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打速密度

もう10年経つだろうか。
オフ会か何かですずめクレイジーと会った際、こんな会話があった。

す「ちまたんは誰か観戦する人とかいるの?」
巷「俺ぜんぜん観戦しないんだよね~。そのかわり、まとめて強い人の牌譜見たりしてるよ。すずたんは結構観戦してるんだ?」
す「うん、観戦じゃないと分からないから

お互いの呼び方が気持ち悪いのは気にしないで頂きたい。
私はこれを聞いて、やっぱ強いやつは言う事が違うな、と感心すると共に、ちょっと意味わかんねーなという率直な感想を抱いた。

当時の私はあまり観戦ということをしなかった。
まだスマホも無い時代で、私は当初PCを所持しておらず、天鳳をやる為にはネカフェに行く必要があった。
当然ネカフェで打つ時は観戦する間も無く打ちまくっていたし、その後自宅にPCを導入してからも家事育児仕事の合間を見てPCを起動する生活なので、やはり時間は無い。(打っちゃうから)
観戦をするためのインフラも時間も無かった。

時は流れ。
スマホはネットとの接続を常態化し、有志による便利な観戦ツールも無償で提供される良い世の中になった。

育児が一段落付き、鬼のように仕事をやるのを止め、在宅勤務が主体になった私は、現代のインフラを用いることで観戦にのめり込むことができるようになった。
そして、すずめクレイジーの言葉の意味を理解した。

どこで考えたか。どこにラグがあったか。
つまり、どういう時間で・テンポでゲームが進行したのかは、観戦でしか分からない。
そして、それは決して少なくない情報を教えてくれる。

あぁ、いま鳴いて捌こうか迷ってスルーしたんだな
ノータイムで棒テン手順を打っている。キレ打ちかな
ここで小考。安全牌を持つかブクブクかで悩んでる

観戦していると打ち手の思考や葛藤が浮き彫りになる。

自分が打っている時も、卓上に流れる時間は参考になる。
某トリプル天鳳位のラグ読みまではいかなくても、露骨なラグやテンパイ濃厚なノータイム打牌は誰しも読みの材料にしているだろう。
それを逆手に取ってブラフを仕掛けてくる手合いも、鳳凰卓には沢山いる。
本当にあいつら許さねぇ。

前置きが長くなった。
そんなわけで、昨日も娘のデートに動揺した私は天鳳を打つのをやめ、色んな人を観戦していた。
その中に溜息が出るほど感心してしまった1局があったので、是非紹介したくなった。

観戦していたのは、シンプルなワキガさん。(以下シンワキさん)
現時点で鳳南8386ゲーム・安定8.429
鳳南5000ゲーム以上ランキングでも上位に食い込む、文句無しの強者だ。

前々からよく観戦させて頂いている。
本当に丁寧で精緻な麻雀を打つので、いつも感嘆する。
これは私の妄想かもしれないが、

「自分がこの場でどう見られているか」
「このあと訪れる展開の中で、どう泳ぐべきか」

といった事をめちゃくちゃ深く考えている印象がある。
ちょっとした切り順による河の作り方や、場況に合わせて残す牌を選ぶのが本当に上手い。
いつか牌譜閲覧記事を書いてみたい打ち手だ。

さて、件の1局はこんな内容だった。

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3連続流局で迎えた東1局5本場。供託が3本ある。
シンワキさんは放銃していないが、リーチにオリたノーテン罰符で点棒を削られている。

1面子1塔子1雀頭のまずまずの配牌。
面子のタネは豊富だしドラも複合形の中で受けられる。
北で守備もできるので比較的進めやすい手だろう。
ピンフのテンパイはそれほど難しく無さそうだ。

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2p⇒9p⇒4pとツモったところで対子になった9pを外した。
シャンポンの片割れとなる北も切れたし明らかに横の形だ。
普通の手順だと思う。
実際、ここまでは迷いの無い小気味良いテンポで打っていた。

