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リノ工場開設準備 1日目

 2018年に第二工場を作る準備をした時の記録です。2015年にアメリカに引越してデンバーに刺繍工場を設立。その設立の際にはスタートアップの書類関係、人事、ほとんどを夫に任せていました。今回は私一人で第二工場のスタートアップです。さて、私にできるのでしょうか。

朝7:30の飛行機に乗るために早くに娘と夫に空港に送ってもらう。

朝3時起床。前日夜遅くまでデンバーで仕上げなくちゃいけない仕事をしていたため、身体が重い。パッキングもまだ中途半端だし、頭がうまく働かず、何をもっていったらいいかわからない。これから3週間かけて第二工場のセットアップをする。直前になって、予定していたスタッフが辞めてしまったり、バタバタとこちらの作業が滞っていたり。まあ、いつものハプニング続きだ。スタッフ探し、ごみの手続きから、ミシンの受け入れ、その他諸々、私一人でできるのだろうか。背中にブラックホールのような不安を抱えて飛行機に乗った。隣のにいちゃんがおならをして最悪に臭かったが、数日の残業のおかげで機内ではよく眠れた。

 リノについて、とりあえず会社に向かう。レンタカーも問題なく借りれたが、しいて言えば、二つチェックインしたスーツケースのうちの一つしかなくて、もう一つは行方不明だった。さすがフロンティアの格安飛行機だ。人員削減のためであろうが、周りに誰もいないので、チェックインカウンターのおねえちゃんに言いに行く。「少し待っていれば、来るわよ。」とのお言葉しか頂けず、止まったベルトコンベアーを見つめること45分。耐えられなくなって荷物が乗ってくるベルトコンベアーの先のゴムのカーテンがぶら下がっている荷物が出てくる入り口に顔を突っ込んで「だーれーかー」と叫んでみた。しばらくして黄色いベストを着たおっちゃんが来てくれたので、聞いてみると、入り口の手前で荷物があった。その時の私のスーツケースは光って見えた。ふぅ。先月契約した工場に向う。

 誰もいなくて、まだ何もない工場に行くと、不動産の契約時に行ったときのままのごみ、忘れたワインが私を出迎えた。夫と二人で乾杯をしたときの空気がそのままあった。これからどんなふうに私は一人、三週間かけてここを会社にしていくのだろう。心細さや負の感情の塊がブラックホールとなって私の背中から全面に出てきた。重心をこちらの方にかけてくる。後ろをふりかえらず、目先にあることを片付けていくしか不安を払拭する道はない。
 どす黒い不安を押しのけて、とりあえずパーツで持ってきたデスクトップの組み立てにかかった。気持ちを落ち着かせるために、持ってきた小さなスピーカーでバッハの無伴奏チェロ組曲を聞いた。バッハは数学的で、単調で、感情的でなく、一人で突っ走っていかないので、心を平らにしたいときにすごくいい。いつもなら、あれが欲しい、これをしてくれと騒ぎ立てる娘もいないし、突然くるお客さんもいないし、文句を言ってくる社員もいない。はかどってしまって、30分ほどでPC二台を組み立ててしまった。いつもと違ってはかどりすぎてしまって、それもちょっと寂しい。
 おなかがすいたけれど、どこかに買いに行く気にもなれず、前回置いて行ったポテトチップスをかじる。いつもよりしょっぱい味がした。娘と夫が電話をかけてくれて、これから自転車にのってプールに行くという。ママがいないと寂しいと言いながらも、なんだか楽しげに今日の予定を話してくれる。ああ、今日はLabor Dayでアメリカは祝日なんだ。もう一つチップスをかじる。涙が出てきてしまった。あぁ、背中のブラックホールが侵入してきた。負けてしまった。わんわんとないてしまった。

 気を取り直して買い物へ。PCを組み立てている最中、頭に浮かんだ買い物リストを手に、車に乗った。今後お世話になるであろうランドリーの場所やシャワーを浴びる場所を確認した。夫が予約してくれたホテルはあるが、まさか3週間、キッチン付きのデラックスでラグジュアリーな部屋でくつろぐわけにはいかないだろう。オーバーバジェットだ。中小零細企業の社長には背伸びしたって届いたらいけないほどの部屋。。。のはずだ。シャワーを浴びる場所はリサーチの結果、近くにある町が運営しているレクリエーションセンターだ。あぁ、やはり、休みだ。今日は祝日だ。外から中を覗き込む私を見つけたおじいちゃんが「今日は休みだよ」と声をかけてきてくれた。「ここってシャワーあるのかな」って言ったら、「今日はここは休みだ。でも、クリスチャンの女性専用のシェルターに行くと良い。今日だって明日だってあなたのような人には毎日シャワーを無料で浴びさせてくれるよ。God Bless You」なんてかわいそうな目をして私を見つめてきた。私をホームレスだと思ったらしい。その視線に耐えられなくなって逃げるように車に乗ったが、次の行き先は決まっていない。とりあえずなじみのあるCostoへ。東京でも横浜でも、デンバーでも、お世話になっている我が家の台所だ。心を癒してくれるだろう。日本からデンバーへ引っ越してきたばかりの時、Costoに来て思わずホームシックで泣いてしまったほどのところだ。おっと今日は祝日だった。Costoも休みだ。泣きたくなる。ここまでの無駄な時間であーだもない、こーでもないと考えている間に、やはり、ホテル3週間滞在はお金がかかりすぎると決心し、工場で住めるように身の回りの物をそろえに走ることにした。
 そんなこんなで夕方になり、ホテルの部屋にチェックインするも、思った通り、すごく素敵な部屋だ。夫が私のために大枚はたいて予約してくれた部屋だ。メリルリンチに入社して新卒の時にニューヨーク研修で滞在したマンションを彷彿とさせる、それはそれは素敵な部屋だった。キッチンには小さなスパイスや洗剤、コーヒーに紅茶、洗濯機には洗剤もあり、バスルームにはシャンプーやリンスはもちろん、メイク落としや化粧水まであった。アメリカではめったにありえない。背中にブラックホールを背負って、今日一日祝日を一人でいる寂しさを味わった私には有り余るほどの夫のやさしさだった。思わず心の中で夫に拝んでしまった。だめだ。早くここを出ないと、どっぷりとラグジュアリーに浸かってしまい金食い虫になってしまう。今日だけであろうふかふかのベッドに疲れた身体を沈めながら、それでもついてくるブラックホールと戦いながら、眠れない夜をやりすごした。

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