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浦島太郎の現実は

子どもの古文の問題集に、浦島太郎の話があった
亀が、子どもたちにいじめられていたのを助けたくだりはない…
結構違うんだな~💦

子どもの頃、私は浦島太郎の話を聞いて、すごくひどい話だと思った。
亀を助けて、お礼に竜宮城で3日楽しく過ごして、帰ると30年経っていて、乙姫からもらった玉手箱開けると煙が出て、お爺さんになった…
なんだそれ、。浦島太郎、何も悪いことしてないのに、いいことしたのに、なんでそんな目に遭わなきゃならないの?、、何が言いたいんだこの話…

そんな、嫌なモヤモヤが残る話

でも、今の私には、この話は悲しい実話が元ではないかという気がする…

臨死体験をした人の中には、苦しみはなく、美しい世界を見たという人がある。
そして、今でこそ美しい海底の映像が知られているけど、昔はあまり知る人はなかっただろう。特に海がめのいるようなところは、本当に綺麗な海だと言われる。

浦島太郎は、溺れてかなり深くまで沈んで、奇蹟的に助かった人ではないか?

現代でも、遭難した人が、海亀やイルカの背中に乗っているところを発見されて助かったというニュースがある。

浦島太郎も、発見された時に、海亀の背に乗っていたのではないか

しかし、彼は記憶障害になっていた。
心理学の講義で、事故で脳の海馬を損傷して、記憶が短時間しか持たない人のドキュメントを見たことがある。

「博士の愛した数式」っていう映画も、80分しか記憶が持たない数学者(役・寺尾聰)の話だった。事故に遭うまでの記憶はあるけど、その後の新しい時間の記憶は、短時間で次々失われ、2時間前に会った人は、常に初めて会ったになる‥

浦島太郎も、そのように時間が進まなくなり、乙姫は死にかかった時に強く想った恋人だろうか、もしかして、一緒に溺れて助からなかったか…

その時はただひたすら苦しんだだけなのに、今の彼の記憶にはなく、目が覚えていた海底の記憶が残って、あの海の底にそれは美しい場所があるのを見た、彼女に会いたいと、何年経っても、それはついこの間のことだと、何度も繰り返し人に話すようになったのかもしれない。

それが、何かのきっかけで記憶が戻ってしまった。
おそらくは、古い女ものの何か、…浦島太郎の話には、玉手箱でなく化粧箱というのもあるそうで、私もそんな物のような気がする、それをきっかけに彼の時計が急激に進んで、自分に流れた時間の現実を知ってしまった。
彼女はいない、親もとっくにいない…

玉手箱の煙は、古い物の埃や、おしろいなどを撒き散らした、その時の彼の取り乱し様だろうか…、

「レナードの朝」のような、「アルジャーノンに花束を」のような、そんな悲しく酷いことがあって、希望も失い、急激に老け込んで変わり果てた浦島太郎の様子を見て、あの箱を開けてからこうなった、あれを開けなければ、こんなことにはならなかったのに…と、周りの人々に伝えられたのかもしれない

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