今井雅子作「膝浜」とある落語家風味
注意事項
配信された音声、文章などの無断転載、自作発言
は絶対にやめてください
多少のアドリブや語尾を変える程度の変更はいいのですが、作品の世界観を大きく変えての上演などはご遠慮ください。
台本を使用してのボイスドラマの作成は事前に相談してください。
誹謗中傷などは絶対にしないでください。
原本は脚本家の今井雅子様による創作「膝枕」を二次利用させていただいております。
本作を三次使用される場合は
私へのご連絡、及び
原本作者、二次創作者(さんがつ亭しょこら)の名前を提示してください。
内容が特に公序良俗的に問題ない限り
ご連絡いただきさえすればお断りすることはありません
clubhouseでの上演をされる場合には次の手順をお守りください。
私の他に今井雅子様への上演ご連絡
clubhouse内膝枕リレーへの加入
(ルーム被りを防ぐため)
なるべくスケジュールからルームを開くこと
その際、ホストクラブに「膝枕リレー」を選択すること
ルーム内で本作の(note等)直接のリンクを提示していただくこと。
その他のプラットフォームなどで上演する際にも作者名・二次創作者名、台本名、URLのリンク提示をよろしくお願いいたします。
「膝浜」より、三月亭一門的創作
原典「落語・芝浜」より、
創作、今井雅子「膝浜」
枕(時節柄やいろいろな噺を入れ替えてください)
年の瀬の落語の定番といえば
富久掛取り万歳そして芝浜といろいろな演目がございます。
特に芝浜、話の山場が大みそかの掛け取りに絡んでくるからでしょうな。
つけ払いの締めは月末と決まっておりまして、
大みそかの掛け取りは一年分のつけをまとめて払ってもらおうってんであっちやこっち行ったり来たりとそりゃ大変なことだったんでしょう、
「こっちだって来年の餅が買えなくなるよ」ってんで必死でございます。
つけをためてる方も「そんなこと言ったって払えるもんがねぇんだよ!
釜の蓋もしまらねぇんだよ」って貧乏暇なしって言いたいんでしょうがなんとか無事に新年だけは迎えたい。
来年本気出すってね。こっちも必死ですよ。
人情噺と言えば出来た女房と愚直な亭主、
この組み合わせは落語では定番中の定番。
主人公の男は大体が酒好き博打好き女好きの仕事嫌いと決まっております。
「芝浜」にも似たような夫婦が出て参ります。
この「芝浜」を膝枕になぞらえて今井の雅子様が創作したのが、
今宵ご紹介いたします「膝浜」
芝浜の亭主は魚屋の熊五郎、対して膝浜の亭主は膝枕を売る久五郎、
どのようなお話になりますやらと言うところで・・・
(枕部分終わり)
東京をまだ江戸と言っていた時分、膝屋の久五郎という男がおりました。
膝屋というのは、浜に流れ着いた膝枕を拾い集め、磨いて売り歩くという商売でございます。
膝屋と申しましても、久五郎は店を構えるわけではなくいわゆる棒手売、天秤を肩にして膝枕を歩いて商っておりました。
まことに威勢のいい商売で、腹掛けに半股引、半纏の上から三尺を締めまして、素足でもって草鞋履き、豆絞りの手拭いで向ッ鉢巻をいたしまして、往来を飛ぶようにして商い歩いたんだそうで。
久「こんちゃーッ、久五郎でござんすッ!」
客「おう、久公か!?何があんだ、今日は!?」
久「へいッ!いい膝がござんすよ!」
客「そうか、かかぁには内緒で頼むぜ、おふくろさんとぽっちゃり、頼むよ」
久「へっ、よろしゅうござんす!」
見ている目の前で客の好みに合わせて膝枕をこしらえていく、まことに手つきがいい。
客「いいねぇ!野郎の仕事っぷりを見てると、胸がすぅっとするよ!なぁ!
頭が絶妙に沈み込むしよぅ!久公の膝枕に頭預けたら、他の膝屋のは使えねぇよ!」
ってんで、たいそう評判がいい。
ところが、この久五郎という男、酒が大変に好きなんです。
これが、のべつ飲んでいたいというやつで……
まぁ膝屋のこってすから、朝が早い。
その時分は日本橋に魚河岸ならぬ膝河岸があって、また膝の浜にも漁場がありました。
いわゆる膝漁場ですな。
この膝の浜にある膝河岸はってぇと膝屋が手前ぇで売れねぇ小物を集めて扱っておりまして、
まぁ小物とは言いましても守ってあげたい膝枕や、時期によっては箱入り娘膝枕なんて掘り出し物も手に入ることもあったようです。
で、久公のところからは、どちらかってぇと元手のいる日本橋よりも拾って売れる膝の浜の方が近いし割がいい。
朝早く起きて、海で膝枕を拾い集めて、小物は河岸で売っといて
よさげな膝は自分でほうぼうに売って歩いて、
昼飯時分になるってぇと、飯屋に飛び込んでって、おまんまを食べる。
ここですぐに飯を食べちまえばいいんですけども、こっちの好きな人はってぇとなかなかそうはいかない。
飯を食う前に一杯、きゅーーーっとやりたい。
空きっ腹に一杯やるってぇとまことに美味いものですし、
これまたよく効くんです。飯も美味く食える。
ところがあとが困る。なんだかだるくなっちゃって、何をするのも嫌になっちゃう。
それでも一杯のうちは良かったんです。しばらくするってぇと、これが増えてくる。
「お姉さん、もう一杯おくれ!」
二杯飲む、これがいつしか三杯、四杯……しまいにゃ飯も食わないで酒ばかり飲んでおりまして、グズグズ、グズグズしている。
するってぇと、久五郎、売り物の膝枕に頭を預けてグースカピースカいびきを立てて寝始める始末………
今までの久公でしたら、そんな膝枕では商やしないんですけれども、酒ってぇものは過ぎるってぇと、人を変えます。
「えーぃ、これだって使えねぇこたぁねぇや、構わねぇだろう」ってんで、これをお得意先へもってく。
客「えー?どうもおかしいよ、久の持ってくる膝枕がよ!昨夜の膝枕なんかよ、頭を預けたら酒くせぇんだ。膝で悪酔いしちまったよ。
えぇ!?妙なものを持ってくるようになったなぁ、あんちきしょう!
