いも寄らない事をする>

自分で挑戦する場合、
自分の性格や力量が分かっているから結果は大体想像が付いてしまう。
しかし、他者に任せた場合、
思いも寄らない事をして、想像を超える大きな成果を上げてくれる可能性がある。


<漁夫の利は許さない>

相手を非難して関係が悪化、
そのせいで双方共に不利益を被ってしまう。
この状況を打開するのは簡単。

相手を許せば良いだけ。


<他人の分身>

特定の人の意見を大量に聞いている内に、
自分の中にその人の分身が生まれる。

それは物事を考える際、自分の考えだけでなく
あの人ならこう考えるだろうとも考える。

オールラウンドな分身や特定のジャンルのみの分身が沢山揃っていると、
自然に色んな捉え方が出来て、常に視野を広く持つ事が出来る。


<精神の強さは諸刃の剣>

その強さのせいで自らを傷付けてしまう。

それ以前に、
精神に強弱の尺度を当てる事自体に問題があるように思う。


<感情の起伏>

感情の起伏があまりないから、
常に表現する感情を選ぶ事が出来る。

喜怒哀楽の内、
怒&哀の表出は百害あって一利なしと考えている為に表現しなくなり、
それに引っ張られるように内的にも怒&哀の感情が湧かなくなった、と。

怒&哀の感情に振り回されないから、精神的に安定し易い。
精神的安定は喜&楽の蔓延を保証する。
喜&楽は心の健康を促し、心の健康は精神の安定に繋がる。

怒&哀の感情のコントロールは好循環を生む。


<個人的価値観の尊重>

一般に流通する表現物はある程度売れないといけないから、
多少なりとも大衆迎合したものに成らざるを得ない。
独特の個人的価値観が反映された多くの人に受け入れられない表現物は切り捨てられるか、
マーケティングによって修正を食らい原型とは違ったものとなる。

作成から鑑賞者に届くまで全てを自分(または自分達)で行なう事が出来なければ、
なかなか個人的価値観の反映された表現物を流通させる事は出来ないのだ。

そこで救世主が現われる、それはインターネット。
文章&音楽&動画なら通信費のみで一般公開する事が出来る。
どんなに個人的な表現物でも発表する事が出来る。

表現したいものを表現する事が出来て、
それを好きな人が鑑賞して楽しむ事が出来る。
個人的価値観を個人的価値観が評価する。
表現物に客観的価値なんて必要ない。


<社会問題>

自分がどうすべきか考えれば良い。
他人がどうすべきか考えても良いが、
それを実現するのに自分がどうすべきかまで考える必要がある。

問題意識を持つ人自らが行動しなければ何も変わらない。


<良いとこ取り>

良いとこ取りはどんどんやれば良い。
ただし、何をするにしてもコストとデメリットがあるという事を忘れてはいけない。


<お手伝い>

お手伝いをする人の頑張りは、
お手伝いされる人自身の頑張りに比例する。


<公開日記の効用>

読み手を意識して書く事で、
自分が思っている事が相手に伝わるよう心掛けるようになる。

読み手がどう捉えるかを想像する事で、
自分の考えを客観的に捉え直す事が出来る。

さらに実際に読み手さんが意見や感想を書いてくれる事で、
他人の考えを知る事が出来る。

また、コメント等を書き込んでくれた読み手さんのHPへ出向き閲覧する事で、
他者の持つ関心事やそれらに対する考え方を知る事が出来る。
検索して閲覧するのと違うのは、
自分のサイトで書き込んでくれているので交流し易い事。
疑問に思った事などを気軽に聞く事が出来るという事。


<手助け>

犯罪に手を貸したり、変な団体に入る手助けをする事は出来ない。
相手が手助けを求めているというだけでは、力を貸す事は出来ないのだ。
相手がやろうとしている事に、自分が賛同していなければ出来ないのだ。

賛同するかしないかの基準は、それが自分にとって得になるかどうか。
自分の得になるのならば喜んで力を貸す。
そうなのだ、相手が手助けを求めていようがいまいが関係無いのだ。

