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彼女のことは何も知らない。

先日、中学の同級生が亡くなっていたことを知った。

最後にSNSで彼女の投稿をみたのは去年の12月。
それが彼女の最期の投稿だったらしい。

その後、年が明けてまもなく彼女が亡くなったという投稿とお別れ会のお知らせが上がっていた。

彼女はガンだった。
他の内臓やリンパ節への転移もあったようだ。

私は彼女と仲が良かったわけではない。
SNSで繋がってすらいなかった。
学生時代の友人が繋がっていた関係で、ときどきタイムラインに上がってくる彼女の投稿をちらっと見るくらいだったが、見かけるたびに彼女の容体が悪くなっていることはわかった。

ただ、彼女は最後の投稿まで美しかった。

「懸命に生きる姿が…」
などというキレイゴトではなく、本当に綺麗だった。

彼女の最後の写真は、鼻に酸素の管が通り、髪が抜け落ちた頭部を隠すためのニット帽をかぶってベッドに横たわっている姿。
頬はこけてやつれていたものの、肌は美しく眉も整えられており、チークやルージュもしっかりと入った、病人とは思えないメイクで彼女はうっすら微笑んでいた。

美容関係の仕事をしていて、インフルエンサーでもあったらしい彼女の投稿はいつも美しくポジティブな言葉で埋め尽くされていたし、ご主人や子どもたち、仕事仲間、友人、そして投稿を見る人たちへの愛が溢れていた。

それはもう…
フィクションのように。
最後まで、全てが美しかった。


思えば、彼女は出会う前から美しかった。
中学校の入学式で生徒の名簿を見たときに、彼女の名前がすでに美しいと思った。

実際の彼女も美しかった。
長身で色白、ツヤツヤのロングヘア。
いつも笑っているかのように上がった目尻と大きめの口。
その口角は本当にいつもきゅっと上がっていて、常に笑顔を絶やさない人だった。

彼女は吹奏楽部でフルートを吹いていた。
放課後の練習や演奏会でときどきその姿を見ることがあった。
普段の笑顔が凛とした眼差しになり、細く白い指がしなやかにフルートの上で動く様も、全てが美しかった。

成績も優秀でスポーツも万能。
非の打ちどころのない完璧な女の子だった。

学校では彼女の周りにはいつも友人がいたし、学校の活動も意欲的に参加していたので先生からもとても可愛がられていた。

私は彼女とお近づきになることはなかった。

自分とは住む世界が違う。
なんとなく、そう思っていた。

おそらく中学3年間で一度くらい同じクラスになった気がする。
それすらハッキリと覚えていないくらい彼女と接点はなかった。

何かしらの会話はおそらく交わしていただろうけれども、美しい彼女の記憶には私のことなど残っていないと確信できるほど関わりはなかった。


当時、私には憧れている先生がいた。

ひょろっと長いだけの長身。
年寄りがかけるようなダサいメガネ。
たまに寝癖のついた七三分け。
服装はいつもワイシャツに黒のスラックス。
無愛想でほとんど笑わない、いつも不満げな表情の数学教師。

板書がとても丁寧でキレイだったが、説明がとても少なく
『バカにはわからない授業』
で有名だった。

他の若い男性教諭が生徒ウケを狙ってか爽やかで愛想が良かった分

「うるさい」
「バカですか貴女たちは」

などと平気で生徒に言い放つ彼の人気は、その見た目とも相まって底辺だった。

女子生徒にチヤホヤされてデレデレしている男性教師が多い中

「生徒からの人気など、こちらの給与に反映されない」
「所詮、貴女がたは子ども」

とハッキリ線引き(をしているように見えた)彼の方が当時の私にはカッコよく見えたのだと思う。
ときどき見せる少し薄気味悪い笑顔も、私は好きだった。

数学の授業は、成績別のコース授業だった。
一学期間に2回ある定期テストの点数で5つのコースに振り分けられる。
私はいつも真ん中のコースが定位置だった。

憧れの先生は1番上のコースを担当していて、そこに学年トップで定住していたのが彼女だった。

数学の授業の後や、職員室の前で私は二人が話しているのをたびたび目撃した。

だいたい彼女の周りには友人がいたので、先生を彼女を含む数人が取り囲んで話をしていたが二人きりで話していることもあった。

長身で高い位置で結んだポニーテールの彼女が、180㎝を超える先生の横に立つとちょうど良いバランスだった。

私には【大人と子ども】ではなく、
【男性教諭】と【女生徒】に見えた。

先生は、彼女と話している時にあの薄気味悪い笑顔になることが多かった気がする。

それは彼女が常に笑顔だったからなのか、彼女が成績優秀で尋ねてくる質問も優秀だったからなのか、はたまた私の妬みでそう見えたのかは今となってはわからない。

2年生の時、私は数学の定期テストで瞬間的に高得点を取り、数ヶ月だけトップコースに上がった。
しかし元々数学は不得意科目だったので、私は彼のキレイな板書を必死で追い、宿題をこなすのが精一杯だった。
唯一、授業で覚えているのは、生徒たちが大量の板書を書き写すほんのわずかな時間に彼が話した

