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ホタルイカのはこぶ春は海の匂い

神奈川で育ち、茨城で働き、札幌にも住んだ感想として、家で食べられる日常の魚は富山が美味しい。

冬はブリ、そして蟹をよく食べた。仕入れに定評のあるスーパーで蟹を買って、家で茹でる。独特な匂いを含んだ湯気に包まれながら、鮮やかな朱色に変化する殻をワクワクして眺めた。一人につき一匹の蟹を食べて、茹で汁はスープにした。何度かたてつづけに捌いたことで、捌き方も身についた。指についた蟹独特の生臭さもそれはそれで良かった。

3月からのここ2ヶ月は、ほとんど毎週ホタルイカを食べている。これもスーパーで普通に買える。今年は特に豊漁のようで、どこにいってもだいたいホタルイカがある。

つるりとした刺身。茹でたものの内臓の滋味。噛むごとに口の中に海の匂いが満ちて、するんとお腹に入っていく。

「ほたるいかしゃきんして」。足の上のところで切ると、オレンジ色の内臓がぷにゅんとのぞく。子どもはかまわずムシャムシャ食べる。

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魚介が食卓に春をはこぶのは、今までなかった感覚だった。子どもにとっての春のしらせは、ホタルイカになるんだろうか。ちょっとわからないけど、富山での暮らしが「魚の美味しさ」のハードルをあげているのは確実だと思う。

そしてわたしは富山に来てから、海には魚がいて、季節や地形にあわせてそれぞれに生きていることを、ほとんどはじめて知った。漁や漁師さんに取材することもあったし、夕方のニュースでもよくやっているのだよね。ブリや蟹やホタルイカがなぜいま旬なのか。どういう生態にもとづいた彼らの行動が今わたしたちがそれを食べられることに繋がっているのか。

冬になると南下する途中でやってくるブリ。深海に生息するズワイガニ。春になると産卵におとずれるホタルイカ。魚はあらかじめ人の食べ物なのではなく、ブリとして、蟹として、ホタルイカとして、それぞれの命を全うしているのだった。

知識として魚が海にいることはもちろん知っている。でも食べ物の魚はどこか知らない遠くの、それ専用の海にいるような気がしていた。風景としての海と魚が生きる場としての海、食べ物としての魚と生き物としての魚が繋がっていなかった。それは知らないのと同じようなことだと思った。

さて、昨今のウィルスについて様々な情報を目にする中で、気になるものがあった。

それはICTを通じた新しい農業革命を目指すソニーCSL研究所が発行していた記事で、ごく簡単に要約すると、 ひとつのウィルスが猛威を振るうのは人社会の環境に依るものだから、社会のありかたの見直しが必要というもの。具体的には健全な表土を取り戻すことが重要とあった。

他にも、土と人の内臓は同じように微生物が働く場である、健康な環境に身を置くことが大事なのであって排除することでさらに解決困難な問題が出てくるなど、有機農家や醸造家や造園家といった、微生物がもたらす恩恵を身をもって知っている人たちの言葉は、いずれも近しいことを言っているようだった。

わたしはにはその論が「正しい」のかどうかはわからない。ただ、魚を完全に買う食べ物として捉えていた感覚は、どこかおかしいはずだった。他の生物がいて成り立っている生命の場において、人間のことしか意識していない。そのことと今起きていることは、どこかで繋がっていてもおかしくない気がした。

ウィルスは自然の一部で、自然は与えるけど、奪っていくこともある。でもそれなしでは、そもそものわたしの存在もない。

この春、モヤモヤしがちなおこもり生活のなかで、すうっと気持ちのいい風を吹かせてくれたのはホタルイカだった。家で味わう、身体をめぐる海の匂いが気持ちよかった。食べ終わった後にはいつも凛とした気持ちになった。そのことに元気をもらっていた。

参考

船橋真俊「表土とウィルス」
https://synecoculture.org/blog/?p=2640

【連載】子どものつむじは甘い匂い − 太平洋側育ちの日本海側子育て記 −
抱っこをしたり、着替えをさせたり、歯を磨いたり。小さい子どもの頭はよくわたしの鼻の下にあって、それが発する匂いは、なんとなく甘い。
富山で1歳女児を育児中の湘南出身ライターが綴る暮らしと子育ての話。
前回の記事:ゆびさきとタブレットは苺の匂い、味はどこまで味なのか

【著者】籔谷智恵 / www.chieyabutani.com
神奈川県藤沢市生まれ。大学卒業後、茨城県の重要無形文化財指定織物「結城紬」産地で企画やブランディングの仕事に約10年携わる。結婚後北海道へ移住、そして出産とともに富山へ移住。地場産業などの分野で文筆業に従事しつつ、人と自然の関係について思い巡らし描き出していくことが、大きな目的。

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