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#カワイクイキタイ

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役者×カメラマンの フォトエッセイ『#カワイクイキタイ』 日常、ときどき、ヘンテコ🦄 どんな時も人生はカワイイ❤️‍🩹
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#藤井千咲子

#カワイクイキタイ24「猫と黒は相性がわるい」

 すっかり涼しくなった。夏の日差しはもう忘れた。暑くなる頃にはこの肌寒さも忘れてる。  忘れてしまうだけで、夏が暑いことも冬が寒いことも知ってる。なかったことにはならない。  知らなければよかった、出会わなければよかったなんて、思わない。そんなの、とんでもないよ。  このまま目が覚めなければいいと思う夜と、朝を心待ちに眠る夜の繰り返し。夏に冬の楽しみをもらって、冬に夏の楽しみをもらって、気づけば半年、気づけば一年、振り返ったら生きていただけの繰り返し。  そうやって転

#カワイクイキタイ23「昨日より今日より明日」

 「人生を今日よりもよくしていこう」  かわいそうに。有線から垂れ流しで消費されていたはずの音楽は今はじめて私の耳に届いた。他人事のように歌うことで、人生なんてなにもわかっていないような声で歌うことで、痛みや悲しみに寄り添わないことで、誰かを救う時もあるんだ。  でも、君が泣くなら僕も泣く。君が死ぬなら僕も死ぬ。君が無くなるなら僕もきっと無くなってしまうし、君が叫ぶなら僕も叫ぶ。ひとりぼっちになんてしない。守れない約束ばかりでもこれは約束だ。  みんな、自分だけは一生生

#カワイクイキタイ22「なんでもいいね」

 頭の上でりんごがポンと跳ねました。  その瞬間、あなたを好きになりました。  あなたを好きになった瞬間、世界は突然鮮やかになり、明日が待ち遠しく、空気は美味しく、なんだか健康になって、肌の調子がよくなった気すらしました。そんなのは全部気のせいで、そんなのは全部本当のことでした。  その瞬間は、豪華でも派手でも賑やかでもなく、何も特別ではなく、とても静かなものでした。  近くのコンビニに行っただけ。たった数十メートルを手も繋がず何も話さず、でもふたりきりで歩いただけ。帰

#カワイクイキタイ21「夢で逢えたら」

いいな。  せめて夢の中でくらい、あいたい人にあいたい。あいたい時にあいたい。本当は思ってること声に出して言いたい。現実はあまりにもつらい。つらくてこわい。それに大変。  人生は楽しいものではなく続いてゆくものだから、どうしたら嫌にならずに続けてゆけるかを考える。  仕事、食べるもの、一緒にいる人。そう考えたら、途端にひとりぼっちな自分が情けなくなってくる。  誰かの、これからも続いてゆく誰かの人生に、居ても差し支えない人間になりたい。差し支えないのは大前提で、できれば

#カワイクイキタイ20「あなたがずっと私を忘れませんように」

 そういえば今日はまだなにも食べてないな。中断して台所へ行く。冷蔵庫を開ける。昨日の残りものをレンジでチンして適当に食べる。誰か居ようものなら味噌汁や卵焼きのひとつも作るが、自分のためにそこまでする元気はない。私が守れるのは、猫との約束くらい。自分との約束はなにひとつ守れない。  子どものころ好きな子が何人かいたみたいに。あの子のことが好きなんだったらあの子のことは好きじゃないってこと?というのは間違っている。あの子も、あの子も、みんな好きだった。あれは嘘ではない。  心

#カワイクイキタイ19「後片付けは誰かがやってよ」

 クワズイモがぐったりしてる。どうしてほしいのか分からない。どうしてほしいか言ってくれればそうするのに。私になにができますか。私にできることならなんだって。なのに、どうしていつもどうしたらいいのか分からないんだろう。  引っ越し屋と葬儀屋がどうしてあるのか。なんの思い入れもない赤の他人がいきおいでやってくれないと出来ないことってたくさんある。  愛する人を自分の手で燃やすなんてできない。この部屋から出ていく準備なんてできない。悲しくて手が止まる。いつまでも終わらない。誰か

#カワイクイキタイ18「地球の歩き方」

 家の中でメガネを無くした。メガネを探したいのに、メガネが無いから見えなくて、メガネを探すためのメガネが必要だった。そんなものはない。でも、メガネを探すためのメガネが、私には必要だった。  どこかに向かっているはずなのに、帰る場所はちゃんとあるのに、電車や車に乗っているとき、夜道を歩いているとき、このまま行くとどこに出るんだろうとよく考える。  ラブホテルの窓はどこにも繋がっていない。ライブハウスの天井は低く、閉鎖的で、どこもかしこもヤニ臭い。東京で暮らす六畳やそこらの部

