駆け引き

トイレに行きたい、その一言が言えない場面が往々にしてある。

例えば喫茶店で友人と会話をしている時。
「こないだAちゃんがね〜」
「え!そんなことがあったの!」
「そうそう、だから困ってさ〜」
アイスコーヒーが3分の2くらい減ったところで思う。あ、ちょっとトイレに行きたいかも。でも友人は流暢に喋り続けていて、これから益々白熱していきそうだ。
「Aちゃんってさ、そういうところあるんだよね」
「まあそうかもね〜」
「だってこないだもさ」
本当はもうAちゃんのことなんてどうでも良くて、頭の中ではトイレの3文字だけがぐるぐるしている。トイレ、トイレ。タイミングを見計らってちょっとお手洗い行ってくるねって言うんだ。でももしトイレがすごく混んでたらどうしよう。こんなに話が盛り上がってるのに、私のトイレのせいでそれが盛り下がったらどうしよう。ああ、こんなことならもっとゆっくりコーヒーを飲めばよかった。なんてことを考えてたら
「あ、ごめんちょっとトイレ行ってくるね!」
と言われた。それはあまりにも自然で、思わず拍手をしそうになったけどグッと堪えて
「あ、はいよ〜」
と言うだけに留めた。なんて私は小さい人間なんだ。もう20歳なのにトイレに行きたいということすら言えないなんて。よし、わたしはトイレに行きたいと言える人間になるんだ。言うぞ。トイレ、トイレ。
「お待たせ〜!それでさ、」
「ごめん!私もトイレ行くね!」
「あ、うん」
友人は私のあまりの圧に怯んだ様子だ。よし、私は言えるんだ。トイレに行きたいことを言うぞ。なんだか気持ちも軽くなった気がする。心なしか周りの人もこちらに笑いかけている気がする。
トイレに行きたいことを言える人ってこんなふうに世界が見えてるんですね。ああ、こんにちは。

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