「私はショートヘアの女性が好みだ」

という余談だけだ。

当時から私はショートカットがデフォルトの髪型だったので、少し嬉しかった。

そんな些細な余談の数日後。

彼女が長い髪をバッサリ切っていた。

いつも高い位置で結ばれていたポニーテールは、くるんと内巻きに巻いたショートボブに。
もともと少し明るかった茶色の髪は、一段明るい栗色になっていた。

美しかった彼女は、少し愛らしい印象になった。

なんの接点もない私が、いきなり彼女に髪を切った理由を聞けるわけもなく。

「わー!めっちゃ切ったねー!」
「印象変わったねー!」

そんな友達との会話に耳をそば立てても、彼女の髪を切った理由が知れるはずもなく。

(ただの偶然だ)

私はそう思うことにした。

その日、職員室の前を通り過ぎる時に彼女と先生が二人で話している横を通り過ぎた。

先生は、彼女の髪を触っていた。

「髪が明るくなっていないか?」
「さわらないでよー、地毛だって。
前はくくってたから暗く見えてたんじゃないのー?」

一瞬、二人が
【男性教諭】と【女生徒】ではなく、
【男】と【女】に見えた気がした。

次の定期テストで、私は数学の点数が30点下がり、元の真ん中より1つ下のコースまで転げ落ちた。
彼女は相変わらず、トップコースだった。

彼の授業はやはり
『バカにはわからない授業』だった。

3年生になり、皆が進路を考え始める。
私の通っていた中学は上に付属の高校があった。
名ばかりの進学試験を受け、一応クラス分けがある。

国公立や難関私立大を目指すための【特進クラス】に成績上位者が集められる。

もう一つ、帰国子女や海外留学を目指す生徒のための【国際クラス】。

そして、内部進学者は「名前を書けば受かる」と言われた【普通クラス】。
このクラスには、公立高校の受験に失敗し滑り止めで受かったような外部入学者もチラホラいた。

私はしっかりと名前を書いたので【普通クラス】だった。

もちろん【特進クラス】だろうと思っていた彼女は、入学式にいなかった。

あとで彼女は別の国公立の高校に進学したと、誰かから聞いた。


次に彼女を見かけたのは十数年後だった。

私は結婚し、長男が生まれたのをきっかけにSNSを始めた。
学生時代の友達と繋がっていく中で
【知り合いかも?】と彼女が上がってきて、密かに再会を果たした。

あの美しい名前のままだったので、まだ独身なのかと思ったが、彼女も結婚し、すでに私よりも大きな子どもがいた。

ご主人は…あの先生とは似ても似つかない、爽やかな男性だった。

スタジオで撮ったと思われる美しいプロフィール写真。
高校進学後の華々しい経歴、現在の仕事と業界での活躍ぶり。
幸せそうな家族写真や充実したプライベート。
愛用の高級コスメや美容サプリの写真。

またもや私は、住む世界の違いを思い知らされた。

中学3年間以外の接点は何もない私は、彼女の投稿にコメントはもちろんフォローもしなかった。


話は最初に戻る。

私が一方的に思い出のあった彼女は亡くなった。

「住む世界が違う」と

私は思い続けていた。

【彼女の生きている世界】では
なぜか彼女はずっといなくならない気がしていた。

でも、【私が生きている世界】から彼女はいなくなった。

私は、彼女と【同じ世界】に生きていた。

彼女も私と【同じ世界】の【同じ時代】、【同じ時間】を生きていた。

時には私と【同じような悩み】があったかもしれない。
【同じような苦しみ】もあったかもしれない。
そして【同じような幸せや喜び】も。

私と同じように家族がいて、同じように仕事をして、誰かを支え、誰かに支えられて生きてきたはずだ。

ただ、私はそれを全く知らない。
私は彼女の「美しい姿」しか知らない。
最後の最後まで、彼女は美しかった。

何万人かのフォロワーがいる彼女のブログで、最後にご主人がコメントを投稿していた。

病気がわかった時に、彼女が家族に泣いて謝っていたこと。
余命1年と言われていたところを、彼女の頑張りと周囲の支えで4年生きたこと。

病に冒された彼女がどれほど苦しかったのか。
残される人に対して何を想っていたのか。

【同じ世界に生きていた】と思える今となって、改めて想像すると辛くなった。

「美しく美しく」

美容業界にいた彼女のSNSには、この言葉が置いてあった。

私は、私を知らない他人と【同じ世界】でどう生きていこうか。

生きる世界は違わない。

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