そう、「小気味良いテンポ」だ。
決して高速・ノータイムでは無く、小考未満の思考が入っているのが分かるスピード。
この時点で既に丁寧に打っていることが窺える。

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対面がドラ3mをポンして打7s。一気に場が緊張する。
「7sツモとかでテンパイしたらどうするのかな」
そう思った。

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問題の7巡目。8sツモ。
ここでシンワキさんは時間を使う。

もし対面がポンテンだった場合、8sはソバテンの危険牌だ。
だが、対面の切り出しを見るとテンパイ率は決して高くは無いだろう。
三色・ピンフ・タンヤオ・多面待ちを残す8s切りがMAXになると思われる。

逆に、MINは放銃を最大にケアする北切りだ。
東パツとは言え、ここで7700を放銃すると積棒込みで持ち点は7000を切る。
赤が見えないので、対面が12000の可能性だって払拭できない。
万が一それに打ち込めば、このゲームはラス濃厚となるだろう。
まだ東1局だ。先は長い。
自分の親番を最優先に考え、ここで無理をしない選択だって十分にあり得る。

小考から長考に切り替わるくらいの時間でシンワキさんが打ったのは

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7mだった。

決して安全度は高く無い。
ドラが薄いとは言え、萬子は強い形だ。
連続形に伸びて筒子の愚形を解消したり、ノベタンをツモってタンヤオ移行に貢献すれば、和了率は上がる。
MAXでもMINでも無い、その中間の選択。

なんとも中途半端な...と思った次の瞬間、自分にこれを打てただろうか?と考えてみた。

おそらく、私だったら8sをツモ切ってMAXに受ける。
それも、さして気にせずノータイム気味に。

また、面倒になっていたら北を落とす可能性もある。
「タンピン赤とかになったら勝負しましょ」という確率の低い方針を免罪符にして。

ドラが鳴かれているのを加味しても、萬子は確かに強い形だ。
しかし、47mなら良いが、例えば3658mをツモった時に出て行くのは、4p6pだ。
対面のドラポン相手に両方打つのは相当に厳しい。

とは言いつつ、和了のメリットも大きい。
積棒・供託により4500点が場に転がっており、1000が5200クラス、3900が満貫クラスに変わる。
これを下家・対面に取られると、自分が明確なラス目になる。
ラス目と認知した相手を徹底的にマークするのが鳳南の打ち手だ。


筒子はカンチャンが残っているとは言え、変化が豊富で、そんなに悪い形では無い。
7sはドラポンした対面の現物で、上家の手牌には無さそうだ。4sは下家が切っている。47sも悪く無さそうだ。

ならば、ある程度形を固定しつつシャンテン数を維持し、ポン手出しをケアする打7mは、まさにリーズナブルな一打と言えないだろうか?

シンワキさんが実際に何を考えていたかは分からない。
それが果たして私に推し量れるかもまた、分からない。
それでも私は、8sをツモって小考に入った瞬間モニター越しに空気が圧縮されるような思考の奔流を感じた。
それは錯覚だろうけど、これだけの打ち手があれだけ時間を使っていたのだから、深い洞察と推察があったのは間違いが無い。

強い人の選択を見ていると、攻撃・守備の中間をスッと抜けていくような判断を時折見かける。
それと比較して、私を含めたその他大勢の打ち手は極端な方針に走り勝ちだ。
ギアの細かさの違いを思い知らされる。

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次巡、対面の手出し3pを上家がチー。
シンワキさんは7pツモ打8s。

手出しが入った時点で8sの危険度は低下している。また、2副露した親の現物でもある。
今度は余剰牌の47pが危険牌になったが、14pツモで北で迂回する事も可能だ。
8sを打つ際も少し時間を使っていた。
親の手牌を類推していたのだろうか。晒された4pを見ていたのだろうか。

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対面は下家の白をポンして打8m
そこにシンワキさんは4sツモテンパイ。
ここはほぼノータイムで4pを勝負。(当然三色には取らない)

