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必(かんな)ず

石川角白
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必(かんな)ず

               石川角白(いしかわちんしるー)

第一章  貞子の戦は終わった
 1945年。夏。
 敗色濃い大日本帝国では本土決戦に備えて女たちは竹槍で藁人形を突き刺す軍事教練に励んでいた。
 だが、貞子の沖縄戦は既に終わっていた。

――こういう生地を使ってフレンチ袖のブラウスを仕立てたいなぁ……
 貞子の右手は煉瓦ほどもある黄色い固形石鹸をつかんでいる。
 左の手の平の上に載せて広げた厚手のシャツにその石鹸をこすりつける――軍服の明るい枯れ草(カーキ)色がタライの水を吸って焦げ茶に変わっている。
 ここはアメリカ軍のキャンプ(基地)・コンブ(昆布)の中にある洗濯場だ。
 亜熱帯の台風は東支那海(ひがししなかい)へ抜けて今日は洗濯日和、戦前と変わらない陽射しが戻って来た。
 一方、今年四月一日、島の中ほどに上陸した人工の暴風――アメリカ軍の砲弾の嵐――はさらに勢いを強めながら日本軍を沖縄本島南部へ追い詰めている。
 島の南端(シマジリ)での戦闘はまだ続いているが、貞子の戦(いくさ)は二週間前に終わっていた。
 捕虜になった今は、二度とあの音、「ヒュッ!」という風(かざ)切(き)り音に怯えなくてよい。
「ひゅぅぅぅぅ」と飛んでくる砲弾は離れた所に落ちるが「ヒュッ!」はすぐ近くだ。
 敗走する日本軍を頼りに南部へ逃げた年寄り、女子供は「ヒュッ!」が耳の穴に飛び込むと同時に地面に突っ伏す反射を身につける――草木といっしょに吹き飛ばされない……運が良ければだが。
 貞子のこめかみを汗が伝う。

 石川婦人収容所。
 七月に入ったある日、テント小屋で寝起きしている捕虜のうち、成人女子だけが整列させられた。
 監督官の話が終わるとその斜め後ろに控えていた日系のアメリカ兵が通訳した。
「中部、北部の基地内で作業をする者を募集する。作業というのは誰にでもこなせる洗濯や掃除である。見返りとして肉(ハム)の缶詰やチョコレートを支給する。希望する者は手を挙げなさい」

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