久「こんちゃーっ!膝屋でござんすーっ!」
客「お!?話してたら来たよ………何があるんだ!?」
久「えー……っと、な、なんでござんす、今日は、お、親父のアグラ膝枕がよござんすよ」
客「へぇ……どれだ?……これか?これが親父のすね毛か?……
へぇ?今までお前が持ってきてたすね毛と、だいぶ様子が違うな、
えぇ?こりゃ、親父のすね毛ってぇガラじゃねえや。どう見てもワニの背中みてぇだ。えぇ?
どうも、ここのところ、お前んところの膝枕、おかしいな久よぉ?……」
久「どう、おかしいんでござんす?」
客「酒臭ぇんだ、酒臭ぇ!
久「酒臭い?……ヘッヘッヘ、旦那ねぇ、膝が酒臭いなぁ、こりゃしょうがねぇんですよ。
客「馬鹿なこと言うなぃ。膝ってぇのはな、酒臭いもんじゃねぇぞ。えぇ?だんだん時が経つってぇとなまめかしい匂いになってくるんだ。どうしてだか分かるかい?膝枕はな、他の枕と間違われたくねぇから、『私ゃあんたの膝枕だよ』ってぇんで、一生懸命においを出すんだ。それでこっちもついその気になるんだヨ。膝枕にそんな苦労を掛けて、申し訳ねぇと思わねぇか!?膝枕だけじゃねぇぞ、近頃、おめぇも臭ぇや!酒の臭いがプンプンしてるよ!そんな膝枕、いらねぇ、いらねぇよ!」
あっちのお得意、こっちのお得意、片っ端からしくじっちまう。自棄だってんで飲む、飲むからなおいけなくなってくる。しまいにゃ、カミさんが苦労してこしらえた元手まで飲んじまう。近頃じゃ、もう商売に出掛けませんで、昼間っから家の中で酒くらってノソノソしている。
そうして暮れもだいぶ押し詰まってまいりまして・・・
女房「おまえさん、起きとくれよ。ちょいと!おまえさん!」
久五郎「おい、こら、布団をはぐなよ! 亭主を叩き起こしやがって、どういうつもりだ?」
女房「どうもこうもないよ。浜に行って、膝を取って来ておくれよ。おまえさんが膝を売ってくれないと、釜のフタが開かないんだよ」
久五郎「釜のフタが開かねえ? 鍋のフタ開けときゃいいじゃねえか」
女房「もう年の瀬だよ?
方々の払いも溜まってるんだよ。
このままじゃ あたしたち、新しい年を迎えられないよ?
お願いだから、商いに行っとくれよ!
久五郎「うるせえなあ。こちとら ゆうべの酒が残ってんだ。
そんな耳元でギャアギャアギャアギャア言われたんじゃ、
頭に響いてしょうがねえや。
あ~頭痛え。ダメだ、こんなんじゃあ商売なんぞできやしねえ。
おう、今日のところは、もうちょっと寝かしといてくれ。
明日、明日っからちゃーーんと商い行くからよぉ今日は勘弁してくれよぉ。」
女房「明日、明日。そう言って、もうひと月になるじゃないか。おまえさん、ゆうべのこと忘れたのかい? これ以上酒屋さんのツケを増やすわけにはいかないってあたしが言ったら、明日からちゃんと働く、だから今夜は飲みたいだけ飲ませてくれ、そう言ったじゃないか」
久五郎「わかったよ。行きゃあいいんだろ行きゃあ。いや……けどダメだ。俺もうひと月も休んじまってんだ。商売道具だって使い物にならないだろうよ、それより今日は浜の膝よりこっちの膝で・・・」
女房「ちょいと!アンタ!何アタシの膝で寝ようとしてんだい!。
あたしゃね昨日や今日膝屋の女房になったんじゃないんだよ。
飯台だって毎日毎日きれいにしてたから、大丈夫、ダガなんて少しも緩んでないし膝を入れたって痛みゃしないよ」
久五郎「膝を磨くやすりがさびてんじゃねぇか?」
女房「やすりだって、ちゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んであるから、イキのいいサンマみたいにピカピカ光ってるよ」
久五郎「草鞋が・・・」
女房「出てます」
久五郎「よく手が回りやがるねえ。しゃあねえ、行くか」
不承不承立ち上がって、顔を洗って支度をいたします。
お茶を飲んでおりますとカミさんは、表を開けて飯台を運び出して天秤を通している。
久五郎「あぁ……やな商売だねぇ、まったくねぇ……(お茶を飲む仕草、この後しばらく湯呑みを持ちながらの演技を意識して)ふぁっ、茶が熱いよ……
えぇ?いや、いつもは熱いのがいいんだよ、いつもは熱いのが……
ぬるいのがいいときもあるんだよ……あぁ、情けねぇなぁ、ほんとだよ、
人がまだ寝ているうちからノコノコ、ノコノコ起きだして、
冷てぇ思い、寒い思いをしてなぁ、
それで大して儲からねぇんだからなぁ……ズズッ……
こんな割にあわねぇ商売ったらねぇや!
女房「そんな愚痴なんかこぼさないでおくれよぉ」
久五郎「いいじゃねぇか、愚痴くらい。愚痴こぼしてるってぇと、気が休まるんだよ……えぇ?何を言ってやがんでぇ……ズズッ……
朝、いつまでも寝て、昼間ノソノソしてて、夜になってちょいと出かけてって、がばっと金が入ぇってくるような、そういう商売ねぇもんかなぁ……ズズッ
女房「ねぇ、いつまでお茶飲んでんだよ、ねぇ、早くしておくれよぉ!落ち着いてる場合じゃないんだよ!
久五郎「うるせぇな、こんちくしょう!……行かねぇとは言ってねぇだろう、行くんだよ!……亭主が商売に行くんだ、機嫌よくだせ、機嫌よく……何を言ってやがんでぇ、グズグズ言うってえと、おれぁ、行かねえよ!
女房「あ、ご、ごめんなさい、あたしが悪かったよ、だけどさ、遅くなっちゃうと、いい膝が無くなっちゃうからさ。」
久五郎「へっ!何を言ってやがんでぇ、素人が!へへっ、冗談じゃないよ、おれぁ、他の膝屋とはわけが違うんだ。へっ、おれがちょっと手を出しゃぁな、海の方からいい膝をこっちに寄越してくれるんだ。
んなことを心配するねぇ!……あぁ、寒いねぇ。……なんでぇ、まだ表、真っ暗だ、早すぎゃしねぇか?
女房「そんなことないよ、向うへいくまでに夜が明けるからさ、だから、早く行ってちょうだいよ!
