0224霞

二月二十四日 霞

「みよこ、これ、たかしくんのおばあちゃんのところにとどけてきて」

学こうからかえって、えんがわでミケのせなかをなでていたら、おかあさんから回らんばんをわたされた。ランドセルをおいて、ほっとしていたばかりだったのに。

「え、やだ。おかあさんいってきてよ」「だっておかあさん、これからふじんぶのあつまりがあるんだもの」

そのついでに行けばいいのに!と思ったけれどけっきょく行くことにしたのは、あのにわのさくらが見たくなったからだ。

たかしくんがまだ住んでいたころ、ほうか後になるとたかしくんのおばあちゃんのところによくあそびにいった。えんがわが広くて、にわには大きな石がいくつもおいてあって、わたしたちはよくかくれんぼをしてあそんだ。おばあちゃんは時どき、こたつのかけぶとんのすき間や植え木のかげに、わたしをそっとかくしてくれた。大きくてまるい黒さとうのアメをくれたりもした。おばあちゃんの体からは、いつもくすりみたいなにおいがしていた。

やさしくて大すきだったけれど、たかしくんのおとうさんの転きんでたかしくんたちが引っこしたあと、たかしくんのおばあちゃんの家にいくことはすっかりなくなってしまった。おばあちゃんの家はとおく道のはずれにあるし、たかしくんも、ひっこしてからは全ぜんもどってこないし。

たかしくんが引っこしてから一度だけみかけたおばあちゃんは、さか道のとちゅうで、スーパーのかいものぶくろをのせたうば車をおしていた。せなかがまるまって、あるくのもゆっくりで、げんきもしぼんでるようだった。(みよちゃん、あそびにきてね)とこえをかけられたらどうしようと思って、すれちがわない道をえらんじゃった。(おかあさんは回らんばんをとどけるたびに「おばあちゃん、みよちゃんどうしてる?っていってたわよ」とわたしにいうので、少しこわくなってたのだ)。それきり、おばあちゃんをちかくでみたことがない。

それでも、やっぱり、こん回はいこうとおもったのは、何にちかまえにおかあさんが話していたことをきいたから。「たかしくん、学こうをやすんでいるみたい。かえりたいんじゃないかなって、たかしくんのおかあさん、心ぱいしていたわ」。

「もどってくればいいのにね」とおかあさんはわたしにいった。「いなかでそだった子にはとかいはやっぱりあわらないのよ。広いにわもないし、一学年に7クラスもあるだなんて」。

たかしくんの家のにわが広いのはこのあたりでもゆうめいで、なかでもさくらの木は、このまちでいちばん早くにさくので、みんなたのしみにしていた。どうろからも少しだけみえるけれど、えんがわから見るのがいちばんきれいですきだった。ひがあたって、くうきの中にほこりみたいなものキラキラひかってみえて、とりがいて、あたたかくて、ずっとすわっていたくなる。

おばあちゃんのところにいくのに、わたしはポケットに、いちごのアメを3ついれた。ひとつは自ぶんの。あるきながらたべよう。のこりふたつはおばあちゃんにあげるんだ。

おばあちゃんの家につづく道には夏でもつめたい日かげがあって、あかるいときでも、そこだけくらい。地めんもそこだけかたくて、はるがいっぱいになっても、なかなかこおりがとけない。そのかたい地めんをあるくのを「コンクリートみたいだね」といって、たかしくんとわたしはよくたのしんだ。やわらかい地めんをあるいてついた土を、そこでおとした。地めんにくつをこすりつけて。

「もんをくぐったら、おばあちゃんにみつからないようにうちに入るよ」「わかった。じゃあ、たかしくんがさきにいって」。そういってあそんだ日が、とおいむかしのことみたい。

回らんばんは、かたくておもい。いれてもらったふくろをぎゅっとかかえて、あのさか道をかけのぼろう。

さくらはさいているかな。おばあちゃんは、えんがわにいるかな。げんかんのピンポンはとどかないから、それをしなくても、あえるといいな。

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