公立女子大に男性が入学願書を提出したが不受理処分が違憲だとして賠償請求訴訟を提起した当該男性について、週刊誌が訴訟提起を批判する記事を記載したら名誉棄損になるか。

【事件番号】 福岡地方裁判所判決/平成30年(ワ)第2240号
【判決日付】 令和元年9月26日
福岡地裁は否定した(ただし名誉感情の侵害は認めた。すなわち侮辱行為は成立し、賠償を認めた。)。

名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得る。最高裁判所1997年9月9日判決
※刑法上の名誉棄損とは要件が違うので注意。刑法上は意見・論評では名誉棄損成立しない。

刑法第230条 1.公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

意見ないし論評による名誉毀損が成立する場合、以下の4つの要件を満たしていれば、違法性が否定され、名誉毀損が免責されると整理されている。

1 意見ないし論評が公共の利害に関する事項に係ること(公共性)
2 意見ないし論評の目的が専ら公益を図るものであること(公益性)
3 前提としている事実が真実であると証明されること(真実性)またはその事実が真実であると信ずるに足りる相当の理由があること(相当性)
4 人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないこと

本件裁判例は、そもそも上記の免責4要件に入る前にそもそも社会的評価の低下が生じていない(名誉感情が侵害されただけ)として、そもそも名誉棄損の成立を否定した。

以下、名誉棄損を否定した部分を引用。
「(3) 本件雑誌への記事の掲載
    被告会社は,平成27年1月29日,本件雑誌を発売した。本件雑誌には,架空の「D」名義で執筆された体裁をとる「女子大に入りたい男」との表題が付された記事(以下「本件記事」という。甲1)が掲載され,同記事には,原告がその名誉を毀損され又はその名誉感情を侵害されたと主張する下記の各記事が含まれていた。
   ア 「先日,20代の男がC大に入学願書を提出したという。当然,性別を理由に受理されなかったが,男は『法の下の平等を定めた憲法に違反する』として慰謝料の支払いなどを求めて裁判を起こすと言い出したそうな。『ママ』が憤慨する。『バカじゃないかしら。女子トイレに女しか入れないのも男子校に男しか入れないのも違憲になるの? 昨今,アメリカでは“ユニセックス”のトイレが増えているそうだけど,なんでもかんでも『性差』の垣根をなくせば,私たちオカマの存在意義がなくなるじゃないの』」(以下「本件記事ア部分」という。)
   イ 「平等バカ」という見出しの下,「アメリカには建国当初から『法の下の平等』という発想があった。それを極端に解釈した連中が,日本に憲法として押し付けたものだから,戦後,いわゆる『平等バカ』が大量発生した。その結果,常識は失われ,相撲の土俵に上ろうとしたオバサン知事まであらわれた。」(以下「本件記事イ部分」という。)
   ウ 「『江戸時代には女が男を買っていた。歌舞伎役者も芝居より売春の稼ぎのほうがよかった。二代目實川延若(じつかわえんじゃく)は1000人の女を抱いたそうです。ちなみに『女形買い』というのですが,女形は男にも女にも買われていた。歌舞伎役者は指名されるために,色っぽい演技を研究したんです』」(以下「本件記事ウ部分」という。)
   エ 「『結局C大に文句を言っている男の子も甘ったれているのよ。そんなに小遣いが欲しいなら歌舞伎役者みたいに体を売ればいいじゃない。そういう経験がゲイの肥やしになるんだから』」(以下「本件記事エ部分」という。)
  (4) 先行して掲載された新聞記事(同定可能性に関連して)
   ア 平成26年11月15日付けの東京新聞夕刊に,「男性,女子大入学求める」という見出しで,原告が別件訴訟を提起する予定であること等を内容とする記事が掲載された。同記事において,原告は「公立C大(福岡市)に入学願書を受理されなかった福岡市の二十代男性」等として表現された。(甲5)
   イ 平成27年1月20日付けの西日本新聞朝刊に,「受験女子のみ『性差別』」という見出しで,原告が別件訴訟の訴状を福岡地方裁判所に送付したこと等を内容とする記事が掲載された。同記事において,原告は「福岡市東区の公立C大に入学願書を受理されなかった福岡県内の20代の男性」等として表現された。(甲10)」
「1 名誉毀損による損害賠償請求について
  (1) 事実の摘示に当たるか,意見ないし論評の表明に当たるか
