10th幕張の感想という名目の振り返り / ツバサ

 EVERLASTINGが10周年の曲として出たことで、自分がデレマスの歴史の半分以上に関わっていることに気づきました。それから10thライブ幕張公演を観て、テーマ的にも良い機会かと思って、自分にとってデレマスが何なのかを考えました。会報誌に初めて載せる文章が気持ち悪い自分語りなのは本当に申し訳ないです。でもやります。

 まず浮かぶのは、変な話ですが悔しい思い出が多いです。一番大きいのは、最早散々ネタにしてきたやつですが、エモーショナルビート木村夏樹(最初のSSR)で爆死して、二度目の復刻で大爆死した経験です。あとは4thライブに行こうとすればよかった、オルゴールやStarry-Go-Roundのイベントをちゃんと走ればよかった、みたいな後悔とか。幕張二日目の現地に居られなかった今日も、見たかったものが生で見れなくてすごく悔しい思いが生まれています。

 ただ、こういう悔しさがあるからこそ、良い経験もたくさん出来ました。3年越しにエモーショナルビートを手に入れたこと、6thでWonder goes on!!をオリメンで観られたこと、空想探査計画のイベントw走り切れたことなど。ある意味「これ以上悔しい思いをしたくない」という強迫観念のおかげで、色々な思い出ができました。私にとってこんなジャンルは多分デレくらいだろうなと思います。

 デレにこんなに思い入れが出来てしまったのは、やっぱり最初の担当である夏樹の存在が大きいです。今でこそ夏樹Pのイメージが強い私ですが、実はキャラの好みとしてドストライクでは無いです。かっこいい女が好きなのはそうなんですけど、のあさんとかレナさんみたいな、女性らしいかっこよさのキャラが一番性癖です。一方、ショートでリーゼント風の髪型や粗暴な言葉遣いなど、夏樹にはハマらない要素の方が多いんです。それでも好きになったのは、自分がギターをほんの少しだけ齧っていたからだと思います。上手くならなくて飽きてやめちゃったんですけど。だからアニメで颯爽と登場して、「自分ができなかったこと」をさらっとやってのけて去っていく夏樹の姿を見て、冗談抜きで心が撃ち抜かれた心地がしました。これも悔しい思い出があったからこそのやつですね。悔しさを新しい楽しさに変えられるものって、私にとっては今のところデレぐらいです。

 夏樹を好きになって、デレステをやるようになって、ライブに生き始めて、色々な意味で世界が広がりました。好きなキャラの幅も広くなったし、友達もたくさん増えたし、色々な地方に行くのが当たり前になりました。私は元々出不精な人間だから、デレがなかったら宮城や福岡なんて行かずに死んでたからもしれません。また、ライブに行ったおかげで担当が増えました。それがアーニャです。

 そもそも私はデレアニを一期から見ていたのですが、夏樹がほぼ出てこない一期で、シンデレラプロジェクトの中で一番気になっていたのがアーニャでした。いかにもクールというかキツそうな子だな、と思っていたのですが・・・・・・開けてみればびっくり、カタコトの日本語で話す可愛らしい子でした。その落差に衝撃を受けて、かなり長いこと「推し」でした。供給が来れば喜ぶけど、そこまで具体的に何をどうこうしたいとは思わない、みたいな。受動的な感じです。夏樹に落ちてからはずっと「夏樹の次、二番目」でした。それが変わったのは、6th埼玉二日目のガールズ・イン・ザ・フロンティアです。アーニャが元々持っていた綺麗さと、この曲で新たに生まれた力強さが合わさっていて、「私はこのアイドルのこういう姿がもっと見たい!」と、能動的な感情が生まれました。デレアニ一期からずっと好きだったアイドルを、その時に担当にすることを決めました。あの会場にいなかったら、私はアーニャPになってないかもしれません。

 私はよく、他アイマスも含めて「担当がバラバラだね」と言われます。確かにそうです。夏樹Pはなかなか甜花Pにはならないと思います。私にとって担当というものは、推しとはまた違った概念なのかもしれません。何としても背中を押してあげたい、キラキラしてほしいと強く思う存在が、私にとっての担当です。なんかあんまり上手く言語化できてない気がしますが、これが私の限界です。許してください。

 そろそろ締めます。私にとってデレマスとは何か、に始まり、担当二人のことを書きました。ここで思うのは、私はきっとデレから引退とかは出来ないんだろうなってことです。正直な話、最近は熱が落ち着いてました。忙しかったりウマにかまけてたりで、あんまりデレをちゃんとやれていませんでした。でも今日の10thで、また色々な欲がぶり返してしまいました。たとえば、夏樹と美玲のユニットが見たい、とか。見たいものが見られてよかったと安心した頃に、また新しいものが生まれてくる。恐ろしいジャンルです。きっと私はこれからも、担当の活躍を餌に走り続ける、さながらウマのようにプロデューサー面をしていくと思います。そんなに大袈裟でもなく、人生が変わってしまったジャンルなので。

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