整形外科のエントランスで

精算待ちをしていた。
何気に待合室に目をやると、見覚えのある横顔。
高校時代の先輩だった。20代の頃、偶然書店で出くわして以来だから、
もう何十年も会っていない。だけど、間違いない。
忘れられない遠い記憶が、彼だ、と言った。

彼は、仕事でここに来ているのだろうか。
健康そうなスーツ姿、丸椅子に浅く腰を掛けて、手元の資料を眺めている。もう若くはない。肌も髪も。でも。
静かな物腰が、昔とちっとも変わっていないな、と思った。
傍にいると、安心できる。

彼はこちらには気づいていない。

精算待ちの数分間、懐かしい日々が通り過ぎる。
2歳年上の彼に、私は片思いをしていた。
放課後、部活動で会えることを密かな楽しみして、毎日を迎えた。
ごく普通のトーンで話し、ごく日常的に笑いあった。
雨の日は傘を貸してくれた。寒い日は上着を貸してくれた。
自分は濡れても凍えても平気、大丈夫。
優しくて頼りになる先輩だった。

20代の頃、本屋で立ち読みをしていると不意に声をかけられ、振り返ると彼がいた。 元気? あ、はい、先輩は? 元気だよ。
それだけだった。

もう一度、待合室の横顔を見る。
もし。
もし横顔が彼なら。お元気そうでよかったです、と心の中で言おう。
やがて精算の窓口で、事務の女性が私の名前を呼ぶだろう。
私の名前は珍しいから、もし横顔が彼だったら、
書類から目を離して
窓口に視線をおくってくれる。

その気配を、感じるだけでいい。



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