勉強って何でするんだろうと思う方(特に学生)へ
おはこんばんにちは。ちむです。
今回の執筆テーマは「勉強って何でするんだっけ」ということについて。
結論として「勉強はした方が良い」ということを伝えたいのですが、なんでやった方が良いものなのかを書きたいと思います。
自己紹介
まず偉そうに「勉強した方が良い」っていうお前は勉強したんかってことですが、僕は一橋大学という大学を前期受験し、無事成敗されて(いや、落ちるんかい)、某国立大学に後期で2014年に入学した形です。学歴が完全なる勉強のモノサシになるとは思いませんが、参考の水準として。
当時はまだ存在していたセンター試験(現在の共通テスト)は傾斜(一橋大学はセンター試験足切りというものがありました…)をかけて、79.5%だった記憶があります(笑)
当日国語が過去最高に難しくて、文系なのに国語が苦手だった僕はやってはいけない過去最低点(確か100点/200点)を出して、ほか科目が良かっただけに凹んだ苦い記憶も一緒に想起されました。う゛う゛…。
さて、僕はどうしても一橋大学に行きたかったのですが、理由が2つあります。
有名な起業家の出身大学だったから(起業家を夢見てた。当時は起業が目的になってたけど今は単なる手段の一つ)
字面が凄くかっこいい大学に行きたかったから
たったこの2つです。この2つの理由だけで僕は高校死ぬ気で体育会で部活して、1年生の夏から死ぬ気で勉強して、死ぬ気で遊んで、死ぬ気で恋して、死ぬ気でパズドラしてました。
あの頃は必死だったなぁと今振り返るとそう思います。
高校自体は関西だったのですが、関関同立にいければええやん!ってくらいの進学校でした。
夏休みの学習計画を立てるにあたり妨害になる夏休みの宿題とかいう害悪タスクを早めに処理するべく、当時は1学期末テストが終わればすぐに各科目の教師のところへ行って、夏休みの宿題になるであろうところをヒアリングして回ったりしてました(笑)
もちろん、「たぶんこのへんかなー」みたいなかんじなので満額回答ではなかったですが、ぶっちゃけ教師のその場の口から出てこない課題など課題になったとしてもおちゃのこさいさいだったので、夏休みが始まる前には予定通り「夏休みの宿題」はほぼ全て片付けているような高校生をしていました。
まぁ過去の栄光というか自慢話はこの辺でいいですね、本題について話しましょう。
なぜ勉強をするのか
正直、生きてる中で微分も使わないし、仮定法の英文は使わない。漢文を読む機会もなければ、リトマス紙を見ることもないです。もちろん職種によってはあるかもしれませんが日常生活で目に触れることはほとんどありません(笑)
では、なぜ勉強をするのかということですが、僕は各科目を履修するためにすべきことが、今後大人になって必要なスキルにつながっていると思いながらやっていました。
きっかけ?は確かドラゴン桜の本だったと思います。「16歳の教科書」みたいなやつ(たぶんこのあと公開する前に推敲する僕が下にリンク貼ってますw)を中学生の頃に教室の後ろに学級文庫として存在していたこの本を何気なく取って、「なるほどなぁ」ってなった記憶があって、この経験が勉強ということの捉え方が変わった瞬間でした。
せっかくなので、その本を読んで、捉え方が変化した僕が代表的な5科目で何を学んだか次の段落で書いていきます。
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代表的な5科目で学んだこと
英語
【文化の違いを知る】ことができました。わかりやすい事例で言うと、英語には「腰痛」という言葉にあてはまる単語はないそうです。「lower back pain(背中の下の方の痛み)」らしいです(笑)
これって日本人が農耕民族として田植えをしていた文化があるために腰痛という概念が生まれたとのこと。
このように文化が背景として存在するが故の言語・言葉なので、他国の言葉から生活様式や文化の違いを感じることができます。いわゆる「ニュアンス」を知ることが出来れば、他の国の人の文化とかを理解しやすくなることを知りました。