久五郎「分かったよ、じゃ、行ってくるよ、あと、頼んだよ」
女房「お願いします、ご苦労様、すいませんね、あっ、浜で喧嘩なんかしないでちょうだいよ、お願いしますよ!」
フラフラ、フラフラ、奴さんがようやく重い膝をあげて天秤担いで出かけていく。その後ろ姿が見えなくなるまで、女房は見送っておりました。見えなくなるってぇと、布団を上げて、家の中の掃除をすっかりして、まだ早いからってんで、表の戸締りをしっかりしてから、神棚に手を合わせて、火鉢のところに座ってお茶を飲む。ほっとする、と、とたんに眠気が差す。膝も緩んでそのまんま、火鉢に寄り掛かるようにして、寝てしまいました……
久五郎「(戸をドンドン)おっかあ!開けろ!(ドンドン)俺だ!(ドンドン)早く開けろ!」
女房「はい、お前さんかい!?…あぁ、寝ちゃってたねぇ……
はい、いま開けるから、ちょいと待っとくれ……
わっ、な、なに……どうしたの、お前さん……どうしたんだい!?」
久五郎「お、表、見てみな、誰か、後をつけてきてねぇか?
だ、誰かいやしねぇか?ちょっと見てみな」
女房「え?」
久五郎「誰もつけて来ちゃいねえかってんだ!」
女房「(戸の外をうかがって)だ、誰もつけちゃいないよ……?」
久五郎「締めちゃいな、締めちゃいなよ!心張りかっとけ、心張り!……はぁっ、はぁっ……草鞋は・・・そっちへかたしとけ……水、水一杯くれ……いいよ、そんな湯呑なんぞ、柄杓(ひしゃく)でいいからこっち寄越せ……グィッ、グィッ……はぁっ、はぁっ……」
女房「ちょいと、どうしたの、お前さん、喧嘩でもしたのかい?」
久五郎「そうじゃねぇ!……てめえくらいそそっかしい女はねぇぞ。
だからおれぁ、そう言ったじゃねぇか、こんなまっ暗で、まだ早いんじゃねぇかって。そしたらお前が、向う行くまでに夜が明けるってぇからよ、
こっちゃぁその気で出かけてった。ところが膝の浜へ行ったって夜が明けやしねぇ。河岸は閉まってるし、おかしいなぁって思ってるうちに、お寺の鐘が鳴ったんだよ、聴いてたら、お前、一刻も早く、おれを起こしてんだよ!なぁ!癪にさわってな、おれぁよっぽど帰ってきてお前のこと蹴倒してやろうと思ったけどよ、蹴倒してまたすぐ戻ってこなきゃなんねぇからよ、おれぁ、我慢しちまった。」
女房「ごめんよおまえさん。すぐに気がついたんだけど、
おまえさんもうずいぶん先まで行っちゃってて」
久五郎「まぁ、しょうがねぇや、で、浜へ出てってな、飯台ならべて天秤渡して、おれぁそれに腰を下ろしてた。そしてしばらくしてたら、ずーっと海の向こうから、こう、お天道様が上がってきたんだ。そりゃぁまことに綺麗なもんで、思わず知らず、おれぁ、こう、手ぇ合して拝んだよ。
『お天道様、今日からまた商いに出ますんで、 どうかひとつ、またよろしくお頼み申します。』ってな
そして、煙草すいながら、なんて綺麗なもんだと思いながらぼんやりしてたら、なんか引きずり込まれるように、おれぁ眠くなってきたんだよ。これから商売に回るのに、こう眠くっちゃぁいけねぇ。顔でも洗やぁ目が覚めるだろう、と思ってな、おれぁ海ン中に膝までザブザブ入ってって顔を洗って、出てこようと思うってぇと、おれの膝小僧にになんか引っかかってやがんだ。なんだろうなって思って、おれぁ構わずそのまま上がってきたんだよ。でも、まだなんか引っかかってやがる。
見てみると、これが帯なんだよ、なんだろな、と思って何気なしに引っ張ったら、これが、先がずしっと重いんだ。これをたぐっていったら、小汚ぇ膝枕が先についてたんだ。膝枕の腰から下の着物の帯が緩んで俺の膝元まで伸びてきて『あたしのことを引っ張ってください』って囁いてきたんだよ、これが!
そいで、急いで俺ぁ、そいつを飯台の中にしまって、天秤担いで駆け出したんだが、なんだか後ろからずーっと人が付いてくるような気がしてな、おれぁ膝の浜からずーっと駆け通しに駆けて、うちまで帰ってきたんだ……
あぁ、くたびれたのなんのって」
女房「それにしてもずいぶん汚い膝だねえ」
久五郎「ただの膝じゃねえ。ここをよく見ろ」
女房「まあ、なんと! この膝、徳川様の家紋がついてるじゃないか」
久五郎「膝屋の女房のくせして、気づくのが遅いんだよ。行方がわからなくなっていた殿様の膝枕だよ!お天道様の下で葵の御紋を見た途端、
俺ぁ思わず『枕っ!』って叫んじまったよ!」
女房「たしか、見つけた者には褒美を取らせるって」
久五郎「ああ。金百三十両って話だ」
女房「ひゃ、百三十両!」
久五郎「今頃腰を抜かしてやがる。でもよぉ、俺にもようやく運が向いてきやがった。早起きは三文の得、なんて言うけどよぉ、
三文どころじゃねぇや、百三十両も得しちまったよ」
女房「おまえさん、この膝を金に換えて、どうするつもりだい?」
久五郎「そりゃあバンバン使うさ。金なんてものは、しまってたって増えやしねぇ。百三十両もあれば、毎日遊んで、酒飲んで、おつりが来るってもんだ」
女房「おまえさん、それ本気で言ってるのかい?」
久五郎「当ったり前じゃねえか!毎日毎日暗いうちから起きて膝を仕入れて磨いて売り歩いて、それでいくらになるってんだ?
