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反出生思想から見るエホバの証人


エホバの証人の「終末の時代」における出生

 エホバの証人、教義的には終末論者なんですよね。今の世界は悪魔(サタン)に支配されていて、神(エホバ)がそう遠くない将来にサタンに加えてエホバの証人以外の人類を滅ぼすハルマゲドンを起こして、エホバの証人はハルマゲドンを生き残って地球上に回復された楽園で暮らすという感じで。

 それで、そういう教義を考えたときに、反出生主義的な人間としては思ってしまうんですよ、「それなら今子供つくらなくてもよくない?」って。

 だってそうじゃないですか。彼らはずっと終わりが近いと言っていて、それが数年なのかもう少し長いのかはわからないですけど、とにかくもうすぐこの世界は終わると信じてるわけです。それなら楽園で子供つくったほうがよくない?と。

 彼らの教義的には、楽園になれば年をとった人も若返るし、なんならハルマゲドンの前に死んでも楽園で復活できるのです。一方で今はまだサタンの体制なので、人間を苦しめる問題はいろいろあるし、しかもそれは終わりに向かって激しくなっていくそう。しかも、ハルマゲドンのときにはエホバの証人に対する迫害もあるということになっていたはずです。そう考えると「今」子供をつくるメリットが見当たりません。

エホバの証人の出生動向

 それで、今の日本のエホバの証人の出生動向なんですが、当然なのかそんなデータは見当たりませんでした。とはいえ、非常に狭い範囲ですが私が見た限りであれば、日本の一般的な傾向とそう大きな差はないように思います。

 エホバの証人は、カトリックみたいに避妊の禁止をしているわけではないし、たくさん子供をつくることで教団を大きくしようともしていないので、日本の平均と比べてとりわけ子だくさんということはないです。独身や結婚しても子なしのままで宗教活動を生活の中心にするのもよし、結婚して何人か子供をつくるのもよしといった感じでしょうか。

 一方で「2世」、すなわち信者の子供として生まれるか、あるいは子供のときに片親/両親が入信したかの話をすると、2世の入信率はそこまで高くないように思われます。私の見た限りだと半分以上は成長後教団の正式メンバーになるかなという感じですが、エホバの証人は(少なくとも建前上は)2世にも信仰を強制するわけではないので、2世の中には教団を離れる人もそれなりの割合でいます。

 ただ問題なのは、エホバの証人的には教団から離れた人はハルマゲドンで滅ぼされる側になってしまうということです。今生まれるとハルマゲドンまでに教団を離れて、結果滅ぼされるリスクが出てしまうわけで、そういう意味でも今子供をつくるのはよいのか?と思ってしまうところではありますね。

エホバの証人が出生を止められないわけ

 ここからは私の意見になるんですが、エホバの証人が教団的に「今生まれても子供が大変だから子供をつくらないようにしよう」となることは、ハルマゲドンが明らかに始まって日常がめちゃくちゃになりでもしない限りおそらくないと思うんですね。理由は「(何らかの条件で)出生を否定すると教義の根本が揺らぎかねないから」です。

 エホバの証人は神であるエホバが人間を含めた宇宙すべてを創造したと信じています。そして、自分たちを創造してくれた神を崇拝しようと思っています。

 しかし、そもそもなぜ「創造してもらった」ことが崇拝の理由になるのでしょうか?

 実は、神に反逆したサタンも神の創造物でした。最初の人間アダムとエバ(イブ)がその反逆に乗ってしまったため、神は人間を楽園から追放しましたが、サタンともども滅ぼすことはせず、しばらく地上をサタンの支配に任せたというのがエホバの証人の創世記解釈です。

 アダムとエバが苦しむのは仕方ないとしても、かわいそうなのはその子孫たちです。楽園での反逆の時には関与どころか存在もしていなかった彼らですが、その罰だけを受け継ぐことになってしまいました。だから、最初の2人以外の人間からすれば、神は自分たちを(間接的に)創造した存在ではあるんですが、同時に自分たちを(間接的に)苦しめた存在でもあるんですね。自分の配下に反逆されたとき、人類の幸福を回復することよりもしばらくそのまま支配させることを選択したわけですから。

 神がサタンの支配を許したのは「一時的な」ものでしたが、それは人類にとってはあまりにも長い期間でした。正直なところ、ここまで長いと人類にとって神を崇拝する理由がもう見当たらないのでは?と思ってしまいます。どちらかと言うと創造されたせいで苦しんでいるようなものなので。

 それで「出生/生殖」というのは「創造」と構造が似ているんですね。生殖はある意味間接的な「創造」とも言えます。エホバの証人の教えで「親を敬いなさい」というものがあるんですが、これは理由とかなしにもうそう書くしかないんです。神は「創造したこと」を根拠として崇拝されるべき立場に収まっているわけですから、親は「子供を生んだこと」で敬意を示されるべきというわけです。

