いちばん感謝された日
2020年のコロナによる海外渡航禁止と
国内旅行の自粛により、
勤めている会社の経営が悪化し、
給与も3割カットになりました。
同時に、副業が解禁されました。
私はすぐに「警備員」のバイトを始めました。
2日間の座学講習会の翌日、
ショッピングモールで
車と歩行者の交通誘導の担当になりました。
棟梁みたいなおじいちゃん警備員に
終日コテンパンに手荒く指導され、
渋滞で苛立つドライバーからは
「引き殺すぞ!この野郎」と罵倒されました。
その翌日は、
東京オリンピックの倉庫の警備でした。
朝5時起きで現場へ向かいました。
鍵をかけた倉庫の前で
朝8時から夜8時まで、くるはずのない不審者を
薄暗い廊下で、立ったまま見張る役です。
警備監視室のモニターに映しだされているので
座ることも許されません。
そもそも鍵がかかっていて、モニターがある。
「オレ 必要ないよね」
モヤモヤしながら自分にそう問いかけ、
「明日で このバイトやめよう」と
思いました。
時期は2021年春、ニュースでは
連日コロナの死亡者数が発表され、
多くの有名人がコロナに感染したことを
発表していました。皆がワクチン接種開始を
待ち望んでいた頃です。
私が翌日アサインされたのは
大田区の大規模ワクチン接種会場の
オープン2日目でした。
「昨日は、受け入れ側もはじめてで、不馴れで、段取りが悪く、混乱し、2時間以上待たされた方々が あちこちで激怒していた」
と聞かされました。
65歳以上限定のワクチン接種で
事前予約制の方のみ受けられるルールですが、
予約のある人もない人も、
開始時刻前から押し寄せます。
予約の取れなかった方も苦情を言いにきます。
「3時間電話かけ続けたけど、つながらん」
余ったら打って欲しいと朝から並びにきます。
「余ったらお前ら自分に打つ気だろう!」
そんな苦情をかわしながら
その日バイトにアサインされた6人で、
知恵を絞り、トライ&エラーを繰り返しながら
少しずつ最善策に変更していきます。
ルートを一方通行に分かりやすくし、
年配の方にもわかるように大きな声で
ゆっくりと、身振りしながら案内します。
「12時予約の方、建物の中にお入りください」
私は添乗もやっていたので、声の大きさには自信があります。
「はい、お待たせしました、11時の方、待合室にご案内します。私のあとについてこちらへ」
この順番に座るので 走らないで大丈夫ですよ
「はい、接種券と身分証、質問シートを用意しておいてください。すぐに必要になります」
えっ忘れた?大丈夫です。今日中であれば注射できるので、おうちに帰って取ってきてくださいね。
「検温してから入りますよ。」
いや、顔が近い近い!
少し離した方が、検温器が計りやすいです。
おっと、おじいさん、 ここから中を覗きこんでも注射しているところは見えませんよ!
「はい、付き添いの方も一緒に入って大丈夫ですよ。どうぞどうぞ」
ええ、トイレですね、慌てなくていいので、今のうちに行って来てください。帰って来たら私に声をかけてくださいね~。
「だから何度もいってるだろが!」
「だってそんなこといっても▪▪▪」
あちらでは、50歳代の息子と80歳代の母親の親子ゲンカが始まります。
「すみません。母を見失ってしまったのですが」
「あれっ、中で手を振っているのはお母様では?」
「ちょっとお母さん、勝手に中に▪▪▪」
「あぁそうですか、今日は下見ですか。明日のご予約なのですね。写真撮らないでください。あっ注射しているところは見えませんよ」
「なるほど、この制度自体にご不満があるのですね。私はご覧の通りの警備員なので、ご質問は、あのベストを着ている区役所職員の方へお話しください」
「ごめんなさい。ここでは予約は取れません」
「えっ隣の区の方?お住まいの区に聞いて」
「ここでキムチは食べないでください」
って、それどこから持ってきたの?
そんなこんなでなんとかワクチン接種を受けて出てきた方は、みな安心した笑顔で
「ありがとう」「ありがとう」
と声をかけてくれます。
「お疲れ様でした。お気をつけてお帰りください」と声をかけると、
「お~!ありがとう。これで今晩から安心して眠れるよ!」と言って握手を求めてくれます。
先ほどケンカをしていた親子も
笑顔で出てきます。
「ありがとうござました。助かりましたよ」
「うちのお袋、耳が遠くてね(笑)。大きな声で説明してくれてありがとう。わかりやすかったですよ」
いえいえ、私は何もしていません。予約を取ったわけでも、注射をしたわけでもありませんから。
わたしは50年間生きてきて、1日の間に
これだけ多くのありがとうをもらったことは
ありません。
施設の方やバイト先からも案内がわかりやすい
と言って認められ
ここから1年間、バイトをやめるまでずっと
ワクチン接種専属でした。