なんだよ、暗い顔しやがって。なにも俺一人が飲み食いするのに使ったりしねえよ。おめえにもさんざん苦労かけたからよ、なんでも好きなもん買ってやるよ」
女房「そういうことじゃなくってさ……」
久五郎「おめえも、そんなボロなんざ脱ぎ捨てて、派手に着飾りてぇだろ? 呉服屋行ってよぉ、着物から帯からかんざしから全部パーッと買っちまおうぜ。それからよ、ふたりで京やら大坂やら見物したり、湯治場巡りしたりして、面白おかしく暮らそうじゃねえか。
いやー、めでてえなあ。酒出してくれよ。祝い酒だ」
女房「今から呑んで……、浜はどうするんだい?」
久五郎「はま……?なんだよ、はまって?」
女房「膝の浜に決まってるじゃないか。もうみんな膝をさらいにいってんだろ?商いにも行っとくれよ。」
久五郎「あ?商い?おめえ何言ってんだ?俺はもう商いなんざ行かねえって言ったろうが!くだらねえこと言ってねえで酒持ってこいよ!」
女房「でも……」
久五郎:「うるせえな おめえは!ゴチャゴチャ言ってねえで さっさと酒持ってこい!ぶたれてえのか!」
女房「わ……、わかったよ……。はい」
久五郎「フン、さっさと持って来りゃいいんだよ。めでてえ気分にケチがつくじゃねえか。
(呑む)クイクイクイ……。プハーッ!うまい!仕事の心配しねえで呑のむ酒はうめえなあ!(呑む)クイクイクイ……。ふう~っ。ああ、いい気持ちだ……。いい気持ちンなったら、なんだか眠くなってきやがったな……。(あくび)ふあ~あ。そりゃそうだよ。今朝は べらぼうに早起きだったんだからな。おう、俺ぁ、ちょいと寝るからよ、その膝ぁ、盗まれたりしねえように、ちゃんとしまっとけよ。」
女房「ちょ、ちょいと おまえさん!」
昨夜の飲み残しを飲むってえと、前の晩の酔いといっしょになって、
一気に酔いが回って、そのまんま、そこにグーッてんで、寝てしまいました。
女房「ちょいと!ちょいと、何をしてんだよ!もう、この人は!!!
起きとくれよ。おまえさん。ちょいと!おまえさん!」
久五郎「う、うーん……。なんだよ、邪険じゃけんな起こし方しやがって……。(あくび)ふあ~あ。
ん……?おいおい、まだ日が高たけえじゃねえかよ……。おう、こんな明るいうちから亭主叩き起こしやがって、どういうつもりだ?」
女房「なんだじゃないよ、もうしょうがないねぇ、
こんなにお天道様が上がっちゃってんじゃないか、
ぼんやりしてちゃだめだよ!膝の浜へ行っとくれよ。」
久五郎「膝の浜?なんで俺が膝の浜なんぞに行かなきゃならねえんだ。」
女房「商に行っとくれよ。まだ夕河岸に間に合うだろ?」
久五郎「商い?なにバカなこと言ってんだ。誰が商いなんぞに行くかい。俺はもう商いなんぞ しなくたっていいんだ。おう、湯に行って来るからよ、手ぬぐい取ってくれ。」
女房「でも……」
久五郎「いいから手ぬぐい取れッてんだよ!」
女房「わ、わかったよ……。(手ぬぐい渡して)はい。」
久五郎「おう。行ってくるぜ。」
女房(ため息)
久五郎「(ウキウキ)いやー、商いも しねえで こんな昼間っから 湯に行けるなんざ、たまんねぇなァ。そんで湯から帰ったら また一杯やって
――オッ、そうだ!あれだけの大金が手に入ったんだ。たまにゃあ 馴染みの連中に気前のいいとこ見せてやるか!
(ちょうど近くにあった造り酒屋に入り)オウッ、酒屋ァ!」
女房「(ため息)もぉ、あの人ったら……。
(表戸を叩く音がする)あら?誰か来たみたい。(戸口に出て)ハーイ、どなたー?
(来たのは酒屋のサブ)
あら、酒屋のサブちゃんじゃない。どしたの?
ええ!?お酒 一樽 持って来た!?ちょ、ちょっと、ウチじゃ お酒なんて頼んだ覚え ないわよ?え?ウチの人が?めでたいことがあったから用意してくれって!?
オレは湯に行くから 届けておいてくれって!?お代は月末にツケも合わせてまとめて払うって!?
ちょ、ちょっと待ってサブちゃ……行っちゃった……。
んもう、何考えてんのよ……。」
語り「女房、とりあえず家の中に入れとかないとって酒樽をなんとか家の中に運び込んでやれやれと思ったのもつかの間!
こんどは天ぷら屋のトクさんが天ぷら!それも見たこともないような豪華な盛り合わせ13人前!それから入れ代わり立ち代わり今度は魚屋の魚タツが刺身13人前これまた見事な船盛で女房はなにがなんだかさっぱりわかんない、お代はみんな月末にまとめて払うって話がついてるって
こんなのどうすんだよお前さんて頭を抱えてるとぉ
湯上り気分で上々の久五郎が帰ってまいります。」
久五郎「オウ、おっかあ!今帰った!」
女房「おかえりなさい おまえさん。ちょっとコレ……、
あら、半さんにタケさん、シゲさんにテッちゃんそれから・・・。
って!みんなしてどうしたの?」
久五郎「俺が呼んだんだよ。オウみんな、こっち上がって座ってくれ。」
その他大勢「お、じゃぁあがろうじゃねぇかコンチャ×11(ここは色々な声で13人演じてください。参考は志ん朝さんのYouTubeを)」
久五郎「お前ら挨拶はいいからみんなこっち来てこっち・・・」
女房「あんた!11人も来てるじゃないか?!」
久五郎「おうよ、俺とお前と合わせて13人だ。
膝屋はやっぱり13に拘らねえとな」
女房「あんた・・・いったい何をしたいんだい?」
久五郎「よしよし、酒に てんぷらに 刺身も来てるな。
オウおめえら、実は俺ぁ、ちょいと めでてえことがあってよォ、
今日はその祝いなんだ。うん。
ついては 日頃から俺のこと兄貴分扱いしてくれてるおめえらにも、パーッとごちそうしてやりてえと思ってさ。なァに、金の心配なんざいらねえよ。言ったろ?めでてえことがあったって。だからよ、遠慮しねえでドンドンやってくれ。膝を合わせてお祝いだよ!
オウ、おっかあ!ボーッっとしてねえで、てんぷらと刺身ならべてそれから みんなに酌してやってくれ!あぁおまえにも食わせてやっかぁよぉ
オウおめえら、今日は俺のオゴリだ!好きなだけ呑んでくれ!食ってくれ!
いやー、めでてえなー!