   ア 不法行為法における名誉毀損の概念は,刑法230条の規定するところよりも広く,事実の摘示によるもののみならず,意見ないし論評の表明によるものを含んでいる
     そこで,名誉毀損の不法行為は,問題とされる表現が,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価(社会的評価)を低下させるものであれば,これが事実を摘示するものであるか,又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず,成立し得るものである。
     ただし,事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは,不法行為責任の成否に関する要件が異なるため,問題とされている表現が,事実を摘示するものであるか,意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要となる。
     そして,事実の摘示とは,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項の主張と解されるところ,事実の摘示であるのか,意見・論評の表明であるのかの区別は,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきである。
   イ これを本件についてみるに,本件記事が,
   ①C大学に入学願書を提出した20代の男性(本件記事の男性。なお,原告との同定可能性については後記4(3)イで検討する。)が本件不受理処分の平等原則違反を理由に別件訴訟を提起した旨の事実を摘示していることは当事者間に争いがなく,次いで,
   ②「結局C大に文句を言っている男の子も甘ったれているのよ。そんなに小遣いが欲しいなら歌舞伎役者みたいに体を売ればいいじゃない。そういう経験がゲイの肥やしになるんだから」との記載(本件記事エ部分)につき,原告は,原告が小遣い目的で別件訴訟を提起したとする事実摘示であると主張するのに対し,被告らは,本件記事の男性が歌舞伎役者の女形のように努力をしているのかについて疑問を呈し,努力をせずに慰謝料請求をしているだけで甘えていることを指摘した意見・論評であると主張する。
     そこで検討するに,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすると,②の記載は,「ママ」の価値判断の結果であって,それ自体,客観的な真実であるかどうかが問題となる性質のものではなく,証拠等をもってその存否を決することも不可能である。他方,①の事実は,その内容に,人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させる危険を内包するものではないところ,被告らは,①の事実を前提として,②において,①の事実に対する一定の評価を表明したものであるから,本件記事は,意見ないし論評を表明するものに当たると解するのが相当である。
  (2) 社会的評価の低下の有無
   ア 上記(1)ア記載のとおり,名誉毀損の不法行為が成立するためには,事実の摘示による名誉毀損であるか,意見・論評の表明による名誉毀損であるかを問わず,問題とされる表現が対象者の社会的評価を低下させることが必要となる。
     そして,本件記事の記述が原告の社会的評価を低下させるものであるか否かについては,各記述の態様及び内容を考慮し,当該記述について一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するのが相当である。
   イ これを本件についてみるに,本件記事は,全体として,本件記事の男性が別件訴訟を提起したことに対する批判がその中心となるものであり,本件記事が取り扱った公立の教育機関において男女別学を維持することの是非など,社会的な関心が高く議論がある事柄については,多様な意見が述べられることが当然に予定されており,対象者(本件記事の男性)の主張に対して批判的な意見や論評が述べられた場合であっても,そのことから直ちに,対象者の当該主張が誤りであることが導かれるわけではなく,対象者の社会的評価が低下するものとはいえない。
     以下,個別の記載について検討する。
   ウ 本件記事ア部分及び同イ部分について