私は常に自分の為に他者の手助けをする。


<言い方>

漫才のネタで2つのものを比べるやつで、一方を気怠く言い、
もう一方は元気良く言って、こっちの方が良いやろってのあるでしょ。

実際、言い方で受ける印象がガラリと変わる。
キツイ事でも笑いながらだと冗談になったり、
声色によっては事実を伝えているだけなのに批判しているように聞こえたりする。

さて、ここからが本題。
ネットの文章での遣り取りはどうだろうか。
声色や抑揚、イントネーションは読み手の読み方次第となる。
相手とある程度の付き合いがあり大体の性格が分かっているなら、
どういう意味合いがあるのか検討を付ける事が出来る。
しかし、初対面やそれに近い状態である場合、
情報がまるで無い為、先入観に左右される。

人は基本的に良い人だと思っている人は、
少々悪意のある文章であっても軽い冗談として捉えてしまう。

逆に人間不信気味な人だと、
全く悪意の無い文章であっても、悪意の固まりとして捉えてしまう。


<夢で飯は食えない>

「夢で飯は食えない」という決り文句がある。
でも、夢を追わずして生きられるものなのだろうか。

どんなに小さな事でも良いから、生活レベルを落としてでも、
夢を追って生きて行きたいなぁ。

苦労なんて一瞬の事、
人生なんて、始まったと思ったら、あっという間に終わるのだから。


<口が達者な者達によるデモ>

暴力反対!


<親>

理不尽な事ばかり言う親だと、子供は混乱する。

常に理屈の通る親なら、子供は感情に訴える事無く、
理屈で説明や説得をする事が出来る。


<HPを辞める時>

HPを辞める時は、なるべく理由を書いて欲しい。
分からない事ほど不安な事は無いからです。
どうしても心配してしまうし、
ずっと気になったままになってしまうから。

HPを辞める時は、なるべくHPは削除せず放置して欲しい。
HPは一面的であれ部分的であれ、人生の記録だからです。
他者の人生を知る事はとても有意義な事です。
だから、共有財産として置いておいて欲しいのです。


もし、もっと古くからインターネットがあって、
祖父母がブログでもやっていて、それが今でも残っていたらなぁなんてね。


<自分の人生という観点>

自分の人生という観点からものを見ると、
殆どの事が取るに足らない事だと分かると思う。


<人間らしさという観点>

少々自己中で、見ていて怒りが込み上げてくるような人でも、
人間らしさという観点から見ると面白く見れると思う。


<お金よりも大切なもの>

消費者金融のCMで『お金よりも大切なものがある~』っての。
お金より大切なものってなんやろうとか、
じゃあ、お金はどれくらい大切なんやろうって考えるでしょ。
因みに私が最初に思ったのは、
「お金より大切なものがお金で守れるとすれば、お金もそれと同じくらい大切やなぁ」と。

で、お金より大切なものってなんやろう?
..命?
命が無ければお金なんか意味無いから。

じゃあ、命よりも大切なものは?無い?
..ありそうです。

命を守っているものとか、
命が守っているものとか。


<脳だけ生き続ける>

死後すぐ脳を取り出して培養液に浸けられる。
外界と意思疎通が出来るとして、自分はこれを希望するか?
結局、脳の寿命が来て終わるからなぁ。
ま、お別れの挨拶が出来るって事ぐらいか。

それなら、脳内データをデジタル化して電脳空間で生き続ける。
映画『バーチャル・ウォーズ』みたいな感じ。
でもこれだと自分は死んでる、あるのは自分のコピー。
A.I.機能付いてると学習して変化して行く。
どう変化するのか分からず不安なので、A.I.機能は無し。
死んだ時の自分のまま、それなら良いかな。

脳内データをデジタルに写し取るソフト
・論理式の形で色々質問し、答えを取り込んで自分の考えとする
・論理矛盾が生じたら報告、場合分けや細分化して解答し直してもらう
・さらに論理演算して新たに見つけた関係を報告、正誤の判定をしてもらう
自分の考えのデジタルコピーを作ると共に、
自分の考えの論理的エラーを見つけ出せる。
いつかこういうの作りたいと思ってたんやけどなぁ..