 ここで仮にエホバの証人が子供をつくる際に「生まれる子供のQOL」を考えて生まれさせるかどうかを考えたとしましょう。生まれた子供が自分のQOLに満足できたならその出生はよいものだし、そうでないなら悪いものだというわけです。これ自体は普通ならそこまでおかしくない発想なのですが、エホバの証人にとっては危険なものです。

 なぜなら「神の創造は…よかったのか?」となるからです。

 エホバの証人の教義的には、神が近い将来に楽園を回復し、人類はそこで暮らすことになっていますが、現状は悲惨なものです。神が「一時的」と言いながら数千年間もサタンの支配を許したために人類が今まで味わった苦痛は相当なものになっています。これでは、まず第一に悪いのはサタンだとしても、それを許してしまった神も人間からすれば相当な「悪」なのでは?となってもおかしくありません。

 つまり、出生/生殖に「生まれさせられた側から評価する」という視点を導入してしまった場合、それは創造に「創造された側から評価する」という視点を導入することにつながり、結果として神の創造が「余計なこと」だったのでは?という疑念が発生しかねないのです。

 こうなるとエホバの証人の教義には致命的です。「自分たちを創造してくださった神」が「自分たちを創造したけど、その後の管理がまずくて自分たちを苦しめてる神」になりかねません。「今生まれることは子供にとってよくない」と判断することは「今の状態で何世代も人類が生まれてくることを許しておられる神」に対する否定になってしまうのです。

 だから、エホバの証人が教団的に「終わりが近いのだから子供をつくるのは楽園に行けるまで控えましょう」とすることはできないのではないでしょうか。もしかすると個人的にそう考えて子供をつくらない信者もいるかもしれませんが、そう考えた人が今までのように神を崇拝するのは難しいんじゃないかと私は思ってしまいます。

「エホバの証人的反出生主義思想」

 ここまで考えると「エホバの証人的反出生思想」が発生してもおかしくないように思えてしまいます。一般的な反出生主義では神はいないんですが、「エホバの証人的反出生思想」では、「神はいるが人間を助けてはくれない/いつ助けてくれるかわからないので、人間を新たに生まれさせるべきではない」となります。ある意味人類の自力救済的な思想ですね。

 エホバの証人の教義では、生まれる前や死んだ後の意識の存在は否定されているので、エホバの証人の教義の「ストーリー」、すなわち世界解釈の部分だけをベースに反出生主義を組み立てることも可能だと思われます。聖書(特に創世記)の記述を受け入れたうえでの「創造否定(創造されないほうがよかった)」の反出生主義というわけですね。

 もっとも神は人間の繁栄を望んでいるようなので、エホバの証人の教義上の神とは明確に対立する思想になってしまうのですが。

おわりに

 最近だと統一教会の問題から飛び火する形で「2世」問題で取り上げられることが多いエホバの証人ですが、2世の問題というのも世間一般とエホバの証人との思想信条のずれが主な原因(あるいは親と世間のずれが「エホバの証人の信仰」と結びつけられてしまう)で、エホバの証人の信者はエホバの証人なりに子供の幸福を考えているんだとは思います。

 ただ、エホバの証人の教義に則って考えた場合、そもそも今子供をつくることが子供の幸福につながるのか、というのが反出生主義に関連する視点から私が抱いた疑問でした。そして、おそらく教義の根本のところと関係して「終わりの時代だから子供をつくることを控える」とはならないんだろうなというのが今のところの結論です。

 自分はエホバの証人と現在かかわりがあるわけではないので、今回の記事でのエホバの証人の教義や実態についての認識は、できるだけネットで調べたりはしましたが、正確でない部分があるかもしれないことを申し添えておきます。

 最後に今回の記事を書くにあたって調べていたら、今年の3月に「日本のエホバの証人 定量的研究」という研究の速報が出ていたのでリンクを貼っておきます。

 この研究調査はエホバの証人の教団の協力は得ながらも、研究者(エホバの証人信者)が教団とは独立して行ったもので、第三者によって妥当性が検証されたとされています。安倍元首相銃撃に関連して起こった統一教会の「2世」問題でエホバの証人が巻き込まれる形になった一方で、日本におけるエホバの証人の実態調査が長らくなされていなかったために行われたもののようです。興味がある方は読んでみてください。

 個人的には、「子供に対する指導」のところが注目でしたかね。エホバの証人の2世問題で体罰が取り上げられることがありますが、(昔は知らないですが)最近は体罰そんなにしてないんじゃない?というのが個人的な印象でして、この調査でもそういう結果が示されていました。世間一般と比べてエホバの証人が体罰をよく行うという傾向は、少なくとも現在はないのかなと思います(もっともこの調査は現在の信者に対して行われたものなので、今は教団から離れた2世を調査に含めると結果が変化する可能性はありますが)。

 今回の話を振り返ってみれば、どちらかというと「2世を生まれさせたこと」自体がそのうち問題になるかもしれませんね。エホバの証人の教義から反出生主義への「反転」は思ったより容易なのでは?という気づきがありました。

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