語り「久五郎は酔いも回って上機嫌でございます。」
久五郎「あ~、食った食ったァ。連中、喜んで帰ったなァ。いやぁよかったよかった。
う~、ちょいと呑のみすぎたかな……。(あくび)ふあ~あ。いけねえ、眠くなってきやがった……。オウ、おっかあ、俺は先に寝るぜ……。(やがて高いびき)ぐー ぐー」
(しばらく間を取る)
女房「おまえさん、起きとくれよ。?ちょいと!おまえさん!」
久五郎「おい、こら、布団をはぐなよ!亭主を叩き起こしやがって、どういうつもりだ?」
女房「どうもこうもないよ。浜へ行っとくれよ」
久五郎「浜?まだそんなこと言ってやがる。
いやぁそれにしても、ゆうべはよく飲んだなぁ」
女房「めでたい、めでたいってお酒飲んでたけど、
どうするんだいこのお勘定?酒屋にてんぷら屋に魚屋。ツケがどっさり」
久五郎「金なら、アレがあるじゃねぇか」
女房「寝ぼけたこと言ってないで、浜へ行っとくれよ。おまえさんが膝を売ってくれないと、釜のフタが開かないんだよ」
久五郎「何言ってるんだよ? 釜のフタが開かねえなら、アレ使って開けりゃいいだろ?」
女房「アレって何だい?」
久五郎「昨日のアレだよ」
女房「昨日のアレ?」
久五郎「とぼけるなよ。俺が昨日浜で拾ってきた殿様の膝枕だよ!」
女房「おまえさん、昨日浜へなんか行ってないだろ?」
久五郎「何言ってんだ?おめえ、昨日俺を叩き起こしたじゃねぇか」
女房「おまえさんが起きたのは昼過ぎだよ。何がめでたいんだか知らないけど、今日は俺の奢りだって、若い衆を大勢呼んで来て、さんざん飲み食いして、そのままグーグー寝ちゃってさ。それで今あたしが起こしたんじゃないか。いつ膝の浜なんか行ったの?」
久五郎「……?いつって おめえ、昨日に決まってるじゃねえかよ。」
女房「何言ってるの おまえさん……。
おまえさん、昨日 膝の浜へなんか行ってないだろ……?」
久五郎「おめえこそ何言ってんだ。俺は昨日 おめえに起こされて……」
女房「湯に行ったんじゃないか。『手ぬぐい取ってくれ』って あたしに言ったろ?」
久五郎「ああ……、言った……。」
女房「そうだろ?湯に行く途中で酒屋と てんぷら屋と魚屋に寄って、酒やら料理やらウチに届けさせて。湯の帰りに半さんやらタケさんやら友達何人も引っ張り込んで、
何がめでたいんだか知らないけど、めでてえめでてえ今日は俺の奢りだなんて言って みんなでさんざん飲み食いして。
お友達が帰ったら おまえさん、俺は先に寝るって言って布団に横になってそのままグーグー寝ちゃってさ。それで今あたしが起こしたんじゃないか。
いつ膝の浜なんか行ったの?]
久五郎「……!?ちょっと待ってくれよオイ……。
いや、俺は昨日、おめえに起こされて……」
女房「湯に行ったろ?」
久五郎「……。行った……。」
女房「行く途中で、酒屋に酒持ってこい、
てんぷら屋に盛り合わせ持ってこい、
魚屋に刺身持ってこい、そう言ってウチに届けさせたろ?」
久五郎「……。届けさせた……。」
女房「湯の帰りに半さんやらタケさんやら大勢連れてきて、
さんざん飲み食いしたろ?」
久五郎「……。した……。」
女房「みんなが帰ったらすぐ眠いって言って、布団に入って寝ちゃっただろ?」
久五郎「……。寝た……。」
女房「で、今あたしに起こされたんでしょ?
いつ、膝の浜へなんか行ったんだい?
久五郎「……。いや……、そうなんだけど……。おかしいなぁ……。
いや、だって、昨日おめえに起こされて……」
女房「湯に行ったんだろ?」
久五郎「いや、ゆ、湯には行ったんだけどよぉ……。
あれェ……?湯に行って……、
行く途中に酒と料理 誂えさせて……、
帰りに若わけえの10人ばかり連れてきて……呑んで食って……、
寝て……、それで……、今、おめえに起こされた……」
女房「ほら。膝の浜へなんて行ってないじゃないか。」
久五郎「おい!ちょっと待ってくれよ。俺は昨日、たしかに、おめえに起こされたよ。おめえに刻間違えて起こされて、浜に着いたら他の膝屋もいなくて膝も流れ着いてなくて、夜が明けるのを待ってたら、おてんと様が昇ってきて、おてんと様にご挨拶して、そしたら水ん中で何かがゆらゆら揺れてて……
そうだよ!はっきり覚えてる! 徳川の御紋!俺、殿様の膝枕拾ったんだよ! 百三十両の褒美がもらえる膝枕!膝の浜で!」
女房「はぁ、情けない。普段から商いもしないで、楽して儲けることばかり考えてるから、そんな情けない夢見たんだね」
久五郎「あれが夢なわけねぇよ!
だって俺、膝の浜で切通しの鐘の音聞いたよ?」
(芝増上寺の鐘のことです)
女房「おまえさん、今聞こえてるのは何だい?」
久五郎「今?あ、鐘の音だ……切通しの鐘の音か」
女房「そうだよ。明六つの鐘だよ。うちにいたって聞こえるんだ。
昨日、この鐘の音が聞こえてる頃、おまえさんはまだぐっすり寝てたよ。
おまえさん、浜じゃなくて、夢の中で聞いたんだよ。
おまえさんが起きたのは昼過ぎ時分。
あたしが、せめて夕べの浜には行ってほしいと思って起こしたら、
・・・おまえさん、浜には行かずに、湯に行っちゃったんだよ。」
久五郎「・・・おい、それじゃあ殿様の膝枕拾ったのは夢で、
飲み食いしたのは本当だってのか?」
女房「そういうことだね」
久五郎「はー、割りに合わねえ夢、見ちまったなぁ。?おめえの言うとおりだ。毎日毎日、商いにも行かねえで、金が欲しい金が欲しい……そんなムシのいいことばっかり考えてるから、こんなみっともねえ夢、見ちまうんだ。俺は自分が情けねえよ。金もねえのに、調子に乗って、あんなに酒や食いもんあつらえちまってよぉ。おっかあ、縄出してくれ」
女房「拾った膝枕を縛る縄だね? 浜に行ってくれるのかい?」
久五郎「いや、こんな勘定、とてもじゃねえが払えやしねえ。首くくって死のう」
女房「バカなこと言ってんじゃないよ!死んで花実が咲くものかい!これくらいの勘定、おまえさんがその気になって働けば、なんとでもなるじゃないか!」
久五郎「ホントか?働けばなんとかなるか?」
女房「おまえさん、腕はいいんだから。酒さえ呑まなきゃ江戸で一番の膝屋だって評判だよ。浜でコツコツ拾った膝が、おまえさんの腕にかかれば、
百三十両に化けるんだよ」
久五郎「そんなことムリに決まって……いや、やってみなくちゃわからねぇか。おめえに言われたら、できるような気がしてきたよ」
女房「その心意気だよ、おまえさん」
久五郎「けどよ……、この勘定、俺がいくら稼いだって、月末までにはとてもじゃねえが払い切れねえだろ……?