<デジタル偉人>

「脳だけで生き続ける」を書いた翌日に驚きのニュースが..
『2050年、人間は「不死身」に=脳の中身をPC保存』
未来学者のイアン・ピアソンさんって人がこの予想を発表したそうです。

これ、元の人間と同様に機能するなら、
世界中の様々な分野で活躍するスペシャリストの脳をコンピュータにダウンロード。
デジタル偉人として販売。
アドバイスを貰ったり、講義を受けたり、雑談したり出来る。
先ずは学校で活躍。で、一般に普及しだすと、
いずれポケモンみたいに携帯機に入れて持ち歩けるようになったり
ファービーみたいにデジタル偉人同士で議論させたりするんかなぁ。


<メール不精>

交流を求めているにもかかわらず、メールの遣り取りをしない。
自分から送信しないだけでなく、来たメールの返事もしない。
男に多いんじゃないかなぁ、こういう人。

内心は交流希望、表出は交流拒否。
周囲からすれば交流拒否してると捉えられるから、
交流の糸はどんどん切られて行く。

内心で望んでいる事を叶えられるような表出をしないと、
願いが叶えられないばかりか、逆行してしまう事にもなる。


<ほんのちょっとの事>

監察医は解剖直後でも普通に食事をする。
対して、ほんのちょっとでもグロい映像がテレビで映っていると、
ご飯が食べられないと言う人がいる。

ほんのちょっとの事で、特定の事が全く出来なくなってしまう。
特に精神的な面によって行動が大きく制限されるのは、凄く勿体無いと思う。


<返信は要らない>

書かれたものを読んで、意見や感想があれば書く。
そうして書かれた意見や感想を読んで、意見や感想があれば書く。
返信ではなく、常に送信で良い。


<能力と評価>

能力は、評価されない場所では発揮されない。


<未知との遭遇>

理解するのが難しいのなら、
理解する為に必要な知識を学べば良い。
それをせず、今持っている知識だけで理解しようとすると、
あっさり間違った認識を持つに至ってしまう。

理解する為に必要な知識を学ぶ事が困難なら、
自分には理解出来ない事なのだと理解すれば良い。


<バランス>

10個のパーツで構成される道具がある。
今ある所持金の1%につき耐久年数が1年となっており、
どのパーツにどれだけ所持金を注ぎ込むかは自由。

1つのパーツに拘りを持ち、それ以外のパーツには其々1%しか注ぎ込まず、
残り91%を拘りのパーツ1つに注ぎ込むと、道具としての耐久年数は1年。

其々10%ずつ注ぎ込めば、道具としての耐久年数は最大の10年。


<金の卵>

独創的なアイデアは他者に様々なインスピレーションを与える。


<誰もが思い付く>

自分が以前思い付いたアイデアが、
他の誰かによって語られていたり、
実現化していたりする事がある。

同じ時代、同じ状況、同じ情報があれば、
当然、多くの人が同じような事を思い付く。

他者によって実現されるのが自分が思い付いた後、大分経ってからなのは、
アイデアが実現されるには多くの段階を要するから。

同じアイデアを思い付く人は多い。
その中で抜きん出るのは、
実現させる、または実現させる事が出来る人に働きかける人。


<他者の良い所>

他者から色んな利を得ようとすれば、
どんな利が得られるのかを知ろうとする。
協力者として、また情報提供者として、
その人がどういう能力や才能、それに知識を持っているのか。

他者から多くを得ようとすれば、
自然に良い所を見つけ出すようになる。


<やりたい事をやる>

目標を持って取り組めば、その過程で多くを学べる。
学んだ事は自分や後進経ちの糧となる。

しかし、あまりやりたくない事や、気が乗らない事では、
真剣に取り組む事は出来ず、大した物を得る事は出来ない。

やりたい事をやる事が、色んな事を学ぶには良い方法なのだ。


<「かどうか」とベストランキング>

「好きか嫌いか」「良いか悪いか」と二分すると、
必ず「嫌い」「悪い」ものが存在し、
それによってストレスを受けたりする。

「好きかどうか」「良いかどうか」にすれば良い。
こうすればかなり緩和されるでしょ。
順位が変わる訳じゃないから比較もちゃんと出来るし。

人に対しても、
「優れているか劣っているか」でなくて、
「優れているかどうか」で良い。

ベストランキングはあった方が良いが、
ワーストランキングは要らない。


<質問と個性>

自由度の高い質問やしょうもない質問に対しての回答には個性が出易い。
逆に、答えの決まっている質問や真面目な質問では、
あいての内面を推察する為の情報を得る事は難しい。

