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政治ボランティア論

はじめに

少し前に政治ボランティアのあり方についてツイート及びツイキャスで言及したことをテキストにまとめました。いわゆる文字起こしではありませんが、主旨は音声メディアで言ったことをほぼそのままです。そこに、過去にブログで書いたようなこと、あるいは個別にこれから書こうとしていることも付け足しているうちに文字数が12000字にも達してしまいました。

その文字数とは関係なく、どうせ読むならちゃんと読んでくれという意味を込めて有料ノートにしました。「有料ノートにしか書いていないことが……!」なんてやり方はしません。先述の通り、ほとんどすでに言ったことしか書かれていませんので、単に中身が知りたいという人には購入する意味はありません。

内容の一部は今後ブログでも書くつもりですし、気分次第で1年後に無料でブログ全文掲載とかもするかもしれません。それでも怒らないという方だけご購入下さい。


政党ボランティアの喧嘩は政治クラスタの名物

珍しく、私の発言(ツイート、ツイキャス、スペース)から少し波風が立ったようです。発端は政治ボランティア同士の諍い。

私がこのアカウントを作ってからでもすでに7年、さらにその前のホビー垢でも政治クラスタは覗いていたので、結構長いこと、嫌でも政治ボランティアさんのツイートは目に入ってきます。特に改革意識の高い新興政党である維新はボランティアも活発で、同時に諍いや病みツイなんかも目立ちました。良い面でも悪い面でも名物だったわけですよ。

で、何を今更って話ではあるんですが、今回わざわざツイートやツイキャスで言及したのは、直接のきっかけになったやり取りがあまりにもアレだったことと、そして何より橋下徹が大阪府知事に就任してからすでに15年、いまや野党第一党の座が見えるほどまで成長した維新は新しいフェーズに入り、支持者やボランティアの意識もそれに合わせて変革が必要ではないかと思ったからです。

きっかけになったやり取りを具体的に紹介しないのは、それをやると差し支えることと、特段それだけを問題にしているわけではないからです。昨日今日の思いつきではなく、何年もずっと観察してきた上で「いや、おかしいでしょ」と思い続けてきたことをこのタイミングで言葉にしたというお話です。


主題は「もったいない」

ってことで、改めて主題を明確にしておきます。

政治のボランティアが、内側でやるべきボランティア同士の喧嘩を公開ツイートで見せてしまったり、エアの形で他のボランティアを陰口を言ったり、あるいはボランティアに熱を入れ過ぎて病んでしまったりするのってどこかおかしくないか?

維新と言えば、何年も支持者同士で「広報が足りない、どうすれば政治に興味のない人にまで維新の良さが伝わるのか」って話を真剣にしてきたはずなのに、ガチの支持者ほどナチュラルに「マイナス広報」をやってしまってないか?

その様子をふんわり支持層や、政治に少しは興味があるけどまだ特定の支持政党がない層なんかが見た場合、どう映るか想像したことあるか?

という問いかけです。

ただ、勘違いしないで頂きたいのは、私はこういう人達をすべて変えようなどと思ってはいません。むしろ、ほとんど変わらないのです。

それでも、仮にその(私から見て)問題行動を取る対象者が10人いたとして、たとえ1人でも認識を改めたり、あるいは口では反発しながらも頭のどこかでこの主張を意識してもらえたのなら、それが成果です。変わらない9人を見てわざわざ「小ライスさんの主張がまだ理解できない人がこんなに」と嘆く人がいるのですが、10人すべてを変えようなどというのは実に傲慢な話です。そもそも私にそんな力などないのですから、ほんの数人でも影響を与えることができたのなら御の字です。

さらに言えば、我々がハッキリと観測できるのは声を上げている人だけです。何も反応しないけど私のツイキャスを聞き、ツイートを読んで、何かを感じながらも声を出さない人だってかなりいるはずです。

少なくとも、私にDMで届いた反応は100%私に賛同する意見でした。反対側からは1件たりとも反応なしです。賛同するにしてもなぜ公開ツイートではなくDMなのか?そりゃそうです。公開ツイートなんかで書いたらどんな目に遭うか、火を見るより明らかですから。その一方で、あれだけ促しても反対側からは1件もDMが来ない。物凄く遠くの方で矢が放たれているのは見えるんですが、1本もこちらに落ちて来ないのですよ。


誰に対して言っているか

ということで、この主張は誰に向けて言っているかを改めて明確にしておきます。

まず、「どれほど冷静に論理的に説明したって分からない勢力」があります。次に、「言わなくても分かっている勢力」があります。この2つの勢力に対して私の主張は意味を成しません。

私が対象としているのは、そのどちらでもない、2つの勢力の間にグラデーションのような形で存在する、
「モヤモヤするものがあるけど言語化できない」
「ボランティアをやっているけどずっと違和感を感じている」
「ボランティアをやりたいと思いながらも怖くてできずにいる」
というような人達です。

彼らのうちのほんの僅かでも私の言うことが影響を与えることができたとしたら、それがバタフライ効果となって5年後のボランティア文化が結構変わっている可能性だってあるわけですよ。

なので、目の前で騒いでいる人達を見て嘆く必要などないのです。


オーバーヒートでリタイアするボランティア

これずっと言ってるんだけど、政治活動において大事なのは、「入れ込み過ぎないこと」と「感情を動かさないこと」。簡単に言えば、ドライで力を抜いた状態でいれば良い。

入れ込み過ぎると、政治活動が自分のアイデンティティーに関わるようになる。本来、多くの人は子供たちの未来を考えて政治活動を始めたはずなのに、自分のためにやるようになる。

100%の力を出してしまうと簡単にオーバーヒートする。思うような結果が出ないと、対抗勢力への怨恨とともに深い失望に陥ってしまう。そして中には政治活動をやめてしまう人もいる。

だったら最初から60%の力でやれば良い。この40%の「遊び」は実は質をも高める。100%だと「これだけ言ってるのになんで分かってくれないの!」になりがちだが、40%の遊びは「どう伝えれば届きやすいか」を考えるゆとりを作ってくれる。

政治活動においては「自分が頑張ること」ではなく「関心のない人に振り向いてもらえること」を目標にしなくてはいけない。青春的な快感に浸ってしまうと、見るべきものが見えなくなり、反動もかなり来ることになる。

あなたが疲れたり失望したりするのは自由だが、それで子供たちがいなくなるわけではない。彼らは彼らで時間が過ぎ、未来が来る。その未来が希望か絶望かは大人の振舞い次第だ。


この連ツイでは、とりあえず【ボランティア当事者の損得についてのみ】書いております。貴方という人的資産はもっと有効活用できるはずなのに、アクセルの調節間違えて早期に故障しちゃうの、もったいないですよね?もう少し力を抜いて、より長期間の活躍を目指しませんか?という提案です。

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