テンパイからの押しに迷いが少ないのは強者の共通項だ。

ラス目とはいえ、リーチは打たない。
打点上昇効率が悪いし、とにかく和了らないといけない局面だ。
供託をさらに上乗せするのも筋が悪い。

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すぐに8pが出て1000は2500は5500。
無事に2着戦線への復帰を果たした。

ちなみに、対面が白を叩いた時点での全体の手牌状況はこうだった。

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対面はリャンカンから打8m
ドラポンによって盲点になり易いカン5m。嫌な待ちだ。
シンワキさんが7mを打っていなかった場合、親の半中筋の4mを打って親の現物のカン7mに受けた可能性がある。
その場合はシンワキさんも4mを打つだろうけど、こういう時にボーンヘッドで何故か7m打って酷い目に遭った経験、皆さんも無いですか?

親はカン4s
つまり、この瞬間に下家が白を打っていなかったら、親のツモ和了りだった。46000点を超えるので、ほぼダントツになっていただろう。
下家の手牌も苦しい。生牌の西はドラポンに通りそうだが、親に打ち難い。
苦肉の策で1枚切れの白を打ったのだろう。

こういう風に紙一重になるのは、皆がちゃんと打っている証だと思っている。完全にオカルトだけど。

この後、親番で7,700を和了したシンワキさんは、そこから終局まで和了も放銃もせずに、スルッと2着に滑り込んでいった。
どの局も全く隙が無く、盤石の立ち回りだった。

先程の1局を牌譜で見た場合、こんな感想になるだろう。

「ドラポンが入ったが、ちょっと勝負したラス目がダマでピンフを和了って供託を持って行った」

それが事実だ。
私が打っていても、8sと7mの切り順が違うだけで、おそらく同じようにダマで8pを捕えていた。

だが、その事実が事象を全て捉えているとは、とても言えない。
そこで起こっていたことはそれだけでは無いし、
8sと7mの切り順が違うことには大きな意味があるのだ。


麻雀の選択って、凄く単純だ。
何を切るか?・鳴くか?・リーチするか?・カンするか?・和了するか?
基本これしかない。
何を切るかにしても、現実的には3択、多くて5択程度が関の山だろう。
誰が打っても同じ形になる手牌は無数にある。
けれど、誰が打っても同じ思考推移になる事は絶対に無い。

どんなに当たり前に思える選択でも、そこに意味を込める努力を惜しまないからこそ強者は強者なのであり
それを怠った者から順に、紙一重の悪魔に刈り取られてしまう

逆に、一打一打に注力し過ぎるあまり全体の調和が取れずバランスを崩すケースもあるだろう。
そんな時、スコープを意図的に曖昧にしたり、思考をパッケージ化する事で、現実解を導く方法論は大いに有りだと思う。
実践値が必要な場は沢山ある。
私は散々このやり方をしてきて、最近まで実力を上げるのは諦めていた。

でも、AIの麻雀を見たり、強者の観戦をしたりして、考えが変わった。
人間が介在するゲームである以上、理論値と実践値は両輪であるべきで、そのどちらかだけに注力してもパフォーマンスは上がらない。
私はあまりにも理論の勉強をサボり過ぎた。まだやれる事が沢山ある。

「打つだけではダメで、座学が必要」と最近よく言われるようになった。
全く同感だが逆も然りで、座学だけでもダメだ。
福地先生の言う「ネット麻雀だけやってるやつとオンレートでやっても負ける気がしねえわ」もそんな話だ。
学んだ理論をフィールドに合わせて正しくアウトプットできないと意味が無い。
天鳳における答えのひとつは時間を使うことかもしれない。

シンワキさんをはじめ、天鳳の強者はみんな理論を実践する事で好成績を出し続けている。
私も、可能な限り高い密度の打牌で戦えるように、出来ることはやっていきたい。
差し当たっては、メジャーな麻雀本くらい読もうかな...


(なんか「牌譜見てもダメ」みたいな話してるけど、牌譜閲覧記事どうすんの?)
(それはそれで読み取れる範囲でやればまあいいじゃん)