女房「心配しないで。あたしが 心当たり全部まわって用立てもらって、なんとかしのぐから。お勘定のことは気にしないで、おまえさんは頑張って枕を売っとくれ。」
久五郎「おっかぁ……すまねえ……!おめえには、苦労かけっぱなしで……。いつもそうだった……。おめえが恥しのんで、
方々に頭下げて、銭こしらえてくれて……。
それなのに俺は、その銭さえも、酒代にしちまって……。
おっかあ、約束するよ。
俺、今日限り酒やめるよ。おめえに誓って、もう一滴だって呑まねえ。
キッパリと酒やめて、性根入れ替えて商に精出すよ。
だから、しばらくの間、どうにかしのいでくれ。すまねえ……!」
女房「いいのよ、あたしに任しといて。」
久五郎「よーし、そうと決まればさっそく商いに……いや、けどダメだ」
女房「何がダメなんだい?」
久五郎「俺もうひと月も休んじまってんだ。そんなに休んでたら、商売道具だって使い物にならねえだろうよ」
女房「何言ってんだい。あたしは昨日や今日膝屋の女房になったんじゃないんだよ。
盤台だって毎日毎日きれいにしてたから、大丈夫、たがなんて少しも緩んでないし膝を入れたって痛みゃしないよ」
久五郎「膝を磨くやすりがさびてんじゃねぇか?」
女房「やすりだってね、ちゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んであるから、
イキのいいサンマみたいにピカピカ光ってるよ」
久五郎「草鞋が・・・」女房「出てます」
久五郎「手回しがいいねぇ。ん?なんか夢ん中でもこんなやり取りした気がするなぁ。それじゃ、行ってくるぜ!」
語り「さあ久五郎、それからはまるで人が変わったように商いに精を出しました。
浜で拾った膝を俺の腕で百三十両に化けさせてやるぞとばかり、
絵筆を走らせて絵を描いたり、彫り物を入れたり。
十二単を着せた源氏物語膝枕や絢爛豪華な遊郭花魁膝枕、勇ましい侍膝枕といった細工膝枕が大当たり。
「稼ぐに追いつく貧乏なし」と言いますが、
三年の月日が経つ頃、かつて裏長屋の棒手振だった男は、表通に 小さいながらも1軒の店を構え、
奉公人十三人を抱える膝問屋『膝久』の主となっていました。その年の大晦日」
久五郎「オウおっかあ!今帰った!」
女房「おかえりなさい、おまえさん。お湯屋はどうでした?」
久五郎「いやあもう、大晦日だろ?大変な混みようだ。膝を洗うようだったぜ。
(奉公の小僧さんたちに)オウ、定吉に亀吉、今日も よく働いてくれたな。
今晩は もう仕事はいいから、おめえらも今のうちに湯に行って来な。」
女房「あ、ちょいとお待ち。おまえたち、ほら、お駄賃。
帰りにこれで おそばでも食べといで。いいのよ遠慮しなくて。
今日もご苦労様だったわね。じゃ、気を付けて行っておいで
。(久五郎に)おまえさん、お茶でも淹れるから、こっちにお上がんなさいよ。」
久五郎「おう。(部屋がいつもより少し明るいことに気づく)ん……?
オイおっかあ、なんだか、やけに部屋が明るくねえか……?」
女房「気が付いたかい?おまえさんが お湯に行ってる間に、畳屋さんにお願いして、
畳そっくり入れ替えてもらったんだよ。」
久五郎「お……!ホントだ!どうりで いい匂いもすると思ったんだよ。
ん~ いいねえ!昔から言うもんな、女房と畳は新しいほうが……ゴホンゴホン、あー、女房は、古いほうがいいやな。」
女房「(くすりと笑って)いいんだよ、無理しなくたって。
はい、お茶どうぞ」。
久五郎「お、すまねえ。ん……?それよりよぉ、火鉢に火が入ってねえな。
今日は これから 寒い中大勢来なさるんだ。火ィ入れといてあげたほうがいいな。」
女房「大勢って……誰かいらっしゃるのかい?」
久五郎「今日は大晦日だ。掛け取りの人が来るだろ?」
女房「何言ってんだいおまえさん。うちに掛けを取りに来る人なんて、一人もいないよ」
久五郎「大晦日に掛け取りが来ない?」
女房「本当だよ。反対に こっちから取りに行かなくちゃならない所があるくらいさ。」
久五郎「そうなのか?どこだい?俺が取りに行って来るよ。」
女房「いいのよ。大工のゲンさんの所なんだけどね。ほら、ゲンさん、秋に足をケガしてから、仕事に行けなくなってたろ?来月から また仕事に戻れるらしいんだけど、
今月は まだ お金の算段がつかないから待ってくれっておかみさんが言ってて。
まあ、ゲンさんが仕事に戻って落ち着いて、春ぐらいになってからでもいいと思ってさ。」
久五郎「ああ、かまわねえよ。そんなに せっつくことはねえや。
先方だって、銭あって払わねえんじゃねえんだ。払いたくても銭がねえからしょうがねえんだ。俺たちにも身に覚えのあるこった。ありゃあ、3年くらい前の大晦日だったかな。
銭はねえし借金だらけで どうしようもなくて、俺がオロオロしてたらよォ、
おめえが、「おまえさんは押入れに入ってジッとしてて!」なんて言って、
俺を 押入れの中に閉じ込めてよォ。」
女房「ああ、あったねぇ そんなことも。おまえさん口下手だし、すぐ喧嘩腰になるから、全部あたしが相手をしたほうがいいと思ってさ。」
久五郎「おめえ すごかったよなァ。次々にやって来る借金取り相手に、