国語
僕は「母国語」という捉え方をしていますが、やはり日本語で生きていく中で【表現をする力】の基礎となる部分だと思います。言語化能力はすなわち「伝える力」で、修飾語被修飾語の関係の理解や、起承転結の文章作成能力、語彙などなど伝える力に必要なものばかりです。
昨今の情報社会では個人の発信力がとても重要になっていますし、この「伝える力」はとてもわかりやすい「頭の良さ」になるのではないかなと思います。
社会
【物事の背景を知る重要性】を知りました。歴史でも「なぜ天皇制度が崩壊して将軍が政治を握ったのか」「なぜ第二次世界大戦は起きてしまったのか」、これらの経緯を事実ベースで知ることができます。これは、物事を点として捉えず、線として、面として見る視点が学べると思っていて、この視点を僕は社会という科目から学びましたね。地理や倫理、政経などでも同じです。
数学
【多角的視点】を学びました。数学の面白いところは答えは1つなのに導き方は複数あることです。2という答えがあったとしましょう。これは1+1でも4÷2でも1/1 + 1/(1+2) + 1/(1+2+3) + 1/(1+2+3+4) + …でも「2」です(最後のは知りませんどっかから拾ってきました)。
いずれにせよ、この多角的視点は非常に重要で、正解なんてない現実世界においてたくさんのアプローチを考えることができるんだという視点を持ってるか持ってないかは非常に大きな差があると思います。
理科
「類推と仮説」を学びました。それは偉い過去の偉人と呼ばれる科学者の方々によってあらゆる自然界の摂理は証明されてきました。その結果、現代では、あらゆる事象の説明を証明できるようになっています(もちろん証明できないこともたくさんあるのですが…)。化学式が生まれたことで何と何が合わさると危険か(わかりやすい事例は漂白剤の混ぜるなキケン系)、なんで危険なのか、どういう結果になるのかを類推して仮説を立てられるんですよね。
要は何かと何かを結びつけて類推し、仮説を立てて検証する。これを学ぶ学問だったなと思います。
※化学だけ例に出しましたが物理、生物、天文いずれでも同じようなことが言えます。
一番好きだった科目は数学
僕は上記の中だと一番数学が好きでした。文系なんですけどね。好きだったし、得意だった。そしてなにより今の仕事でも凄く活きていると思います。色んなアプローチで課題を切り分けて、それぞれに対して解を出す。言ってみれば証明問題ですね。一橋の数学はとても難しく、特に整数問題という絞り込みというテクニックが必要な入試問題だったのですが、それも大好きでした。数学で学んだことはゲームでも多分に活用ができていて、効率的に上手くなれているのってこの能力のおかげだと思ってます(もちろん日本一になれるわけではないですが…)。
学生時代の勉強は明確なトレーニングシステム
どうしても学生の頃は気づきにくいのですが、勉強というのはわかりやすいトレーニングシステムです。上記のような考え方以外に、優先順位付けやタスクの切り分け、スケジューリングなどなど…社会に出てから必要なことをどれだけ学生時代に身に付けられるか、大人になってからわかることが多いと思います。ね、大人の皆さん(笑)
どの職種でも同じだと思います。サービス業なら理科・数学とかいらないとか思っていても、お客さん毎に課題に合わせたゴールへのアプローチの仕方や類推仮説はあった方がいいに決まってます。
学生の間は特に、目先の嫌悪感や欲求に支配されて代表5科目はとても嫌なものに感じるけれど、こんなに重要なんだなぁって気づけてるだけで、取り組み方、取り組む姿勢変わると思うので騙されたと思って、勉強を再定義してほしいなと思います。
今日もたくさんぼやいてしまった…(笑)3000字も書いてんじゃねぇ…。とはいえ、特に今の学生に届くといいなぁなんて。
今後もこんな感じでちむが感じたこと考えていることぼやいていきます。コメントとかいいねとかリプでもいいです。反応待ってます!