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「セカンドライフ創世記」を読む。画一的な近代都市計画との闘いが設計の原点に


今話題のメタバースの原点とも言える「セカンドライフ」は、2003年の発足当時、とてもユニークな特徴を持っていました。それは、創立者フィリップ・ローズデール氏の哲学に基づいて設計されました。

日本で「セカンドライフ」がブームになっていた2007年7月に出版された「セカンドライフ創世記 3Dインターネット・ビジネスの衝撃」は、7人のライターによって多角的に「セカンドライフ」を解説していますが、滑川海彦氏が担当した「リンデン・ラボという企業の理念と歴史」では、ローズデール氏が運営方針を決めるにあたって参考にした2冊の書物が明らかにされています。

滑川海彦氏はセカンドライフの重要な特徴を以下のように整理しています。
・すべてのコンテンツはユーザーが制作する
・ユーザーに対し制作物への知的所有権を保障する
・自由な経済活動を認める
・現実通貨と仮想通貨の自由な交換を認める

そしてこう書かれています。
「ローズデール氏がその書物の考え方に共鳴し、セカンドライフの基本的な運営方針を設定するうえで参考にしたのが『アメリカ大都市の死と生』です。
ジェイコブズは、ル・コルピュジェ流の「都市計画」による高層建築がいたるところで人の目に届かない死角を作り出し、地域社会の破壊を進めたとしています。サウス・ブロンクスなどニューヨーク市の各地を荒廃させたのも60年代に進められた画一的都市計画だと述べています。ジェイコブズは、街の活力は多様性によってもたらされるとして、一見無秩序に見える様々な要素が人々を出会わせ、交流させてコミュニティを形成させると論じました。
リンデン・ラボは技術手段と舞台を提供するだけで、街づくりは一歩下がってユーザーの創造性に任せるとローズデール氏は述べています。」(p131-132)

ジェーン・ジェイコブズ氏は、経済学者ではありません。「アメリカ大都市の死と生」を翻訳した山形浩生氏は、「訳者解説」で指摘しています。
「著者ジェイン・ジェイコブズは……本書の著者、というのがいちばんの紹介になるだろう。彼女は学者ではない。通俗的な意味でのセレブでもないし、公職や組織の長の経験もない。彼女は本当に、そこらの一介のおばさんだ。だがそのおばさんは都市の活力の源の一端を見極め、それを本書でありとあらゆる側面から分析し、その知見をもとに市民運動を組織して、ニューヨークのダウンタウンの大規模な再開発を阻止した。一介の素人でありながら、彼女は観察と理論化、そしてその実践をみごとに体現してみせた。それが彼女の最大にして唯一無二の業績だ」

ジェーン・ジェイコブズ氏は、ニューヨークの都市計画に対して闘いました。その様子はドキュメンタリー映画「ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命」(2016年)にまとめられています。

「1961年に刊行された「アメリカ大都市の死と生」はこれまでとはまったく異なる新しい都市論を展開し、世界に大きなインパクトを与えた。今や都市論のバイブルとなっているこの本を書いたのは、ニューヨークのダウンタウンに住む主婦ジェイン・ジェイコブズ。実際に暮らす生活者の視点で街を観察し、魅力的な街づくりのためのさまざまな独創的なアイデアをつかんでいったジェイコブズとその仲間たちは、「マスタービルダー」の異名を持つ都市開発の帝王ロバート・モーゼスらが強引に推し進める開発プロジェクトを阻止するため、壮絶な闘いを繰り広げていく」(映画の解説文より)

映画『ジェイン・ジェイコブズ:ニューヨーク都市計画革命』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=1Yvp45aRBs8

画一的な機能都市ではなく、都市の多様性こそが大切と説いたジェイコブズ氏の考えは、都市論に大きな影響を与えました。芸術文化が持つ「創造的なパワー」を生かして社会の潜在力を引き出そうとする「創造都市」は、現代の中心的な都市論と言えます。

私が住む札幌市も、2006年に「市民のアイデアを引き出し、 アイデアを活かしたまちづくりを進め、世界とつながる『創造都市」を目指す』という意思を明確にするために、「創造都市さっぽろ(sapporo ideas city)」宣言を行いました。

「私たちが目指す創造都市・札幌は、創造性を活かしたコンテンツ産業など、新しい産業が発展し、あらゆる産業が創造性を発揮して競争力を高め、アートやデザインが生活の中にあふれ、感性を刺激し、感動を呼ぶ空間が生まれ、創造性あふれる人が育ち、絶えず新しいコトが起きる街となります。そして、創造性あふれる札幌の街には、世界中の人が訪れ、市民と交流し、それがまた札幌の創造性を高めていきます」(「創造都市さっぽろ宣言」より)

「セカンドライフ」は、ジェイコブズ氏の考えに沿ってユーザーの創造性を尊重する方針で運営されます。しかしローズデール氏は、発足後のユーザーの活動が、期待したほど活発化しないことに頭を痛めます。

滑川海彦氏は「そのとき、エルナンド・デソトの著作「The Mystery of Capital」を読んでインスピレーションを受けました。『ユーザーがセカンドライフ内で活発にコンテンツの制作活動を行うようにするためには、制作者に知的所有権を保障するシステムを設けるのが不可欠だと気づいた』と当時の状況を語っています」(p132)と、ローズデール氏の言葉を紹介しています。所有権を保障するシステムがダイナミズムを生むという考えです。

「セカンドライフ」は、多様な創造性と自由な経済圏という方針に基づいて20年間近く続いてきました。そして豊かな文化が花開いています。「セカンドライフ」の取り組み、試行錯誤の歴史は、これからのメタバース形成にとっても、貴重な教訓といえます。


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