あの手この手で 言い訳したり謝ったりして、みーんな帰しちまうんだもん。
俺は押入れの中で聞いてて思わず膝を叩いたもんだ、感心したぜ。」
女房「女のあたしが相手じゃあ、むこうもそうそう厳しく責めるわけにはいかないからね。」
久五郎「で、最後に来たのが米屋の番頭だったんだよな。」
女房「そうそう。」
久五郎「そいつも おめえが上手いこと言って帰らせて、「もう大丈夫だよ」って言うから、俺、押入れから出たんだよな。」
女房「そしたら その途端に番頭さん、忘れ物取りに戻って来ちゃって!」
久五郎「もう隠れるヒマが無え!俺膝ついて固まっちゃってよォ。」
女房「あたしもビックリしちゃって。ヒョイっと見たら、風呂敷が目に入って。思わずその風呂敷をおまえさんの頭からバサっとかぶせて(笑)」
久五郎「こんなんで ごまかせんのかよって思ったけど どうしようもねえ(笑)
俺風呂敷かぶってガタガタガタガタふるえてた。」
女房「でも番頭さんたら、何事もないみたいに「すみません、矢立を忘れておりまして。ああ、これです。では失礼」なんて言って帰りかけるから、
『よかった!ごまかせた』って思ったんだけどね。」
久五郎「そしたら番頭の野郎、戸口の所でフッと振り返って、
そこで言った言葉がまたニクいんだ。
『おかみさん、お寒うございますから、気を付けなくちゃいけませんよ。
ごらんなさい、うしろで風呂敷包みから膝がこぼれてガタガタふるえてます』なんて言いやがって(笑)ちっとも ごまかせてねえじゃねえか(笑)」
女房「そうだったねえ(笑)」
久五郎「年明けに米屋の前通るとき気まずかったぜ(笑)
それが今年の大晦日は 1軒も借金が無ねえときたもんだ…ありがてえなぁ…
おっかあ、これも おめえが上手にやりくりしてくれたお陰だ。ありがとうよ。」
女房「何言ってんだい おまえさん。暑い日も寒い日も、雨の日も風の日も、おまえさんが休まず一生懸命 稼いでくれたからじゃないか。
あたしや奉公人たちを食べさせるために、毎日毎日 朝早くから働いて……。おまえさん、本当にありがとう。」
久五郎「おめえや奉公人を食べさせるためか……。
うん、たしかに それもある。でもよ、それだけじゃねえんだ。」
女房「え?……」
久五郎「俺、商売が楽しいんだ」
女房「商売が楽しい?」
久五郎「ああ。膝屋ってのは、いい商売だよ。お客さんが店の前を通りかかって、こんな膝は見たことねぇって驚いてくれる。久五郎が手をかけた膝はいいねぇ、日本一だねぇって笑ってくれる。
そんな顔をもっと見たくて、俺は毎日毎日膝を拾って、磨いて、手を加えて、売り歩いてんだ。お客さんが面白がってくれて、そこに銭がついて来る。こんなに楽しいことはねぇや。
こないだ『おばあちゃん膝枕』を買って行った客はよ、三十年ぶりにばあちゃんに会えて、子どもン頃の気持ちに戻ることが出来ましたって泣いて喜んでくれた。
なんで膝屋なんかになっちまったんだって思った頃もあったけど、とんでもねぇ、俺はこの商売をやるために生まれてきたんだ」
女房「おまえさんも、すっかり、いい顔になったよ。酒びたりの頃とは別人みたいじゃないか」
久五郎「酒呑むヒマなんかがあったら、膝を磨きてぇ。
そう思えるようになったのは、おめえのお陰だ。
こんなろくでなしに愛想尽かさず、今までずっと支えてくれて、ありがとうよ」
女房「あのね、おまえさんに見てもらいたい物があるの」
久五郎「なんだ?正月の着物か?だったら俺が見たってしょうがねえよ。
着物のことなんざ、よく分からねえしよぉ」
女房「ううん。着物じゃないの。聞いてもらいたい話もあるんだ。
お前さん、あたしの話を最後まで怒らないで聞いてくれるかい?」
久五郎「な、なんだよ、あらたまって」
女房「怒らずに最後まで聞くって、約束してくれる?」
久五郎「怒りゃしねえから。話してみろよ」
女房「おまえさんに見てもらいたい物ってのはね……
(ゴソゴソと取り出して)これなんだよ」
久五郎「なんだ、このずっしり重い革袋は?ああ、なんだへそくりか?
はっはっはっは、そんなことで怒るわけねぇじゃねぇか
お前がやりくりしてんだへそくりくらい別にかまわねぇよ」
女房「中を見てごらんよ」
久五郎「なんだこりゃ。金貨がどっさり。
おめえ、知らねぇ間にずいぶん貯め込みやがったな。
一体いくらあるんだ?」
女房「百三十両あるよ」
久五郎「ひゃ、百三十両!」
女房「おまえさん、百三十両って数に覚えはないかい?」
久五郎「ある」
女房「あるかい?」
久五郎「おぉ・・・あるよ……あれは三年前の年の暮れ。
膝の浜で殿様の膝枕拾う夢を見た。
見つけた者に取らせる褒美がたしか金百三十両……(ハッ)!」
女房「おまえさん、あれね、夢じゃなかったんだよ」
久五郎「夢じゃなかった?」
女房「三年前のあの日、おまえさんは本当に膝の浜へ行って、
殿様の膝枕を拾って帰って来たんだよ」
久五郎「やっぱり。夢にしちゃずいぶんハッキリしてたもんなぁ。
おい、おめえ、どうしてそんな嘘つきやがった?
俺はな、あん時ほど情けねぇ気持ちになったことはなかったぜ!
亭主だますようなマネしやがって!いったいどういうつもりだ?!」
女房「待っておまえさん。約束してくれたよね?
