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【書く習慣】#17 本当に「minってすごいよ!」なのか

自分にないものを持っている人は「すごい」と認識されやすい。
だから、世間一般で「普通」といわれる範疇から出ていると「すごい」といわれる可能性が上がると思う。

私も「minって本当にすごいよね」と屈託のない褒め言葉をもらったことがある。
そう。発している友人たちは褒めている。
世の中の「普通」から少しだけ外れたことをしたと思っている私を本気ですごいと褒めている。
その友人にとっては「普通」から外れることの方がよっぽど難易度が高くて腰が重い行為だから。

でも、何度も言う「普通じゃないこと」が何かというと、新卒で入社した会社を案外あっさり辞めたこと、ワーキングホリデーに飛び出したこと、海外で就職して働いたこと、正社員ではなく非正規雇用のままでいること……

正直、それほど普通ではないとも思っていないが、その子にとっての普通からは外れているんだろう。
「普通」って言葉は誰がいつどんな気持ちで使うのかで意味の幅がまるで違う。
あまり「普通」を言及しても意味がない。

確かに海外での生活は向き不向きがあると思う。
これは語学力があれば乗り越えられるというものではない。
どんなにその地の語学に長けていたとしても、コミュニケーション能力が高く友達がすぐにできるとしても、それでもどうしてもマッチしないと心が重くなる人はいる。

私は単純に海外生活が全く苦じゃなかっただけのこと。
英語がネイティブレベルなわけでもなく、日本で当たり前でにできたことでさえも戸惑ったりもした。
オーストラリアはまだ英語がゼロじゃなかったからなんとかなったが、台湾での中国語生活は本当に苦労した。
意地とプライドで乗り切ったようなもんだった。
特に最初は。

だから、経験のない状態でイメージするようなかっこいいキラキラ海外生活とは違うものだったと思う。
もちろん満足はしているし、だから何ってことはない。

非正規雇用でいることも大してかっこいいことではないと思う。
別に非正規がいけないなど卑下するつもりはない。
そういう意味ではなくて、大抵の場合は何かと正社員の方がいろいろと整っている。
そして、本当に自分でやりたいことをし、自分でしっかり立っている人は非正規雇用ではなくフリーランスや個人事業主なんだと思う。
その環境の中に非正規雇用も活用しているというのはあるかもしれない。

それぞれいろいろな事情もあるから、雇用形態だけで優劣があったり、上位下位があるとは思いたくないが、社会を見れば実際はある。
私の場合は、仕事が詰まっているときはいいが、そうではないときは「将来どうしよう」が常につきまとう。
こういう状況で「かっこいい」にはなるのだろうか。

でも、友達が「かっこいい」「すごい」と褒めてくれるときはいちいち言及しない。
私だって、相手がどんなに泥臭く、嫌な思いをしているかも分からない中で「すごい」と思っているから。
もし本人は「すごくないから、そんなこと言わないで」と心の中で叫んでいても、気がつかない限りは素直な気持ちで「すごい」と思っているし、口に出して言いたいと思う。
そうしている。

最近、私の場合は、仕事のサイクルは3,4年なんだろうってことに気がついた。
日本語教師という職種としては変わらず継続しているが、学校を変えたり、掛け持ちで雰囲気を変えたりしている。
意識的にそうしているわけではなく、契約の都合でそうなっているのが現状だが。

では、なぜサイクルなどと思ったのか。
誰にでも当てはまるとは思うが、勤務先のやり方や人間関係など、数年経ったらいいところだけじゃなく、納得できないことや多少の不満も出てくるのでは?
その不満を乗り越えていけるのか、どうにもこうにも動けなくなってしまうのかは個人によって違う。
私は、嫌だな……とネガティブなところに気を取られやすいタイプだと思う。
そうなると、乗り越えるのではなく、新しい環境を求めたくなる。
実際に探す。

無理をしたり、闘ったりして、乗り越えようとか、この会社を私の意見でよくしようとか、全く思わない。
よし、次のところはどこかな〜と周りに目を向ける。
確かにそう簡単に周りにいいところが見つからなくて、時間が過ぎた結果「ま、いっか」と思うこともある。

そんな私にとっては、どんな理由であれ、毎日同じように出勤し、仕事をこなし、なんやかんや思いつつ同じ会社で勤務し続けることができる人には、そういう才能があると思う。
私にはない才能。

昔は終身雇用が当たり前で、世代によっては今でも終身雇用に価値があると思っている人がいる社会では、転職経験者が増えた今でも一社を勤め上げる人生が「当たり前」に当てはめられがちではないか。
でも、実際は当たり前なんかじゃない。
むしろ転職経験が当たり前だと考えると、勤め上げタイプは相当な才能だと思う。

私の友達はこのタイプ。
私なんか〜と言うけど、とんでもない。
明らかに才能だ。

英語が上手な友達も、子どもを育てている友達も、結婚した友達も、海外生活をしている友達も……
基本的に今の私が持っていないものを持っている人は私にとっては「すごい」

もちろん、自分で自分の何かがすごいとは思っていない。
このままどうするんだろう……と、どうしようもない不安が押し寄せてくることもある。
自由な反面、どうしたらいいのか動けなくなることもある。
でも、友達が「すごい」と言ってくれることに関しては素直に「ありがとう」と受け取りたい。

だから、新卒入社の会社をあっけなく退職した私も、自分の意志で海外生活をした私も、もがきながらも夢だった日本語教師でいる私も、素直にすごいと思いたい。

私、かっこいいとこあるんです。

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