<熱意>

『奇跡体験!アンビリバボー』で、
1ドル硬貨に刻まれている青年の話をやってた。
カナダで骨のガン・骨肉種で片足を失った青年テリー・フォックスが、
ガンの研究資金を募金してもらう為にアメリカ大陸横断マラソンに挑み、
ガンが肺に転移し途中で横断は断念するも、
多くの人の賛同を得て募金は目標を遥かに超え、大成功を収める。
そして現在では..
世界中で同目的のマラソン大会「テリー・フォックス・ラン」が行われてるって。

研究資金の為の募金というのが良いなぁと。
根本的な解決に繋がるからねぇ。
それより気になったのが、何でマラソン?っての。
ガンの研究とマラソンって何の関係もないやんって。

でも見ててわかりました。
宣伝というかアピールの手段としてマラソンが適してたと。
しんどい事、つらい事を頑張ってやる事で自分の思いの強さを示すと。

ん~、やっぱ人を動かすのは理屈より熱意なんかなぁと。

ま、何にせよ、
1人の勇気ある行動が世界の未来を変える事もあるって事は証明されましたとさ。


<差別>

元々は区別と同じ意味だそうで。
それがいつからか、
偏見によって特定の人々に対して不公平な扱いをする事、
という意味でも使われるように。
そういや「不当な差別」って表現もありますな。
現在だと血液型差別とかやなぁ。

でも、誰もが多かれ少なかれ見方は偏ってるしなぁ。
取り敢えず「偏見=非科学的判断によるもの」って事にしとこう。


<やってみないと分からない>

「やってみないと分からない」というのは、
やってみる事が出来る人が言える事であって、
毎度大口を叩いては結局途中で投げ出してしまうような人には当て嵌まらない。


<認めてもらう>

相手の価値観にに添い、相手から良い評価を得る。
もしくは、自分の価値観を相手に受け入れてもらう。

後者は前者に比べ、
なかなか認められなくとも、諦めず続けようとする。
自分の価値観だから、それが良いと思っているから。

良いと思うものを受け入れてもらう為の活動をする時、
人の心は容易に折れない。


<1人の力>

1人の力は余りにも小さい。
しかし仲間が居ないのなら、1人で始めるしかない。
幾ら小さくとも、無に比べれば格段に大きい。


<1人の力>

1人の力は余りにも小さく、社会への影響力も小さい。
だから、少々大暴れしても問題ない。
というか、大暴れするぐらいで丁度良い。


<自分の代わりなんて幾らでもいる>

自分の代わりなんて幾らでもいるから、
あとの事はその人達に任せて、私は好きなようにやらさせてもらおう。


<行為をするという事>

他者への行為は、相手に対する気持ちの表出。
行為そのものに大した価値がなくとも、行為をするという事自体に価値がある。


<発言するという事>

人は、ちょっと声を掛けたり、冗談を言ったりと、
特に有用な情報が含まれない発言をする。
内容的には言わなくとも別にどうという事の無い発言。
こういった発言は内容ではなくて、
発言するという事自体がメッセージになっている。


<気持ち>

気持ちは何かを媒介しなければ伝わらない。
気持ちは相手に向って投げ出されたあらゆるものに付着している。


<ドラマ『タイガー&ドラゴン』>

『タイガー&ドラゴン』を観終えて..
ちょっと大事な事の凡例集という感じで、
回を重ねて思い入れが強くなるほど、伝わってくるものも大きくなりました。

理屈で教えられるよりも、色んな事例を見たり聞いたりして、
自ら気付いたり、感じ取ったりする方が身になるってのはあるなぁと。


<利他的行為>

『タイガー&ドラゴン』全篇通して良いなぁと思ったのが、
登場人物達が利他的行為をする際のスタンス。

「してあげなければならない」とか「するべきだ」ではなくて、
「したいからする」って感じ。

利他的行為をする理由が、
「自分がしたいから」ってのはシンプルで良いでしょ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?