ドライブ・マイ・カー



2021年
原作:村上春樹
監督:濱口竜介
出演: 西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいか


Amazon prime レンタルにて視聴。


秀逸なアバンタイトル


本作は、冒頭から約40分後に役者陣のクレジットが流れ始め、そこで初めてそれまでの話がまだアバンタイトルであったことに気付かされる。



冒頭40分の展開は秀逸であった。


主人公の家福(かふく)は舞台役者であり、妻の音(おと)はTVドラマプロドューサーであること、


音は浮気をしているが、家福は気付かない振りをしていること、


そんな中家福が車の事故に遭い、左目が緑内障にかかっているとわかること、


そしてこの夫婦は子供を亡くしていたということ、



これだけの情報量がまず冒頭20分でテンポよくかつスリリングに展開される。



この20分で一気に映画の世界に惹きつけられ、この映画はテンポの良いミステリー調の作品なのかと思わされる。



ところがその後の20分では、台詞では表現されない家福夫婦の微妙な関係性にスポットが当たっていく。



妻の音が家福の代わりに車の運転をしていると、家福が音の運転の仕方に注文を付ける。


すると音は、「そういうのモラハラだからね」と返すのだが、それに対して家福は何の返答もしない。



この時家福は、音からはモラハラどころか浮気という仕打ちを受けていることを反論したかったんじゃないかと想像したが、家福はぐっとそんな気持ちを悟られないように振る舞っているように見えた。



このように観客に家福の気持ちを想像させるような絶妙な間が作り出されていたように思う。



さらには、家福が音に「君のことを深く愛している」と伝えたにもかかわらず、


音は「あなたのことが本当に大好きなの」と、「愛している」という言葉では返さないところなど、


この夫婦がお互いに本当の気持ちを言い合えておらず、お互いに我慢をしながらどうにか夫婦としての体裁を保っていることが、夫婦のシーンの空気感を通して伝わってくる。




また、家福の心の動揺を、雷鳴とシンクロさせて表現したり、

目薬をさすことで、実際には涙を流していないのに、心の中では涙していることを表現したりと、感情描写のテクニックも盛り込まれている。

そして、最後には音の死をもって、キャストクレジットを迎える。



ここまでは、ほんのプロローグに過ぎなかった、けどこの40分は惹きつけられる展開で、様々な映画的技法も詰め込まれており、

これは只者ではない映画が始まったぞ、という気持ちにさせてくれた。



印象の違うタイトル後の展開


冒頭40分のテンポの良い展開と変わり、キャストタイトル後は、映画全体にゆったりとした時間が流れ始める。


それこそ、家福が広島や北海道を車で旅をするかのように、ゆったりとした時間の中で音の死によって雁字搦めになっていた家福の心の糸が少しずつ解きほぐされていく。


本作の映像は、郷愁を誘う日本の見慣れた風景ではありつつも、爽やかでどこか非日常を感じさせるものに仕上がっている。


筆者は、知らない土地や国、ひいては惑星など、映画の中で旅行体験させてくれる作品が好きだが、本作もそのような体験をさせてくれた。



映画を見始めてから2時間半が経つ頃には、映画を観ている筆者も疲れが出はじめていたが、


その頃は映画の中の家福達も、北海道への長旅で疲れながらも目的地を目指しているシーンで、筆者も映画の冒頭から家福達と一緒に長い長い旅をしてきた気分になった。



冒頭の40分はサスペンスの様なハラハラとした展開に好奇心が刺激され、その後の約2時間半は、車のシートに身を沈め、ゆったりとドライブでの長旅を体感する、そんな異なる感覚を楽しむことの出来る映画であった。


#ドライブ・マイ・カー

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