見出し画像

建前

 某区の某党区議が可燃性の非常に高い発言をして、怒っている人もいれば笑っている人もいる。あまりに「足立区が滅ぶ」のインパクトが強烈なのかそこばかり流布しているので、発言の要旨を紹介しておく。

  発言要旨を見る限り、この区議の言いたいことは「LGBTばかりになれば足立区が滅びる」というよりも「①足立区の出生率目標が低すぎるのではないか ②産児・育児の大切さをもっと教育の場で教えるべきではないのか」を問いたかったようだ。LGBTを引き合いに出す必要性はあったか微妙であり、少なくともLGBTのせいで自治体が滅ぶなんて話を出す必要性はなかったのではないかと思われる。

 ただLGBTのところ以外で発言を見てみると、少子化の懸念から出た、保守政治家としてはごく普通の発言にも見える。今回LBGTを不用意に引き合いに出したためにこのような事態になってしまったが、「子孫の繁栄というものを基本にして物を考えないといけない」というあたりは、国家社会の存続というものを重視する立場からすれば、当然の発言であろう。「本人の生き方に関して干渉しようとは思わない」と初めに言っているのも彼なりの配慮のつもりだったのかもしれない。

 区議は今回の発言に対して「区民にわかりやすいように説明した」と釈明はしているが、謝罪や辞職などは考えていないということだ。本人としては本当のことを言ったまでで悪いとは思っていないのだろう。とはいえ今の日本社会は彼の頭の中とは幾分ずれがあったようで、今回の発言はLGBTに対する差別的意識の表れとして多くの人が受け取った。LGBTが広がったせいで子供が生まれなくなって自治体が滅ぶなどということは、実際には起こりえない話であり、確かにその点を考えればLGBTを反社会的な悪者に仕立て上げるような発言としてその責を問うことはできるだろう。


 しかし「全員がLやGになったら自治体が滅ぶ」ことはなくても、LGBTのような多様な性のあり方を認める社会のほうが少子化しやすいだろうというのは十分ありうる話である。そのような社会では、LGBTだけでなく未婚やDINKSにも寛容であろうが、それらの「様々なライフスタイル」を認める社会では、結婚して子供をもってというのもライフスタイルの一つでしかないし、当然ほとんどの人が結婚や育児を当然視されるような社会と比べれば子供の数は減るであろう。

 それでLGBTのせいでなくても少子化が進めば、社会がそれに適応しない限り社会の維持は難しくなるし、「多様な生き方」を認める余裕も社会から失われてしまう可能性が高い。その点「性的多様性だけではなく子供をもつ大切さも教育で教えるべき」というのは、事実認識やその効果などはともかく、少子化を懸念する保守の立場からすれば、自然な発想なのかなと思う。

 ただ、少子化が進行中とはいえまだ「LGBTのような性的少数者への差別はよくない」ということが広く認められているし、LGBTを快く思っていなかったとしても公に彼らを批判する人は少ない。今はまだ「そういう『建前』も少子化が進行して社会の維持が苦しくなれば言っていられなくなるよ」と一部の人たちが言っている段階である。

 しかし少子化対策のほうにもそういう「建前」はあるのではないかと思う。確かに我々が人口の再生産以外の安定的な社会の維持の方法を知らない以上、少子化が進めば社会の維持が難しくなり、我々の生活も苦しくなるというのは事実としてある。しかしあの区議の発言にもあった「人間も動物の一種ですから、なんとしても子孫を繁栄というものを基本にして物を考えないといけない」というあたりになると、本当にそうか?と疑問をさしはさむ余地が出てきはしないか。

 確かに少子化で社会の維持が難しくなれば我々の生活に困難が生じるのも事実ではあるのだが、生まれなければそういう心配をする必要がまったくない、社会の維持のための苦労や我慢をする必要がないというのもまた事実である。また、生活の維持以外の存続の必要というのも、絶対的なものとは言い切れないであろう。

「建前」を言っていられる余裕がなくなる時が来るかもしれないが、その時どういう「建前」が崩れるか、個人的にはわからないなあと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?