無題

東京にいた15年ほどで、冬が好きになった。
今でも、寒くなると東京が恋しくなる。

宮崎は暖かいでしょうと、よく言われる。
個人的な感想だが、宮崎の方が冷える。

周囲に建物が少なく、風がよく通る。寒い。
建物も、夏の暑さを凌ぐのには特化しているが、冬についてはノーガードと言ってもいい。マンションは四方を囲まれているだけまだ良いが、基本的に家の中が寒い。

何より電車通勤をしなくなったことが大きい。
東京は気温こそ低いが、移動中に凍えることは滅多にない。
駅、地下道、電車。
地下鉄に至っては暑いくらいだ。

離れてみて初めて、私は東京の冬だからこそ、好きだったのだと気づいた。

東京は夜、1人で歩くのがいいと思う。
煌々とあかるいのに、どこかさみしい。どこか疲れている。
人がどんなにたくさん歩いていても、どんなに賑わっていても、ひとり。

うまく言えないが、私は、許されていると思えた。

閉まる伊勢丹を出て新宿をあてもなく歩き、中央線ホームの椅子に腰かける。行き交う人々を眺めているのが好きだった。

東京駅の長い長いエレベーターを降りて総武線ホームに向かうあの心許なさ、なんとも古くさい暗さが好きだった。

江古田の駅前やホームで、学生が名残惜しそうに話し込む姿や、酔っ払って楽しげにふざける姿が好きだった。

車窓を流れる見慣れたネオンサイン、都心を離れるにつれてそれは遠くの家々のあかりに変わってゆく。夜の川の不穏な黒さを越えて、家が近づく。

効きすぎるほどに効いた暖房で汗ばんで、降りて歩くうちに冷えてゆく、あの心地よさ。

ただただ列挙するだけで、帰りたさもはんぱない。身悶える。
東京はいい。

辛いことも時々あったけれど、冬の雑踏、夜の電車が好きな気持ちは最後まで変わらなかった。

去年のクリスマス時期、銀座にいた。
銀座の百貨店は店じまいが容赦なく早いのだけが惜しまれる。いつ行っても時間が足りない。恩師や同期と別れを惜しんで終電間近、宝石店のショーウィンドウやシャンパンゴールドのイルミネーションが彩る美しい並木道を歩きながら、帰りたくないと泣いた。

宮崎での暮らしに不満はない。
優しい主人がいて家もある。
それでも東京の、冬の夜がどうしようもなく好きだ。
どちらか1つを選ぶことも出来ない。

また冬が来る。

おいしいものを食べます。