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ツキノワの音楽語りvol.1「I've heard that song beforeーいつか聴いた歌ー」

2021年8月8日(日)
山奥でnoteに再登録しました。
台風はそれて夜空には星が沢山
涼しい風が吹いています。


 去年の夏、赤坂のジャズバーに前触れなく来てくれたシュートさんは
「ツキノワさん、この後時間ありますか。ボロンテールがここのすぐそばなんです、良かったらお連れしたい。」
出番を終えて着替えた私を有名なジャズ喫茶へ連れていってくれた。

 もとは原宿にあった蔦の絡まる二階建ての格好いいお店を学生のころから見知っていた。流行の最先端が集まる街をさらに洒落た空気にするランドマークみたいな建物だった。
階段を上る勇気をついぞ持てないまま移転してしまったんですと話したことをシュートさんは覚えていてくれたのだ。

 終電近い時間なのにお店は賑わっていて
案内された席に着くとシュートさんはママに私を紹介してくれた。
飲み物が手元に届くのを待つのももどかしそうに話し始める

「ねぇ、ツキノワさんは本当に欲がないと思うんだよ。どうしてなの?僕は勿体ないとずっと思ってるんだ、今日だってライブなのにどうして出したばかりの自分のCDを持ち歩いてないの?
売らなきゃ!僕は今日あなたからCDを買いたかったし、ライブを聞いてた他のお客さんだってみんな買ったはずだよ。
あとね、ジャズと小芝居を融合した企画、うたタネ♪だっけ?あれ続けていればきっともっとファンが付くのに、やめちゃうんだもん。」

 返す言葉もない。
確かに私は新しいCDを出したばかり、なのに販売用に持ち歩くということをせず今夜ライブに来て開口一番「ツキノワさん、CD買いたいんです、サイン付きでお願いします。」と言ってくれたシュートさんに「後でお送りします。」と答えてがっかりさせてしまったのだ。
うたタネ♪企画についてはシュートさんは以前も同じ事を言ってくれていて、そしてこの後に何の話が続くか私はもう分かっている。

「それからね。
僕これ何度も言っているんだけどね、
ツキノワさんブログを書きなよ。あなたが書いてた「水曜クマ子の音楽語り」あれはよかったよ。アラビヤの唄の話も船旅の話も僕はとてもよく覚えてる。キリンジの話もね。
良かったんだよそれなのに、やめちゃうんだもん。」

文章のこと。シュートさんは会うたびにかならず私にこの話を
もう数えきれないくらいしてくれている。 
数年前にほんの10回程続けた「水曜クマ子の音楽語り」というブログをシュートさんはとても気に入ってくれているというのだ。

何冊も本を出し今もジャズ雑誌に新連載を始めたばかりのシュートさんから根気よく「やめちゃうんだもん」と「書きなよ」を重ねてもらって
その度に勿体ない気持ちで「どうもありがとうございます。。」と答えはするものの
私はずっとブログを書いていない。
書いてみたいことはあるような、でも以前書いていた時みたいに言葉が出てこない。
すると書こうかって気もなくなって
よし書いたとしてきっとまた途中で更新しなくなる「やめちゃうんだもん」な自分が見えるようでますますPCから遠ざかる。

「とにかく僕はツキノワさんにまた書いて欲しいと思ってるんだよ。ほらnoteとかあるじゃない、ああいう多くの人が読めるところでね。
とても良いのにさ、、
やめちゃうんだもんな。」
ようやくウイスキーのソーダ割を口に運んだシュートさんとチョコレートを包んでいたセロファンを畳んだり伸ばしたりしながらもぞもぞと返事ができない私のところに最後のお客さんを見送ったママが戻ってきた。
「雨が降ってきたのよ」
鼻歌を歌いながら壁一面の棚からレコードを選んでいる。


 綺麗な人だなあ。この人が原宿のあの建物の中でずっとレコードでジャズを掛け続けてたのか、こんな風にお酒を出しながら。
伝説にもなるはずだ。
なんだろう、ただ綺麗っていうんじゃなくて、うーん。。凛としてる?のに可愛らしい?いやそういう有りがちなのじゃなくて、何も言わなくてもこちらへふわっと心を向けてもらっているような気持ちになるこの感じは何だろうな。
ダンディなシュートさんがママの前では学生のようにはにかんでいて可愛い。


「あら、モンドリアン?」
私のスマホケースに気付いてぱっと目を輝かせたあと、昭和初期のジャズソングを次々に掛けてくれた。
「好きなのよ、私」
さっきまでずっとモダンジャズが流れていた店内のどこにこんな音源が眠ってたんだろう。

日本語のジャズソングとシュートさんとママの思い出が話が混ざって今夜生まれた音楽みたいに聞こえる。
窓を、夕立ちみたいに豪快な雨が強く打ち付けている。和田誠さんの描いたサッチモが額の中から満面のスマイルをこちらに向けている。
セロファンの色が移った私の指先が青黒い。


