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十月二十三日

「みてみて!かまきりがいる!」
庭からコウくんの声が聞こえる。
「かまきり?ほんとう?」
私はおかあさんのサンダルをはいて外にでる。

みると、おばあちゃんの部屋の外壁に、ちいさな茶色いかまきりが
横になってとまっていた。
コウくんの小指よりちょっと大きいくらい。
でも目はとても鋭くて、カマだってとてもしっかりしている。

「ゆきちゃん、かまきりさわれる?」
コウくんは言う。
「さわれるよ。かわいいよね」私はつよがって嘘を言う。
「もちろん、コウくんもさわれるんでしょ?」
コウくんは、かまきりの模様のかいた服をきている
(ほんとうに、そんな服があるのだ!)。
けれどちょっと怖いのかな。
「さわれるけど、きょうは、ゆきちゃんがさわってるのをみてみたい」
そう言って、私のよこにちょこんと隠れるように立って、
私の腕を、ちょんちょんと前に押すのだ。

「かまきりさわってどうするの?」
「やっつける!だってかまきり、わるいんだよ」
「どうしてわるいの?」
「ちょうちょとか、がーってやっつけたりして、わるいやつだから」
「え?!ほんとう?かまきりつよいじゃん!どうやったら勝てるの?」

「とうー!」コウくんはジャンプして、回転しながら空を蹴り上げた。
「これでもう、コウくん、かまきり、やっつけちゃった」
「そうなんだ。すごい。で、こっちのカマキリはどうするの?」
話を現実に戻すと、コウくんは
「ぼくのはやっつけたから、それはゆきちゃんがやっつけて」と言い
「あ、ちょうちょ!」といって、モンキチョウを追って、走り去っていく。

命拾いしたカマキリに、私はそっと指を伸ばした。
目が鋭い。そしてカマを抱いたその腕は、いつだって緊張しているみたいで
私はなんだか笑ってしまった。
「キミはいいなあ、シリアスに見えて」

秋が深まり、地を這う虫たちが少しずつ茶色く、動きが鈍くなっていく。
さっきまで咲いていたはずの花 - 彼岸花とか、金木犀とか-もまた
あっという間に、風景からその姿を消し
木の枝に絡みついた烏瓜の紅さが、高い空の下で、一際鮮やかさを増していく。

朽ちゆくものの輝き。

通り過ぎた風景を思い起こしながら、
このパンデミックの時代にも変わらず流れる時間
温度・湿度・香りを、深呼吸して抱きしめた。

虫をみると、思わず息を潜めてしまうのはどうしてだろう?

それから私は、ぱたりと、芝生に寝転んだ。
冷たい空気に、動きをゆっくりにするいきもののように。

空の蒼さに、スマートフォンを手放して。




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