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ミルワ隊その後の後

飼い主には子供がいないが、動物の子供を見ると自然と赤ちゃん言葉が出てしまう。きっとこれはある種の本能なのだろう。子ヘビに対して赤ちゃん言葉で話しかけていることを職場の人に話したら、「私はヘビに赤ちゃん言葉を使えるかな…」と考え込んでいた。人にはわかるまい。飼い主はかつて実家にいた真っ白なオッドアイの見目麗しい子猫と同じように、真っ白でまん丸おめめの子ヘビを愛しているのだから。これは小さきものを愛する本能であり、狂気ではない。

愛するペットとは別枠ながらうちで生活をするミルワ隊の一団がいる。最初に迎えた隊員は皆成虫になってしまい、そのまま給餌を続けているうちに小さなミルワベビーが誕生した。そのベビーはすくすく育ち、また成虫になり、今はもう3代目くらいだ。

ミルワ隊には床材のふすまに加えて無塩の煮干しと草食動物用のペレットを与えている。時々は野菜くずを与えたりもする。とくにキュウリは喜んで食べるので、飼い主はしばらくミルワ隊のためにキュウリを買い込んでは与え、その残りで毎日浅漬けを食べていた。うちの変温動物たちはほとんどミルワ隊を食べないのだが、実家の亀がミルワ隊を喜んで食べることが判明した。手塩にかけたミルワ隊が亀の栄養になってくれるのはうれしい。また、ある時職場の人が子供の飼っているニホンヤモリの餌をさがしているという情報を得た。飼い主はさっそくその人に声を掛け、10匹ほどの隊員をお裾分けした。一応、外からそれとわからないようにミルワ隊を入れたケースを紙で包み、おしゃれなお菓子屋さんの袋に入れておいた。ヤモリちゃんは隊員をおいしく食べてくれたようで、それもうれしかった。

ミルワ隊の勢力拡大に消費量がまったく追いつかない現状は続いているが、多少は役に立てているようで一応満足している。そして飼い主はミルワ隊にもかなり愛着が湧いてしまった。幼虫にもちゃんと6本の足が生えているのがかわいい。うちの動物たちのようにミルワ隊も愛らしい写真を撮れないかと試してみたが、どうしても集合写真だと絵がキツくなってしまうので公開は諦めた。

なんだかんだミルワ隊をかわいく思いながら過ごしていたある日、ミルワ隊のケースに白い粉が付いているのに気づいた。床材が舞い上がったのかな?くらいに思い気にも留めなかったが、よく見ると白い粉が動いている。

ダニだ。

ミルワームをキープする人のほとんどが一度はコナダニの発生に見舞われている。床材が湿気ると、コナダニが発生しやすいのだという。かわいいからと調子に乗ってキュウリを食べさせすぎたようだ。食べ残しが湿度を上昇させ、ダニの発生を招いてしまった。飼い主は愚か。

小さきものを愛する飼い主も、小さすぎるダニは愛せない。コナダニ自体は人体に無害だというが、コナダニを捕食する別のダニの発生を招き、それが動物たちに害を及ぼすのが怖い。飼い主は例によって検索サイトやSNSでコナダニの対策を調べた。まず目に留まったのは、「ダニの発生したケースのミルワームを諦めた」という体験談だった。「サナギや幼虫は可哀想でしたが処分してお線香をあげました><」という投稿を見て、背筋が寒くなるのを感じた。手塩にかけて育てたミルワ隊を飼い主が手づから葬るほかないのか。できれば、それは最後の手段にしたい。一応、ミルワームを処分しない方法もヒットしたことはした。その中からいくつかを試してみることにした。

まず試したのは、床材を乾燥した状態に保ち、ケースの縁にワセリンを塗ってダニを捉えるというものだった。ダニが目立ったケースの蓋は洗剤で洗い、ワセリンを塗って戻して置いた。ひとまず、ケースの外に湧いてくるダニは少なくなったように見えた。

さらに、小さなゼリーのケースのようなものに湿らせたティッシュペーパーを入れておき、ダニをおびき寄せ、こまめに取り換えるという方法も試した。1日ほど置いておくと。ティッシュペーパーにミルワ隊がむらがっていた。君たちがおびき寄せられてどうする。湿気を好むのはダニもミルワ隊も同じだった。ティッシュペーパーから隊員をひきはがすのに骨が折れた。

結局ワセリンのトラップだけでは、他の場所へのダニの移動は防げるが、ケース内のダニの撲滅には結びつかない。残された方法は床材の全交換だった。これには問題があった。ある程度の大きさのミルワームならば簡単に新しい床材に移動させられるのだが、いかんせん繁殖によって隊員には小さいものだと5ミリくらいの極小ミルワームも含まれていた。そして、おそらく床材の中には孵化していない卵も含まれている。できるだけミルワ隊を生かす方針を維持することにし、目視できるかぎりの隊員を新しい床材に移すことにした。ザルで床材と隊員を振り分けたあと、ザルの目から落ちた床材を少しずつキッチンペーパーの上に広げ、小さな隊員たちを探しては割り箸でつまみ、綺麗な床材へと移動させた。作業時間は3時間を超え、飼い主の首と肩はバキバキになった。1日経ってダニはかなり減ったように見えるが、完全に駆除できたわけではない。たしかにこれは全部処分してしまったほうが手っ取り早いし確実だ。

作業のあと、ケースの外に1匹だけ幼虫が取り残されていた。ティッシュペーパーに移し、ケースに戻すとき、「ほい!ほいおいで!」と赤ちゃん言葉になっている自分に気がついた。これは狂気かもしれない。






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