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民法改正についてちょっとだけ熱く語ってみる。

みなさん、2020年4月1日施行予定で民法が改正されるのはご存知でしょうか?今の民法ができたのは1898年。今回の債権法改正は120年ぶりの大改正です。改正項目は200くらいあります。

この民法改正は足掛け10年の大プロジェクト。10年かかってやるプロジェクトって中々ないのではないでしょうか。改正の議論が始まった頃には大学生だった私も30歳になりました。

1.民法改正と私の出会い。

民法改正の法制審議会2009年11月に始まりました。リンク先を見ていただければ分かるように、5年以上に亘って99回の会議が開かれています。議事録を読むと、喧々諤々としか言いようのない議論が繰り広げられています(めちゃくちゃ面白いです。)。

私が京都大学法学部に入学したのが2008年4月。民法の講義が本格的に始まったのは、二回生になった2009年4月です。
京大からは、松岡久和先生潮見佳男先生山本敬三先生が法制審議会のメンバーとして改正作業に携わっていらっしゃいました。私は典型的な(?)京大法学部民法大好きマンとして三回生で松岡ゼミ、四回生で敬三ゼミを受講しました。法制審議会での議論をリアルタイムで先生方からお聞きするのはそれはそれは刺激的でした。今考えると、京大で授業やゼミや研究をしながら、新幹線で東京の法制審に通われる日々はものすごく大変だったのでは、、と先生方のパワフルさに驚かされます。
ゼミ以外にも、民法の講義のレジュメには「中間的な論点整理」や「中間試案」が記載されており、現行法だけでなく、改正の方向性や今行われている議論を学ぶことができました。

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(時計台とクスノキ。なぜか雨の日の写真しか発見できず。)

2.現行民法ができた頃。

120年ぶりの大改正ってどういうことか、イメージが湧きますでしょうか。私はよく分かりません。なので、120年前に何があったかを調べてみました。
1898年というと、明治31年です。明治時代です。日清戦争が終わった3年後。当時の総理大臣は松方正義→伊藤博文→大隈重信→山縣有朋(1年で3回も総理大臣変わってる・・・)。日本で初めて自動車が走った年らしいです。世界ではキュリー夫人がラジウムを発見しました。アメリカがハワイを併合したりもしています。

なんだか昔すぎてよく分かりません。そら変えなやばいわ、という感じがします。

実は、今回の民法改正では契約の成立時期に関する規定が改正されます。
これまでの民法には、こんな条文がありました。

526条(隔地者間の契約の成立時期)
隔地者間の契約は、承諾の通知を発した時に成立する。

なんのことでしょうか。民法の基本原則は、意思表示は、「相手方に到達した時」から効力を生じるというものです(到達主義)。当たり前です。到達しなければ相手方は意思表示の内容を知ることができないからです。
しかし、契約については「承諾の通知を発した時」に成立するとされてきたのです。つまり、契約の申込みに対する「YES」という返答が相手方に届いていなくても、「YES」と返答した時に契約成立となっていたのです。

これは、120年前には通信手段が発達していなかったことに由来します。120年前には電話も十分に発達していませんし、当然メールもありません。基本は郵便です。飛脚が郵便に変わったねくらいの時代です。

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郵政博物館HPより引用。)

中々郵便が届かないとなると、契約の申込みに対して「YES」といったにもかかわらず「YES」が相手方に中々到達しないので、契約を履行する準備を始めることができません。これは不便だということで、契約の成立時期に関する特別ルールが設けられていたのです。

ところが、令和の現代ではさすがにこんなことは考えられません。意思表示は基本的にはすぐに確実に到達します。ということで、改正民法ではこの526条は削除されることになりました。

こんな感じで、さすがに120年前とは社会の状況が違うよね、ということで様々な条文がアップデートされています。

3.なぜこのタイミングで大改正なのか。

では、120年も大改正が行われずに使われ続けてきた民法がなぜこのタイミングで大改正されることになったのでしょうか?

法務省によれば、理由は次のように説明されています。

❶社会・経済の変化への対応を図るための見直し

この120年間、日本の社会・経済は当然大きく変化しています。民法は取引に関する基本的なルールを定めているものですので、社会・経済の変化に対応させる必要がありました。
民法には沢山の特別法があり、実際には特別法でカバーしている部分もありましたが、本家本元の民法もさすがに変えなきゃね、ということです。

❷民法を国民一般に分かりやすいものとする観点から実務で通用している基本的なルールを適切に明文化する

120年間なぜ改正せずに民法を使い続けてこられたかというと、裁判や取引実務によってルールメイキングがなされてきたからです。これは法律を勉強したことのある人ならともかく、そうでない人にとっては民法という基本的なルールが条文を読んだだけではよく分からないという宜しくない状態です。なので、できるだけ民法を読めば分かるようにしましょうねということです。

そりゃそうだという感じの理由です。
その背景としては、バブル崩壊後の「失われた20年」という危機からの再生、未曾有の人口減少社会や格差問題を前にし、民法という基本的なルールのアップデートが社会から強く求められていたからだと考えられます。
また、日本の国際競争力強化のため、透明性の高い契約ルールを整備する必要があったことも理由に挙げられると思います。

4.改正民法のうち好きな条文。

「好きな条文」というとちょっとマニアックな世界に入っていく感じもしますが、改正民法のうちで私が好きな条文を2つご紹介します。

521条(契約の締結及び内容の自由)
何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
522条(契約の成立と方式)
契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

この2つは、「第二章 契約」「第一節 総則」「第一款 契約の成立」の冒頭に新設された条文です。
読んでいただければ分かるように、当たり前のことを書いた条文です。
ただ、京大で学んできた者としては、条文の細かい文言一つ一つについて大激論が交わされた法制審を無事くぐり抜けて、民法に「契約自由の原則」という大原則が明記されたことに対してはかなりエモさを感じます。

ちなみに、「何人も」ってどう発音しますか?法律家はこれを「なんぴと」と読むので、「なんぴと」と読むともしかしたらプロっぽくなるかもしれません。

5.民法改正についてもっと知りたい方へ。

これだけの大改正なので、今回の民法(債権法)改正について解説されている本や記事は沢山あります。
賃貸借、保証や消滅時効など、生活に身近な事柄についても改正されます。
民法改正についてもっと知りたい方は、法務省のHPで新旧対照表や改正の概要が確認できますし、法務省の桃太郎のマンガはどことなくシュールで結構面白いです。

このnoteのカバー写真の本は、山本敬三先生の「民法の基礎から学ぶ 民法改正」です。民法の歴史から今回の改正のエッセンスがぎゅぎゅっと詰まっているので、民法をちょっと勉強してみたい方や、改正内容をざっと確認したい方にとってもオススメです。

契約法はもっともっとディープで面白い世界ですが、どんどんマニアックになっていきそうなのでこのあたりで。
改正に携わった全ての方々へのリスペクトを込めて、私も一法律家として、これからの契約実務に少しでも貢献していけたらと思っています。

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