飛びに飛ぶ

自室で探し物をしていたら、とうに行方不明になっていた文庫本が出てきた。こんなところに落ちていたのか、と拾い上げ、ページを割ると、挟んでいた栞がひらひらと舞った。あ、と思う。この栞、ここにあったか。薄く透明なプラスチックに黒い帽子をかぶった青年が描かれている。4コマ漫画のイラストのように小さくて可愛いその青年は詩人・中原中也だ。栞には彼が遺した四行詩も刻まれている。山口県の湯田にある中原中也記念館で見つけた栞。気に入って買ったのだが、いつしか見失っていた。
栞のなかの中原中也は表情ひとつ変えずこちらと目を合わせる。あどけなさが残るその黒い瞳に、私はふと、太田治子さんを思い出した。作家で、太宰治を父に持つ太田治子さんは、大の中原中也好きな有名人だ。中也と同じタイトルの小説まで出している。中也を語るときの彼女は、心も表情も少女のようで、あどけなく、中也のような黒眼ばかりの瞳をしていた。中也さん、と、さん付けで呼び、まるで隣で生きているように話す。

そんな太田治子さんが、紀行文を書いている。
日本全国、いろんな土地をめぐり書いているのだが、徳島県についても書いていて、剣山を深掘りしていた。私の想像力はふくらんだ。思いは、彼女の父君にまで及ぶ。昭和ふうに言うなら、モテモテだった彼女の父には、気持ちを寄せ合った女性のなかに阿波女がいたのではないか。夕暮れの路地や真夏の浜辺で、風や波の音を聞くように、踊りや山の話を聞いたのではないかな。太田治子さんがしたためた余韻から、佇む男女の面影を感じた。

とまれ探し物。
予想した場所に無いのが探し物の常で、今日もいつもの結果だった。どこに行ってしまったのか。ただ、予想外の見つけ物とは再会できた。本日の探し物もまたひょっこりと、忘れた頃に出てくるのだろう。そのとき、どんな友だちを連れてきてくれるか、ひそかな楽しみもある。



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