【往復書簡その4】 季節は冬になってしまった

もえちゃんへ

本当は10月にお返事を書くことになっていたのに、気付いたらあと数日で12月が終わろうという時になってしまいました…。
返事が遅くなってしまい、本当にごめんなさい。
※2022年12月26日にこのノートを書いたものの、投稿するのを忘れて、
 1月の投稿にななってしまいました。。。

もえちゃんからは9月の頭、夏の終わりにお手紙をもらっていて、夏の苦しさと、しかし去る時の寂しい感覚について書かれていたのだけれど、なんだかもえちゃんぽいな、と思ってしまいました。実は私は死にそうなくらい暑くて全く頭が働かないとわかっているにもかかわらず、夏の真っ青な空と太陽の光、入道雲と日の長さ、青々とした緑、虫の鳴き声、などなど…色々お気に入りがあり、「おおおおお夏が終わるなんて!!!!かなしみ!!!」と、夏の終わりはいつも意味不明に混乱したりしていて、もえちゃんの書いた「ありがとう、夏」という感覚をじんわり味わうような事ができていません。だから、なんだかもえちゃんらしくて素敵だなと思ってしまいました。(もえちゃんとしては素敵でもなんでもないのだろうけれど。)しかしこの対比(?)には、すごくそこにもえちゃんとわたしを見るというか、もえちゃんは「いつもよく見聞きしてわかり、吟味されている」という感じで、大学生のときからそういう印象がありました。対して私はいつも「思考は浅く、表現はオーバー」という感じ。。。
夏はあまり得意じゃないというもえちゃんについて、私的に四季でイメージするならなんとなく冬、うーんそうでなければ秋なのですけれど、もえちゃんはどの季節が好きですか?

私にとってもえちゃんはひたすらに自由でアクティブな存在なのだけれど、それでいて同時にとても静かな人なのです。


人生の季節

もえちゃんからもらったお手紙の「人生にも季節があるのかな」という話、凄く納得してしまいました。そういう風に考えたことが私はなかったけれど、確かになと思いました。

人生の中で、いつ、どの季節が来るか、生きてるうちに季節を何回めぐるのかは、人それぞれのような気がしています。

(中略)

私自身、自分の人生の出来事の体感温度みたいなものが、変わっているのを感じます。

【往復書簡その3】9月はしとしと雨で始まり

何もかもが新しくて楽しくて、希望にあふれていたのは、そのときの出来事自体というよりも私たち自身によるものなのかな、という気がします。
同じ出来事を今、同じように体験したとしても、きっと同じようには感じないよね。きっと今、他のことを見ている捉え方と同じように捉える気がするな~。うーん。。。それについてはノーコメント。笑

そういえば、最近わたしは人間発達に関心を寄せて学校にいったり勉強をしているという話を前にちらりとしたと思いますが、そこで「Daniel J. Levinson(心理学者)は人生を四季になぞらえて…」みたいな内容を学習しました。そこで、この話題で「おお!人生!四季!」という具合にキーワードにビビっときてしまいその内容をここで披露しようと考えました。が、人生の四季がどうの…という内容について復習していたところ、完全に違う方向に話がいってしまいそう&楽しく話を展開できそうもなく、すぐに諦めました。

そのスピナッチを食べたい

もえちゃんの「視点の話」にはすっかり感動してしまいました。「称賛の視点」…とても後ろめたい感覚を、もえちゃんの言葉によって美しく表現してもらい、私は地面に頭をこすりつけたいくらい助けられました。
ところで「とあるカフェの「スピナッチ」というサンドイッチ」が気になってなりません。ぜひとも食べてみたいのだけれど…


あれから4カ月。新しい場所はどうですか

ところで、もえちゃんから手紙をもらってから、何と4カ月もたってしまったのですが(本当にごめんなさい。)、その間に訪れた秋に少し遠くへ引っ越しをするといっていましたね。新しい場所はどうですか。
海外から帰ってきて大分時間がたってしまった私は、場所を変えることに憧れつつも、なんだかんだでずっと同じ場所に留まってしまっています。なぜかというと、口実を作る勇気や元気がないのです。(来年こそは…!)
だからもえちゃんが少し遠くへ引っ越すと聞いた時は、すっかり感激してしまいました。
風邪をひかずにやっているといいのですが。

私ときたら、9月は夏が過ぎるのを悲しんでいたら終了、10月は仕事と試験勉強が忙しかった、11月は、勉強していた資格の試験。その後、試験は何とか受かったのだけれど、これでスタートラインに立ったという感じしかなく、「これから人間としてしっかり成長していかなくてはなあ」と思うと逆に自信をなくしそうになり、12月は自分で自分自身にとどめを刺してしまうというか、前回の手紙で話した羊文学のホールでのワンマンライブを見て、素敵だなと感激しつつ、前回同様、微妙な気持ちになってしまいました。
何となくもやがかかったような状態でぼんやりと過ぎてしまったこの4カ月…先に「私は夏が好き」ということを書いていたけれど、逆にというか、私は日本の11月~2月にずっと苦手意識をもっています。だからこの季節はいつも、「もし来年はこの季節を経験できないとすると、それは寂しい」というポイントを見つけようと一生懸命探しているけれど、桜の花に思うようなその感覚は、なかなか見つけられなかったりします。ただ、この季節の朝の光は、1年で一番美しいような気がしています。そう思うのに、私が一番好きな光ではないというのは不思議なものだと思います。一番美しいと思う光が、一番好きな光ではないのです

…。

不思議は不思議のまま、今日はこの辺で…

2022.12.26
ヂャニス

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