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恋をして ⑩「真夏の海辺でつかまえて」

秋野ひとみ「つかまえてシリーズ」全95タイトルを全巻レビュー。
無作為に選び一冊ずつ順不同にいきます。

10作目「真夏の海辺でつかまえて」1990年

由香が小林くんへ手紙を書いているシーンで始まる。
他にもなかったかな、と考えてみると「プールサイドでつかまえて」がそう。由香の小林くんへの手紙。
この頃は由香の恋の相手候補だった小林くん。

今回は、偶然の出来事から「完全犯罪の邪魔」を由香と左記子がしてしまい、その上犯人が手に入れるはずだった金も二人が手違いで持ってきてしまう。そのまま、アメリカで夏休みを過ごす小林くんの見送りに行くも、桜崎さんの車に置いておいた犯人の紙袋が車ごと盗まれてしまい、そのまま事件に巻き込まれていく。シリーズいち、犯人が怖い…。

由香と左記子の夏休み。
弘毅さんの家の別荘へ。二人の家をつきとめた犯人が、玄関の扉にネズミを釘で打ち付けるシーンは、初めて読んだ小学生の時本当にこわかった。
あるマンガからということで引用されている「ハンプティダンプティの詩」もこわかった。

「こわい」一作です。由香が真犯人を見破ったきっかけになる体の一部の表現もギョっとなるし、そのあとの犯人との闘いもこわい。

スリルとサスペンスの一方で。
この一作は「恋」について書かれたものでもある。

「どこがどう違うんだろう。憧れてるのと恋してるのとでは?」あたしはそうつぶやいた。圭二郎さんは少し笑ってこういった。 「答えは簡単だよ。憧れの人は増やせる。芸能人のアイドルに、クラブの先輩に、クラスメイト、何人いてもいい。でも、恋する人は増やせない。ひとり以外は見えなくなるから。それ以外に何も見えなくなるから。それ以外のことは、なにも考えられなくなるから」

憧れと恋の違いを、たった一人の恋する相手、何人いてもいい憧れの人、という例えで由香に話す圭二郎。
由香は、圭二郎と小林くんのあいだでふらふらしている自分は恋をしてはいないのだとつらくなる。圭二郎はさらに続ける。

「由香ちゃん。憧れているのは、ふわふわといい気持ちなんだよ。ただ、それが恋してるになると、まるで違う。いい気持ちでもなんでもない。その人のことを考えずにはいられないけど、考えたからってどうにもなるもんじゃない。その人がいなければ、ただ不幸なんだ。あとはなにがあっても、どんなに恵まれていても、ただその相手が目の前にいないというだけで、不幸になっちゃう。ほとんど病気と同じさ」

由香は、どうしてそんな思いを好きこのんでするのか、と圭二郎に聞くが、彼の答えは「それは、サキちゃんに聞いてごらん」だった。

自分より早く「恋」をしたサキの、「その人が目の前にいなければただ不幸」とはどういうことかその姿を目の当たりにした由香は、それでも左記子が輝いて見えると、まぶしく見つめる。
これは読者としても同じ気持ちになった。

「いいかい。あのコは変わったね。そういわれるときはたいてい、ろくでもない変わり方をしたときなんだ。いい変わり方っていうのは、必ず少しずつ変わっていくんだ。周りも本人も気づかないうちにね。気づかないうちに、なにかが変わっていて、気づいたときには、自分の中でなにかが大きく育っている。周囲は、いつのまにか、綺麗になったねとかいったりする」

私は、この圭二郎の言葉を、少女時代の終わりから青春時代、今に至るまで心のどこかに置いている。変わりたいとき、変わるとは何か考えるとき。
圭二郎のいう「変わったね」と「綺麗になったね」の違いを意識し、焦らなくていい、焦るな、と自分に声かけしてきた。
気づかないうちに気づかないくらい少しずつ変わっていくことの尊さみたいなものを、いつか自分の身で体験してみたいと思い続けてきた。

今作で登場、由香の新たな恋人候補、同級生の木暮さん。
修学旅行までの短い出番だけど、今作で初登場。

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