スーパーショート文学賞 No.19 夏のある日 エス

晴れているのか曇っているのかも分からない気まぐれな夏の空の下、僕は家に帰るため自転車をただ走らせた。石橋駅と家の間にあるニュータウンを突っ切っていた時、うごめく雨雲のうちのどれかから、大粒の涙のような雨滴が僕のほおに落ちてきた。
そして不運な事に空はそれを皮切りにポタポタと大粒の涙を流し始めた。
「泣きたいのは僕の方だよ」僕はそう呟いて短いため息をついた。かっぱは、ない。
夕立が降るような時間には家に帰っている予定だったのだ。新しいコンバースを濡らしたくないので僕はニュータウンの脇にある墓地に続く道に進路を変えた。
この道はニュータウンと僕の住む地域を繋ぐ道でそれに沿って木が生えている。森を切り開いて作った道なのか、その広い墓地は半ば森に侵食されている。雨宿りをしようと木の下に入ったら、すでに先客がいた。白いワンピースを着た女だ。女はこちらに気づくと目を細めながら会釈した。僕が一呼吸遅れて絵h作すると女が僕に話しかけてきた。
「降られちゃいましたね」「そうですね。でも天気雨なのできっすぐにやみますよ」
僕がそう言うと、女は気まぐれな空を見上げた。目鼻立ちがはっきりとしたまるで彫刻のような横顔だった。「一年ぶりの帰省なんですよ」「お墓参りですか?」僕がそう問うと、彼女はふふっと笑って「そんなところです」と答えた。その時、雨がやんだ。
「雨がやみましたね。私は行きます。貴方も帰り道お気をつけて」彼女はそう言うと、ニュータウンの方へ歩いていった。僕も彼女と反対方向へ自転車を走らせた。帰路の途中の道の果てで僕は一度だけ振り向いた。道向こうは夕暮れに隠れて見えなかった。
それからというもの僕は天気雨が降るたび彼女のことを思い出すのだ。夏のある日、暮れの中に消えた彼女のことを。


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