    (ア) 本件記事ア部分及び同イ部分は,一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件記事の男性が別件訴訟を提起した事実を摘示した上で,性差の垣根は存続すべきでありいわゆる女子大に男性の入学を認めることは相当でないとの見解に基づき(他方,自説に反対する立場については,「法の下の平等」を極端に解釈する連中と断ずる。),本件記事の男性による別件訴訟の提起及びその理由とする違憲主張について,批判したものと認められる。ただし,本件記事は,自説に反対する立場を「バカ」などと断ずるのみで,本件不受理処分を教育分野での行政による逆差別とする本件記事の男性に対する批判の理論的な根拠等については具体的に指摘していない。
      また,同部分では,「バカ」,「平等バカ」,「常識は失われ」といった本件記事の男性を侮辱するような表現が用いられているものの,本件記事の男性が別件訴訟を提起した事実以上の具体的事実を基礎とするものではなく,ゲイバーの「ママ」の意見と対立する見解を有する本件記事の男性を消極評価をするものにとどまる。
      なお,被告らは,本件記事イ部分の記述について,本件記事の男性と無関係の一般論にすぎないと主張するところ,確かに,同部分には本件記事の男性に対する直接的な言及は見られないものの,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,平等原則の観点から性差の解消を目指す立場に対する消極的評価という点で同部分の記述は先行する同ア部分の供述と共通しており,同イ部分の直後にも別件訴訟についての記載が存在すること等から,これらは一連の記載であり,本件記事イ部分は,その含意として,そこに記述があるような「平等バカ」に本件記事の男性も当たる旨評価しているものと解するのが相当である。
    (イ) 以上のとおり,本件記事ア部分及び同イ部分は,被告らが創作したゲイバーの「ママ」の主観に基づく本件記事の男性の主張に対する批判であり,本件記事の男性の社会的評価を低下させるものとは認められない。
   エ 本件記事ウ部分及び同エ部分について
    (ア) これらの部分にも,本件記事の男性の社会的評価を低下させる「事実」の摘示は存在せず,本件記事ア部分で摘示した①原告が本件不受理処分の平等原則違反を理由に別件訴訟を提起した旨の事実を前提に,②「結局C大に文句を言っている男の子も甘ったれているのよ。そんなに小遣いが欲しいなら歌舞伎役者みたいに体を売ればいいじゃない。そういう経験がゲイの肥やしになるんだから」という本件記事の男性の行為に対する否定的な意見が述べられている。
      本件記事エ部分には,本件記事の男性が別件訴訟において慰謝料請求をしていることに焦点を当て,「そんなに小遣いが欲しいなら」と本件記事の男性が経済的な目的で慰謝料請求をしたものと評価した上で,別件訴訟上の請求に代えて現代社会では違法であり現実には行うことが許されない売春をあえて勧奨することによって,別件訴訟の提起の価値を否定するとともに,本件記事の男性を侮辱したものと認められる。
      また,「そういう経験がゲイの肥やしになる」という記述については,本件記事の男性が「ゲイ」であると断じたものであるとまでは解されないものの,発言者とされる「ママ」が性的マイノリティ-であるという設定のもと,「芸の肥やし」という慣用表現を「ゲイの肥やし」と記した駄洒落のようなものと解され,「女子大に入りたい男」という本件記事の表題も併せ考慮すると,本件記事の男性を茶化すという意味において上記批判の延長線上にあると解せられる。
      なお,本件記事ウ部分は,江戸時代の歌舞伎役者の売春事情等に関する記述であり,確かに同部分に本件記事の男性に対する直接的な言及は見られないものの,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,そこで記載された売春事情等は,本件記事エ部分の「歌舞伎役者みたいに体を売ればいい」の内容をなすもので,これらは一連の記載であると解するのが相当である。
    (イ) 以上のとおり,本件記事の上記部分は,売春を勧める等本件記事の男性に対する侮辱的な表現を用いて,本件記事の男性による別件訴訟の提起を批判したものであるが,一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすると,本件記事の男性が慰謝料請求を含む別件訴訟を提起した事実のみを基礎として,それに対する「ママ」のいささか偏った主観や評価が述べられていると受け取るに過ぎない。かかる批判的な論評を受けたとしても,直ちに本件記事の男性に対する社会的評価が低下するものではないことは,上記イ記載のとおりである。」

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