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「獣の国」第1幕 第31場(街角)

街角

■ 救出された女を抱き締め、涙を流す医師の男と、女にすがり付く少女。



■ 珍しく優しげな表情のドルジ、微笑みを浮かべるライラ、変わらず無表情のアロ。

■ 全身血と泥で汚れたイツァークに寄り添うように立ち、レベッカも微笑んでいる。





■ アロがイツァークとレベッカに話し掛ける。
(アロ)レベッカ 君を危険にさらした
(アロ)すまない
(アロ)イツァーク 感謝する

あわてるレベッカ。
(レベッカ)そんな! 謝らないでください!



■ ドルジがニヤリと笑いながらイツァークに話し掛ける。
(ドルジ)回収班には連絡しておいた
(ドルジ)いい稼ぎだぜ イツァーク
(ドルジ)金が入ったら少しはこっちにも寄越せよ?

■ ドルジをたしなめるライラ。
(ライラ)はいはい さもしい真似はおしなさい



■ ライラは、イツァークとレベッカに顔を向ける。
(ライラ)ずはイツァークは無線のスイッチを切る!
(ライラ)それから汚れを落としてさっぱりしてらっしゃい

■ 銀色の小さなケースをイツァークに差し出すライラ。
(ライラ)渡しておくわ



■ イツァークの手にケースを握らせながら、ライラが尋ねる。
(ライラ)あなたたち二人は滞在先決めてあるの?

■ 答えるレベッカ。
(レベッカ)いえ…… しばらくは基地ベース内の簡易宿舎に…… って思っているんですけど……



■ ライラは腕を組む。
(ライラ)おしなさいな
(ライラ)すごーく不潔よ あそこ

(ライラ)レベッカ 良ければウチにいらっしゃい
(ライラ)定宿じょうやどが決まるまで居るといいわ

■ 目を見開くレベッカ。
(レベッカ)あっ! はい! ありがとうございます!



■ ライラはイツァークに顔を向ける。
(ライラ)あなたはどう? 一緒に来る?

■ 答えるイツァーク。
(イツァーク)…… いや
(イツァーク)とりあえず行く当てはある



■ ドルジが口を挟む。
(ドルジ)おっ! オンナか? オンナだなっ?

■ 思わず不愉快そうな顔をドルジに向けるレベッカ。

■ イツァークは何も答えない。



■ 腰に手を当て話すライラ。
(ライラ)下衆げすの勘繰りは無しよ
(ライラ)じゃ 二人は一度ロッカールームに戻って身綺麗にしてきてね
(ライラ)レベッカは荷物を持ってくるのも忘れずに

(ライラ)基地ベースの近くに「SABOR」って酒場があって 食事も取れるから…… そこに来て頂戴ちょうだい





■ 歩き出すイツァークと、ライラたちを振り返りお辞儀をするレベッカ。

■ ドルジがイツァークたちの背を見送りながらつぶやく。
(ドルジ)…… まさに危機一髪ってやつだな
(ドルジ)あれほどの規模とは想定外だった

■ ドルジは煙草に火を付ける。
(ドルジ)今回はたまたま上手うまくいった
(ドルジ)だが たまたまだ
(ドルジ)次も上手うまくいくとは限らん



■ ライラに顔を向けるドルジ。
(ドルジ)イツァークの野郎…… 丸腰になってもそのままり続ける気だったぞ

■ ライラが眉根を寄せる。



■ 静かに話し出すアロ。
(アロ)無謀とか蛮勇とかではない
(アロ)奴に取り憑き 突き動かしているのは「憤怒」だ

■ ドルジが口を挟む。
(ドルジ)偉大なる精霊様の見立てってやつかい?



■ 目を細めるアロ。
(アロ)己が身諸共もろとも……
(アロ)全てを焼き尽くさんとする激烈な怒りだ……





■ 好奇の目を向ける人々の間を並んで歩くイツァークとレベッカ。



■ イツァークに話し掛けるレベッカ、少し頬が赤い。
(レベッカ)あの女性…… ご家族のところに戻れて本当に良かったです

■ 答えるイツァーク。
(イツァーク)…… うん



■ 立ち止まり、レベッカは真っ直ぐにイツァークを見つめる。
(レベッカ)あっ…… あのっ…… 今日は本当にありがとうございました

■ 頬をますます上気させるレベッカ。
(レベッカ)どんなに言葉を尽くしても足りないくらい感謝しています



■ 澄んだ大きな瞳でイツァークを見つめるレベッカ。





■ レベッカに顔を向け、イツァークがつぶやく。
(イツァーク)…… バイオリンの……

■ 目をぱちくりさせるレベッカ。
(レベッカ)ばいおりん?

■ 街路の先に顔を向けるイツァーク。
(イツァーク)…… バイオリンの音が聞こえる



■ レベッカはイツァークの見ている方向に顔を向ける。





■ 先の十字路には、人が集まっているようだ。

■ 人々の合間から見える十字路の中央に、ロイヤルブルーのロングドレスを着た1人の女と、バイオリンを構えた男の姿がある。



■ 目をせ、うつむいている女の横顔。

■ バイオリンを弾く背の高い男の顔は、長髪に隠れている。


■ 顔を上げ、女が歌い始める。
(女)When I walk through the valley of the shadow of death.(死の陰の谷を歩いているとき)

(女)When adversities come and my heart crushed be.(災が訪れて心が押し潰されそうになったとき)

(女)You suddenly appear.(あなたは突然現れる)

(女)Whenever face trials of many kinds.(試練に出会ったときはいつでも)





■ 聴衆が次第に増え始める。
(女)I will fear no evil, for you are with me.(あなたがいれば 私は何も恐れない)

(女)I can be courageous.(私は勇敢になれる)

(女)I can be strong.(私は強くなれる)

(女)I can do all things through you who strengthens me.(私を強くしてくれるあなたがいれば 私はどんなことでもできる)





■ 大勢の聴衆の後ろに立ち止まり、レベッカに尋ねるイツァーク。
(イツァーク)聖書の言葉……
(イツァーク)賛美歌……というのだったか?

■ 歌っている女をレベッカは見つめている。
(レベッカ)…… いいえ
(レベッカ)これは……





■ 歌い続ける女。
(女)I will fear no evil, for you are with me.(あなたがいれば 私は何も恐れない)

(女)I can be courageous.(私は勇敢になれる)

(女)I can be strong.(私は強くなれる)

(女)I can do all things through you who strengthens me.(私を強くしてくれるあなたがいれば 私はどんなことでもできる)





■ レベッカは、右手を胸に当てて目を閉じ、再び目を開ける。
(レベッカ)たぶん……





■ イツァークの背を見つめるレベッカ。
(レベッカ)ラブソング…… だと思います……





■ 歌声が街路一杯に広がっていく。
(女)I will fear no evil, for you are with me.(あなたがいれば 私は何も恐れない)

(女)I can be courageous.(私は勇敢になれる)

(女)I can be strong.(私は強くなれる)

(女)I can do all things through you who strengthens me.(私を強くしてくれるあなたがいれば 私はどんなことでもできる)





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