常盤台メイのコショコショ

 休憩だったので、メイドは歳の近い同僚とおしゃべりをしていた。やがて同僚が先に戻っていき、それを待っていたようなタイミングで、メイちゃんが部屋に入ってきた。
「先輩、廊下にも聞こえていましたよ」
「うぐ」
 メイドは声が大きい。直さなきゃと思うのだけれど、ずっとこのままである。
 メイちゃんは意地悪を言っているのではなく、メイドが直したいのを知っているので言ってくれるのだ。
「どうやったら直るかなあ」
「そうだ。先輩、耳を貸してください」
 メイちゃんがグイッと近くに来る。メイドに対しては先輩への遠慮はない。
 メイドがメイちゃんの口元に耳を寄せると、ふと耳にかかった吐息が暖かい。
「コショコショ……」
 とメイちゃんはごく小さな声で言った。
 言葉の意味がわからないので、そばで囁かれるこそばゆい感覚があっただけだ。
「コショコショ、って、何?」
「ふふ、ひそひそ話です。ひそひそ話ができるようになったら、先輩も小さな声でしゃべれるようになりますよ」
 メイドはなるほどと思った。やってみよう!
「じゃあ今度はメイちゃんが耳を貸してね」
「わかりました。そうだ。ひそひそ話ですから、話す内容は秘密のことにしましょう」
 ふふ、先輩の秘密を教えてください、とメイちゃんは言った。
 そんなことを言われても、表裏のない性格なのがこのメイドである。隠していることなんてない。メイちゃんも、それをわかって遊んでいるのだと思った。
「じゃあさ、秘密ってわけじゃないけど、まだ言ったことなかったことを言うね」
 メイちゃんが耳にかかった金髪を上げて、頭をメイドに向けて差し出すように傾けた。
 メイドはすこしかがんで、(小さな声、小さな声)と脳内で唱えながら言う。
「メイちゃんは物知りだよね。私、知らないことばっかりだからさあ。いつも色々教えてくれるのが嬉しいんだ。メイちゃん、ありがとうね」
 うん。今のはコショコショの声で言えたと思う。耳から顔を離す。すると、メイちゃんはぷるぷると震えていた。
「なんですか、急に! そんな……、恥ずかしいことを。耳元で言うのは反則です」
 と、怒ったような困ったような顔で言った。メイドは後でわかったけど、メイちゃんは照れていたのだ。
「み、耳を貸してください。お返しです」
「えっ。メイちゃんは練習の必要ないんじゃない?」
「だめです」
 そう言うと、メイちゃんは強引にメイドの耳元に顔を近づけた。待ってと言っても待ってくれない。この子はメイドに対しては先輩への遠慮がないのだ。
 メイちゃんの《仕返し》は、三倍返しだった。褒めたり、感謝したり、好きだと言ったりで、メイドの顔が茹で上がるまで続いたのだった。確かに、耳元で囁かれるのは、効くと思った。
 その日のお仕事でメイドが上の空で使い物にならなかったのは別のお話。メイドの大きな声が直るまで、この二人のコショコショは数回続いたそうである。

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