#カワイクイキタイ17「虚」

 誰かが覚えててくれたらいいや。  実はよく笑うし、楽しいことが好きだ。できればいつもご機嫌で生きていたいし、しんどい思いはしたくない。大変だったら燃えてくるとかも別にない。大変だったらただただ疲弊する。頑張るの、本当はそんなに得意じゃない。吐き気と眠気に弱い。我慢もそんなにできる方じゃない。  できれば毎日たくさん寝たい。目覚ましかけずに寝て、目を覚ますまで寝ていたい。都会より、自然が好き。街より、森や川や海が好き。便利で綺麗な家より、冬は寒くて夏は暑い自然の一部のよう

#カワイクイキタイ16「虎と苗」

 目があって、会釈するだけの世界線。愛想笑いする世界線。挨拶をする世界線。当たり障りない会話が始まる世界線。目が合うと嬉しい世界線。手を繋ぐ世界線。抱きしめる世界線。2人だけで話をする世界線。  顔も名前もしらない世界線。すれ違っても気付けない、話したくても話せない、あなたをしらない世界線。  いろんな世界があったはず。だったら、本当によかった。なにが足りないのかさえ気付けない、そんな恐ろしい世界にいるくらいなら、出会ってしまった方がずっといい。出会えないことの方がよほど

#カワイクイキタイ15「そこはあなたによく似合う」

 美しいものだけがいい。正しくなくてもいいから。  好きなものは、私が好きだと思うものぜんぶ。嫌いなものは、私が嫌いだと思うものぜんぶ。他人がどう思うかはどうでもいい。私の好き嫌い、良し悪しは、常に自分の気持ちが決める。いいと思ったら好き。いやだと思ったら、嫌い。  私がなににムカつくか。傷つけることが目的のものぜんぶ。つまらない駆け引き。ひとの心をもてあそぶようなこと。見栄を張ること。つまりはひとの悪意全般。ひとの意地悪全般。それを他者に向けている時、人は醜い。醜くて、

#カワイクイキタイ14「あなたとわたしはよく似てる」

 一人で眠る快適さを知っていながら、私たちはどうして誰かと寝床を分け合いたがるのだろう。一人の方がたくさん食べられるのに、味が変わるわけじゃないのに、おいしいものを一緒に食べたいのはどうしてだろう。  私たちが分け合っているのはどうやらモノじゃないらしい。  さみしさの形が似ていればいい。かなしみの形が似ていればいい。どうせ分からないんだったら、全然分からないよりちょっと分かった方がいい。よろこびとかおどろきも、なんとなく似てたらいい。同じじゃなくていい。あなたとわたしは

#カワイクイキタイ13「生活」

 ずっと、生活がしたかった。  人前で大きな声を出して、人前で涙を流して、歌ったり踊ったりした帰りにトイレットペーパーを買って帰る。スーパーに寄って、あしたの食材を買う。どこか特別な場所にじゃない、家賃を払っている家に帰る。あしたも続く日常の、毎日の、疑いようのない生活。人生の一部で全部。  365日のうちの364日。素晴らしい日々の、誕生日じゃないなんでもない日。贅沢をしない日曜日。あなたと一緒にいることが、そうなればいいなとずっと願ってた。どこにも行けないんじゃなくて

#カワイクイキタイ12「しかたなくない」

 泣かなくなった。  悲しくないわけじゃない。泣いてもなんにもならないから泣かなくなっただけ。むしろ悲しいことは増えていって、平気だったことが全然平気じゃなくなってきた。いちいち悲しくて、悲しくて仕方ないのに、悲しんでも仕方ないから、悲しむ気にもならない。  怒らなくなった。  ムカつかないわけじゃない。むしろムカつくことはどんどん増えてる。納得できないことを飲み込めなくなって、おかしいことを流すのは苦しい。ずっと何かにムカついてる。怒りが外に向かなくなっただけ。誰にも

#カワイクイキタイ11「殺すな」

 お前なんかだいきらいだ。一生忘れてやらない。一生許してやらない。  お前が台無しにしたせいで物語は死んだ。ぜんぶ嘘になった。血を流しながら命を注いだ人が居るのに。傷ついている人が居るのに。ライブの最前列に居ながら曲を聴かないお前。そんなに自分を見てほしいのか。お前のその行動で彼女たちの音楽も、彼女たち自身も死んだ。この日を迎えるまでの、何もかもが死んだ。笑ってるように見えたか。喜んでるように見えたか。お前、馬鹿か。血が出てないと傷ついてることにも気付けないのか。大勢の前で