あたしの話を最後まで怒らずに聞くって」
久五郎「フン、わかったよ。聞くだけは聞いてやる」
女房「三年前のあの日、あたしも舞い上がったよ。
これで方々へのツケが払える、安心して年が越せるってさ。
でも、すぐに怖くなったの。
だって、あんたは膝屋。膝屋が殿様の膝を拾って届けたりしたら、
痛くもない腹を探られちまうんじゃないかって。
おまえさんに、このお金どうするの?って訊いたら、これでもう商いなんてしなくていい、うまい物食べて飲んでおもしろおかしく暮らせるなんて言って……。
あたし、これじゃいけないと思って、おまえさんが寝てる間に大家さんに相談に行ったの。
そしたら大家さん、『馬鹿野郎。いくら海で拾った膝だからって、いきなり百三十両なんて大金手にしたら、お前の亭主、酒を買ってあっという間に使い果たしちまうぞ』って……。
どうしたらいいですかって訊いたら、膝を拾ったなんてのは夢だと言い張れって。
膝は お上に届け出ておいてやるから、亭主が何を言っても、
とにかく夢だと言って押し切れって……。
だからあたし、おまえさんに、あれは夢だったって言って……。
何度も夢だ夢だって言ってたら、おまえさん、素直なんだか人がいいんだか、コロッと信じてくれて……。それからというものおまえさん、人が変わったように働くようになってくれたね……。
あれだけ好きだった お酒もキッパリやめて、毎日一生懸命 商に出てくれて……。
けど……。せっかく心を入れ替えて商いに精出してくれてるおまえさんに
このお金を見せたら、また、元のおまえさんに戻っちゃうんじゃないかって……
それが怖くて……ずっと言えなかったの……。でもね。
今日、おまえさん、『商売が楽しいんだ』って……
『お客さんの笑顔が見たくて魚を売ってるんだ』って……。
それを聞いて、あたし、
ああ、もう大丈夫だ、この人は もう大丈夫だって……
心から思えたから……、だから このお金のこと、話そうと思って……、
話して、おまえさんに、謝ろうと思って……。
やっと……やっと言えます……。おまえさん……、
ずっと、嘘ついてて……騙だましてて……ごめんなさい……!
3年間も女房に騙だまされてたなんて、腹が立つでしょう……?
あたしのこと、憎いでしょう……?許してくださいなんて言いません……。
どうか、お気の済むまで……あたしを、殴ってください……。
久五郎「おっかあ。どうか、頭上げてくれ。おめえを殴る?冗談言っちゃいけねえ。んなことしたら バチが当たって、俺の手が曲がっちまうよ。」
女房「え、おまえさん……。あたしを、許してくれるのかい……?」
久五郎「許すも許さねぇもねぇよ、謝るのは俺の方だ。俺のためを思って、おめぇずっとこの事を膝に納めてくれてたんだな。辛かったろ?俺のせいで辛い思いばかりして……すまねえ。許してくれ。」
女房「ちょ……おまえさん……!頭上げとくれよ!おまえさんに頭下げてもらうような、そんな甲斐性あたしには無いよ!」
久五郎「何言ってんだ。俺はおめえのこと神棚へ祭って 毎朝手ェ合わせて拝みてえぐらいだ。かかあ大明神だよ。」
女房「おまえさん……。」
久五郎「あのまま殿様の膝枕を金に換えてたら、あっという間にその金を酒に換えて、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなってた。
酒より商いのほうが面白いなんざ、知ることもなかった。俺の女房がどんなにいい女か、気づくこともなかった。
よく夢にしてくれたな。ありがとうよ」
女房「おまえさんこそ、いい男だよ……ああ、やっと胸のつかえが取れた。あぁ、膝のつかえが取れたよ。こんな晴れ晴れした気持ちは三年ぶりだよ。
ねえ、おまえさん、一杯呑まないかい?」
久五郎「ん?茶か?」
女房「お茶じゃないよ。お酒だよ。」
久五郎「酒……?酒があんのか……?」
女房「うん。あたし、なんだか今日ね、3年前の膝の話をおまえさんにできるんじゃないかって気がしててね。
何もかも おまえさんに話して、それでおまえさんが許してくれたら、
仲直りの印に 一本付けてあげようと思って……。
だから おまえさんがお湯に行ってる間に、酒屋さんに頼んでおいたんだよ。久五郎「そうだったのか。いや、どうりでよぉ、畳の匂いに混じって、なにやら懐かしい匂いがするなぁと思ってたんだよ。へぇ~酒があるのかァ。
いや!でもダメだ!俺はキッパリ酒を断ったんだ。もう一滴も呑まねえって決めたんだ。これは神や仏に誓ったんじゃねえ。おめえに誓ったんだぜ?
女房「その あたしが呑んでちょうだいって言ってるんだよ。
おまえさんが お酒をやめたのは、呑んでは商いをしくじってたからだろ?
そんな昔の おまえさんは もういないんだから。大丈夫、今のおまえさんはお酒に呑まれたりする人じゃないよ。」
久五郎「おっかあ……。」
女房「今日は大晦日。明日は元日。
今年は あたしたち、借金もなく新しい年を迎えられるんだよ?
それどころか、こんなに大きなお金まで……。
もう世間様さまに気兼ねすることも要らない、あたしたちのお金だよ。
こんなめでたい年越しなんてあるもんじゃないよ?
ね?祝い酒だと思ってさ、一杯お呑みよ。」
久五郎「祝い酒か……。うん。それじゃ、一杯もらおうか。
あぁ!湯呑みでかまわねえ。これに注いでくれ。
(女房に酌をしてもらって)オウ、ありがとよ。
(酒の香りが鼻腔をくすぐる)ああ、この匂い、懐かしいなぁ……いい匂いだ……。
酒を飲みながら、除夜の鐘が聞けるなんて、いいもんだなぁ……
(呑もうとしてためらう)
いや、やっぱりよそう。また夢になるといけねえ」
女房「おや、今日はここでおわらないんだねぇ、
大丈夫、夢になんか、ならないよ。あたしが夢にしないよ」
久五郎「実を言うとな、酒はもう欲しくねぇんだ」
女房「おまえさん、ほんとに変わったね」
久五郎「ああ。もう酒には溺れねぇ。どうせ溺れるなら」
女房「!ちょいと、おまえさん!びっくりするじゃないか。いきなり、あたしの膝に飛び込んじゃって」
久五郎「あ〜〜ぁ、このやわらかさ。この沈み心地。やっぱり生身の膝にはかなわねぇ。この膝があれば何もいらねぇや」
女房「おまえさんったら。こんな膝で良かったら、好きなだけ甘えとくれよ。おまえさん、この三年、休みなしで働いてくれたんだ。
明日は元日、しばらく浜に行かなくたっていいんだよ」
久五郎「いや、俺ぁもう浜についてらぁ」
女房「おまえさん、もう夢を見てるのかい?」
久五郎「ここは……日本一の膝の浜、
お前ぇの膝は・・・百三十両の膝よりも値千金の膝枕ダァ」
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