 今年の夏。
真夜中に私はシュートさんへ慌てて電話を掛けた。
届いていたメールに1ヶ月半も経ってから気付くという大失態をおかしたからだ。
「いきなり申し訳ありません、真夜中に申し訳ありません、メールに気付かずに大変申し訳ありませんでした」  

少しパニック気味に謝る私に
「メール?ああいいんですよそんなの。それよりツキノワさん、ライブはどうですか?ずっとこの状況でなかなか大変なんじゃないかと思って。」

「そうですね、緊急事態宣言が延びるたび決まっていた仕事がなくなることを繰り返してます。」

「そうだよね、、。ねえツキノワさんはさ、本当に欲がないんだよなあ。どうしてなのかなあ。もっとさ、CDも宣伝して売ったらいいじゃない前に出てさ、そしてね、ブログ、ブログを書いたらいいよ。ツキノワさんの文章の中にある青春ぽい感じ、僕は好きなんだ、いいと思うんだ。なのにやめちゃうんだもん。ほらnoteとかをさ、、」

 一年前と同じ、何年も前から繰り返してくれている話をシュートさんは深夜に突然電話した私にまた根気よく丁寧にしてくれた。とても熱心に。

「欲がない」は「ダメ」の烙印だ。
もちろんシュートさんはそんな意味で言ってないこと私はよくよく、分かっている。


耳が痛い。
コロナに関係なく私はずっと「欲がない」のだから。


 それにしても
こんなにも何年も人に言われてることを頑なにやらない私も一体なんなんだ。
自分ならいつかやると思ってる?
シュートさんがまた同じ事を言ってくれるだろうとたかをくくってる?
どっちもだめだそんなの。

言われたことをすぐにやらない、受け入れない人生を私って送ってきてる。

あの時もらったアドバイス 
あの時勧められた曲
あの時聞きたくなかった注意
あの時受け流した褒め言葉
あの時謝ってくれた「ごめん」

 こうして一人、わだかまって腐っていくのでは?
停滞した世界にいるとそんな自分の姿を易々と想像できて、それが当然のことに思えてくる。

シュートさんの「やめちゃうんだもん」と「書きなよ」が体内に飽和している。溢れ落ちかける鉤括弧を「欲がない」私の申し訳なさが手を伸ばして拾う。


私すっかり錆びついてるんだわ。
今が最後になる可能性がいつだってある事を忘れて今以上傲慢になってはだめだ。
人が掛けてくれる言葉は生きてるのに。


ほら、ちょっと大袈裟になってるのが錆びてる証拠だ。

翌日、台風の雨が上がった夜中
私はnoteのアカウントを新たに取得した。 


I've heard that song before

作詞:Sammy Cahn
作曲:Jule Styne 

It seems to me I’ve heard that song before
It’s from an old familiar score
I know it well, that melody
It’s funny how a theme recalls a favorite dream
A dream that brought you so close to me


I know each word because I’ve heard that song before
The lyrics said “Forever more”
Forever more’s a memory
Please have them play it again
And I’ll remember just when
I heard that lovely song before


 このブログでは自分がレパートリーにしている曲について書いて行こうと思っています。
I've heard that song beforeは1942年のアメリカ映画「Youth on Parade」の主題歌。
ハリー・ジェイムス楽団でヘレン・フォレストが歌ったヴァージョンがオリジナルとしてもっともポピュラーなのではないでしょうか。

 この曲はいつか聴いた歌みたい
 古くて懐かしい曲
 このメロディをよく知ってるわ
 可笑しいわね、不思議ね、
 このテーマが
 私の大好きな夢を思い出させてくれる
 あながそばにいてくれる夢よ

 歌詞もちゃんと覚えてる
 だっていつか聞いた歌だもの
 “永遠よりももっと”って歌ってるの
 永遠よりさらに続くのは思い出
 ねえもう一度演ってよ
 そうしたら思い出すわ
 この素敵な曲を聴いた時のことを


私にとっては初めてビッグバンドで歌った曲です。
評論家・瀬川昌久先生が「熊田さんこの曲を知っていますか」と楽譜を送ってくださり、岡本章生&ゲイスターズで2年間歌わせていただいたことは人生の宝物の一つです。
思い返せば何にもわからないまま歌い過ごしてしまった2年間だったと、後悔も沢山あることを含めて大事な曲です。難しい曲です。

 シンプルな小唄に聴こえますが洒落たメロディにはひねりがあって、ハリー・ジェイムス楽団とヘレン・フォレストがまるで何気ない風に熟練のスウィングを効かせるこのテイクのファンはミュージシャンに多い気がします。


 歌でなく、ブログを書くことになんでこんなに詰まってんだか
よくわからないんです。
わだかまりを現わすように長いvol.1となりました。錆びてるぅ、、。

書いた通りです。素直をなくしたらおしまいだ。
シュートさん、ありがとうございます。
好きな人たちのこと、好きな曲のことを時々書きます。
忘れてしまうことのほうが膨大に多い人生で、生きてる間くらいは
大切に感じたことを少しは思い返して出来れば今に響かせられるように足掻こうと思います。
それがもしも誰かの暇つぶしのお供になったら、ちょっといいねえ〜と思います。

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